計画は慎重かつ大胆に
媽祖升天日まで、あと十日ほどになった頃のことだった。
朱慈煥はいつものように市場を遠回りしながら、港の動きを眺めていた。張は三歩後ろで欠伸をしている。
鄭家の旗を掲げた船が、南に向かって出ていくのを目にした。
——安海か。
転生前の知識が静かに動いた。鄭芝龍の本拠地は泉州府晋江の安海だ。鄭家の船が南に向かうということは、安海への定期便か、あるいは鄭成功が戻ったか。
港の男たちの会話が、風に乗って断片的に聞こえてきた。「鄭の若様が……」「安海に……」
全ては聞き取れなかった。だが十分だった。
——鄭成功が安海にいる。
確信とは言えない。だが可能性として、十分に高い。
朱慈煥は足を止めずに歩き続けた。張はまだ欠伸をしている。
頭の中で、静かに算段を組み立てた。
媽祖升天日の夜、張を酔わせて屋敷を抜け出す。平海衛の港から南へ——泉州まで半日、安海はそこからさらに近い。呉家の商家が泉州との取引に使っている船があるはずだ。阿福の父親なら、事情を話せば……いや、話す必要はない。乗せてもらう口実さえあれば十分だ。
問題は、安海に着いてから鄭成功にどう近づくかだ。
——「朱文」という書生が鄭成功に会いたがっている、では通らない。
何か別の入り口が必要だった。朱慈煥は歩きながら、頭の中で可能性を並べた。
一つ。泉州の港で偶然を装って鄭成功に接触する——以前に一度顔を合わせている。「朱文」として声をかけることはできる。だがあのとき鄭成功は朱慈煥をほとんど気に留めていなかった。書生の小間使いとして見ていたはずだ。
二つ。安海の鄭家に何らかの用件を作って近づく——だが「朱文」には鄭家に用件を持つ理由がない。
三つ。鄭芝豹経由で鄭成功に繋いでもらう——最もリスクが高い。鄭芝龍に話が届く恐れがある。
——どれも一手足りない。
朱慈煥は廟の前の縁台に腰を下ろした。張がようやく追いついて、少し離れた場所に立った。
海風が吹いてきた。
接触の手段はまだ見えない。だが、場所は分かってる。あとは方法だ。
朱慈煥は縁台に腰を下ろしたまま、頭の中で計略を組み立てた。
鄭芝豹の使いを装う。印綬はないが、書状ならどうにかなる。数ヶ月共にしたあの男の文体は、それなりに掴んでいる。もし見破られたなら——そのとき初めて、正体を一部だけ明かせばいい。崇禎帝の皇子という血筋は、明への忠義を持つ鄭成功が無視できる話ではないはずだ。
完全な算段ではない。だが動き始めなければ何も変わらない。
——子どもの自分に、酒を売ってくれるだろうか。




