たまには
1645年(弘光元年)
結局平海衛に戻った朱慈煥は鄭芝豹に頼んだのは、ある夕方のことだった。
「子どもたちと、外で遊んでもよいでしょうか」
男はしばらく朱慈煥を見た。何を企んでいるのかと、探るような目だった。
「遊ぶ、だと」
「訓練ばかりでは頭が固くなります。少し気晴らしをしたい」
鄭芝豹はしばらく黙っていた。それから短く「一刻だけだ」と言った。
平海衛の路地には、いつも子どもたちがいた。漁師の子、商家の子、名も知らない子。昼間は浜で遊び、夕方になると路地に集まってくる。
朱慈煥が近づいていくと、子どもたちはじろじろと見た。書生風の、見慣れない顔。警戒しているのか、好奇心なのか、判じかねる目だった。
「遊ばないか」
朱慈煥は子どもたちに向かって言った。
「何して遊ぶんだよ」と、一番年上らしい男の子がぶっきらぼうに言った。
「東瀛の遊びを教えよう。鬼ごっこという」
子どもたちが顔を見合わせた。
「鬼?」
「そうだ。一人が鬼になって、他の者を追いかける。捕まった者が次の鬼になる。それだけだ」
子どもたちは少し考えた。それから、一番小さな子が「やってみたい」と言った。
最初の鬼は朱慈煥が引き受けた。
子どもたちが散り散りに逃げる。路地を曲がり、縁台を飛び越え、大人の足元をくぐり抜ける。朱慈煥は追いかけながら、内心で少し笑った。
——走るのは、得意だ。
今まで北京からここまできたし稽古で足腰は鍛えられている。すぐに追いつけたが、わざと少し遅らせた。子どもたちの歓声が路地に響く。
捕まえた子が次の鬼になった。今度は朱慈煥が逃げる番だ。狭い路地を駆けながら、ふと思った。
——こんな風に走ったのは、いつぶりだろう。
北京でも、南京でも、走ったことはなかった。皇子という立場が、そういうことを許さなかった。転生してから今日まで、常に何かを考えながら動いてきた。ただ走るだけのために、体を動かしたことがなかった。
悪くなかった。
一刻ほど遊んで、朱慈煥は路地の端に腰を下ろした。子どもたちはまだ走り回っている。鬼ごっこは、すっかり子どもたちのものになっていた。
少し離れた場所に、鄭芝豹が立っていた。腕を組んで、眺めている。
「面白い遊びだな」
男は、珍しく自分から口を開いた。
「東瀛では子どもが皆やると聞いています」
「お前、東瀛のことをよく知っているな」
朱慈煥は少し考えた。
「本で読みました」
鄭芝豹は短く「ふん」と言った。それ以上は何も聞かなかった。
子どもたちの笑い声が、夕暮れの路地に響いていた。




