鄭成功に会いに
夜明け前、呉家の船はひっそりと泉州の港に着いた。
荷の陰から這い出るとき、海生が「おえっ」と小さく呻いた。船酔いらしい。虎子が背中をさすってやっていた。
桟橋から町へ出ると、阿福が先頭に立って路地を進んだ。
「親戚の家、ここからちょっと離れてるんだ」
阿福は説明しながら、ある一角で立ち止まった。古い小さな建物だった。長らく使われていない様子で、扉には埃が積もっている。
「ここ、誰も使ってない別荘なんだよ。鍵の場所も知ってる。皆、ここで休んでていいよ」
阿福は鍵を取り出すと、扉を開けて中を見せた。中は薄暗いが、確かに人が休めそうだった。
「俺、親戚の家に顔出してくるね。すぐ戻るから」
阿福はそれだけ言って、軽い足取りで路地の向こうに消えた。
残された四人——朱慈煥、海生、虎子、石頭——は別荘の中に身を寄せた。窓から差し込む薄い朝日が、埃の積もった卓を照らしていた。
しばらく誰も口を利かなかった。船酔いから回復した海生が、最初に口を開いた。
「これからどうするんだ」
「泉州の市場、行ってみたい」と石頭が言った。
「日が高くなってからでいいだろ」と虎子が言った。
——ここからだ。
子どもたちを巻き込むのは、本意ではない。だが一人で安海に向かうより、子どもたちと連れ立っている方が怪しまれない。書生の小間使いが一人で鄭家の門に近づけば、それだけで目立つ。子ども同士の悪戯のように見せかける必要があった。
ゆっくりと口を開いた。
朱慈煥は卓の前に腰を下ろし、しばらく黙っていた。それから、ゆっくりと口を開いた。
「俺の叔父——鄭芝豹叔父上のこと、知っているか」
三人が顔を上げた。
「叔父上は、鄭芝龍様の配下の私兵なんだ」
虎子が「鄭芝龍って、あの海賊上がりの?」と言った。
「そうだ」
朱慈煥は静かに頷いた。
「叔父上から、鄭芝龍様の武勇伝を何度も聞いた。海で倭寇と戦った話、台湾で紅毛人(オランダ人やイギリス人を指す言葉)を退けた話、嵐の中を一人で船を操って港に戻った話——どれも凄まじい話ばかりでな」
もちろん、全部嘘だ。
転生前に読んだ『台湾外記』や『海上見聞録』の記述を、それらしく脚色しただけだ。だが子どもたちの目の色が変わるには十分だった。これで安海まで連れて行く口実は立つ。あとは鄭家の近くに着いたら、何かしら理由をつけて一人で動けばいい。
「すげえ」と海生が言った。「会ったことあるのか、鄭芝龍に」
「ない」
朱慈煥は静かに首を振った。
「だから——一度、見てみたいと思っていた。どんな男なのか。話に聞くだけでは、分からない」
しばらく沈黙が流れた。
虎子が「で、どこにいるんだ」と聞いた。
「安海だ」朱慈煥は答えた。「ここから近い。場所は知っている」
「行こう」と石頭が即座に言った。「行ってみよう」
「俺も行く」と虎子も頷いた。「もし会えたら、阿福に自慢してやる。あいつ、自分の家のことは知ってても鄭家のことは知らないだろうからな」
海生が「俺もだ」と言った。「市場は後でいい」
朱慈煥は静かに頷いた。
——あとは、阿福が戻る前に動くだけだ。
四人は別荘を後にした。朝日が、泉州の路地に差し込み始めていた。




