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明末の麒麟児  作者: sawami
第4章
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そろそろか動くか

今回は少し長めです。

 ある朝、いつものように稽古から戻ると、屋敷の前に見慣れない顔の男が立っていた。

 鄭芝豹の姿はなかった。

 新しい監視役は若い兵士だった。名を聞くと「張」とだけ答えた。愛想もなく、口数も少ない点は鄭芝豹と変わらなかったが、どこか質が違った。鄭芝豹には海賊の親分のような、底知れない重さがあった。この男にはそれがない。ただの兵士だった。

 鄭芝豹はいつ去ったのか、朱慈煥には分からなかった。前の晩まで屋敷の前にいたはずだが、朝には消えていた。一言もなかった。

 ——まあ、そういう男だったな。

 朱慈煥は内心で小さく思った。無口で、無愛想で、「知らん」しか言わない男だった。だがあの男が傍にいる間は、少なくとも鄭芝龍の目が直接届いていた。それが今は——若い兵士一人に変わった。

 監視が薄くなったとも言える。だがそれが、かえって落ち着かなかった。

 その頃、泉州から一つの報が平海衛にも流れてきた。

 隆武帝が靖江王朱亨嘉の討伐を命じたという。

 町の商人たちが声を潜めて話すのを、廟の縁台で本を読みながら耳にした。朱慈煥は本から目を上げなかった。

 ——同じ朱氏の血を引く者が、同じ朱氏の血を引く者を討つか。

 頭の中で、静かに整理した。朱亨嘉が監国を自称した以上、隆武帝が動くのは当然だ。だがこれは同時に、南明の内部がいかに脆いかを示してもいる。清軍を前にして、明の残党が互いに削り合っている。

 ——鄭芝豹が泉州に戻った。

 二つの事実が、頭の中で繋がった。鄭芝龍が隆武帝に利用価値を示した今、朱慈煥の監視の優先度は下がった。だから鄭芝豹が引き上げ、若い兵士一人に交代した。それだけのことだ。

 つまり自分は今、鄭芝龍にとって「保留している駒」に過ぎない。清に降るときには、交渉の材料になるか、あるいは邪魔になるか。

 海風が吹いてきた。本の頁がめくれた。

 ——鄭成功に、接触しなければならない。

 焦りではなく、静かな確信として、そう思った。時間は、思っていたより少ないかもしれない。

翌日から、朱慈煥は少し行動を変えた。

 これまで廟の縁台で本を読むときは、張がついてくるままにしていた。だが今日は、縁台に着く前に市場を遠回りした。張は黙ってついてきた。

 市場の喧騒の中で、朱慈煥は足を止めずに周囲を観察した。

 これまで「ただここにいるだけでいい」と思っていた時間が、今日からは少し違って見えた。

 張は鄭芝豹と違い、朱慈煥が何をしていても特に気にする様子がなかった。市場を歩いていても、廟の前で立ち止まっていても、ただ三歩後ろをついてくるだけだ。

 ——使えるかもしれない。

 朱慈煥は内心で静かに思った。鄭芝豹はあの底知れない重さで、こちらの動きを常に測っていた。だがこの男は違う。ただ仕事をこなしているだけだ。

 廟の縁台に腰を下ろし、本を開いた。頁を眺めながら、頭の中では別のことを考えていた。

 港の動きを見れば、鄭家の船の出入りが分かる。船の動きが分かれば、人の動きが見えてくる。

 急ぐ必要はない。だが、動き始める必要はある。

 海風が吹いてきた。本の頁がめくれた。今日はそのままにしておいた。

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