表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
明末の麒麟児  作者: sawami
第4章
44/47

わずかな隙

張という男を、朱慈煥は数日かけて観察した。

 まず分かったのは、この男が酒を好むということだ。夕方になると、屋敷の前で小さな瓶を取り出してちびちびやっている。稽古から戻る時間が遅くなると、すでに目が据わっていることもあった。

 次に分かったのは、この男が朱慈煥を子どもだと思っているということだ。鄭芝豹はどんな些細な動きも見逃さなかった。だがこの男は、朱慈煥が市場を遠回りしても、廟の前で立ち止まっても、特に気にする様子がない。「書生の子どもが散歩しているだけだ」と思っているのだろう。

 ——好都合だ。

 朱慈煥は内心で静かに思った。

 問題は、どうやって抜け出すかだ。張が酒好きであることは分かった。だが普段の夕方に酔わせようとしても、不自然だ。何か理由が必要だった。

 廟の前を通りがかったとき、阿福の父親が縁台の周りを掃き掃除しているのが見えた。呉家の商家の主人で、阿福とは裏腹に細面の、生真面目そうな男だ。

「何かあるのですか」

 朱慈煥が声をかけると、男は箒を止めて答えた。

「もうじき媽祖様の升天日だ。(旧暦)九月九日——毎年この廟でも祭りをやる。賑やかになるぞ」

 媽祖とは航海・漁業を司る道教の女神で、福建沿海の人々に深く信仰されている。

 ——升天日か。

 朱慈煥は軽く礼をして、廟の前に立ち止まった。祭りの夜であれば、酒が出るのは自然だ。人が集まり、賑やかになり、監視の目が緩む。張に酒を勧めることも、不自然ではない。あと数週間もない。

 しばらく神像を見上げながら、頭の中で時間を計算した。

 ——どのくらい時間がある。

 転生前の知識では、鄭芝龍が清に降るのは1646年12月——隆武二年のことだ。だがそれはあくまで「史実」の話であって、自分がこの時代に介入している以上、歴史がそのまま動く保証はない。史可法の降伏がそうだった。自分の手紙一つで、後世に名を残した忠臣の末路が変わった。

 ならば鄭芝龍の降伏も、早まることがあり得る。

 根拠はある。鄭芝龍が清に傾く理由は感情ではなく損得だ。隆武帝を擁立したのは明への忠義からではなく、福建の実権を握り続けるための政治的判断に過ぎない。清が優勢であることは誰の目にも明らかで、鄭芝龍ほどの男がそれを読めないはずがない。

 しかも今、黄道周が北伐を主張して鄭芝龍と対立している。隆武帝が親征を望んでいる。鄭芝龍にとって、明への奉仕が重荷になり始めている時期のはずだ。その重荷がある閾値を超えたとき——あの男は動く。

 史実より早く動く可能性を、排除できない。

 ——残り一年とは限らない。

 張が三歩後ろで欠伸をしていた。

 ——この男が自分を子どもだと思っているなら、それでいい。子どもが神様に手を合わせに来たと思えばいい。

 朱慈煥は静かに手を合わせた。祈るふりをしながら、頭の中では算段を立てていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ