意外な出会い
今回は筆が乗りました。
夜が明けると、監視役の男に促されて泉州の港へ向かった。平海衛へ戻る船の手配をするためだ。
朝の港は騒がしかった。荷を積む男たちの声、網を引く掛け声、カモメの鳴き声。潮の匂いが濃い。朱慈煥は男の後ろを歩きながら、ぼんやりと昨夜の思案を頭の中で繰り返していた。
そのとき——。
「叔父上!」
若い声が、港の喧騒を割って飛んできた。
朱慈煥が顔を上げると、人波の向こうからこちらへ向かってくる男がいた。年は二十をいくつか過ぎたあたりか。色白で端正な顔立ちだが、目つきが鋭くきつい印象を与える。その目が、監視役の男を真っ直ぐに捉えていた。
監視役の男が、わずかに動揺した。朱慈煥はそれを見逃さなかった。
「……無事に帰ってきたな」
男は短く言った。普段の無愛想さとは少し違う、労うような声だった。
若い男は足早に近づいてきた。
それからふと、若い男の視線が朱慈煥に向いた。
「……その子どもは?」
監視役の男が、一瞬だけ口をつぐんだ。ほんの短い間だったが、朱慈煥にははっきりと分かった。
——答えに窮している。
つまり、この若い男には自分のことを隠しているのだ。
朱慈煥は一歩前に出た。
「朱文と申します」
若い男を真っ直ぐに見て言った。
「こちらの方に小間使いとして雇っていただいております」
若い男は朱慈煥の顔をしばらく見た。何かを測るような目——ではなかった。ただ、確認するように見ただけだった。
「そうか」
それだけ言って、視線を監視役の男に戻した。特に疑う様子はなかった。
若い男が「父上から芝豹叔父上によろしくとのことでした」と言うと、監視役の男は「覚えておく」と短く返した。それから父のこと、船のこと、南京での様子等々と話が続いた。「東瀛にいる弟の次郎はどうしているか」という問いに、監視役の男は父は変わりない、弟は養子先で元気にしているそうだ、と短く答えた。
朱慈煥は少し離れて、その様子を眺めていた。
——芝豹叔父上、と呼んでいた。父上、日本の弟。鄭芝龍の配下の男の甥で、日本に弟がいる——。
鄭芝龍には弟の一人に鄭芝豹という名前があったはずだ。そして、日本人の妻との間に生まれた息子の一人は日本で育った弟を持ち南京の太学で学んでいた。
——この男が、鄭森か。
鄭芝龍の息子。後の鄭成功。
朱慈煥は内心で、静かに息を吐いた。
昨夜あれほど頭を悩ませた接触の機会が、こんな形で転がり込んでくるとは思っていなかった。だが今は、まだ動く場面ではない。朱文という書生が、黙って立っているだけでいい。
若い男——鄭森は、もう一度だけ朱慈煥を一瞥した。それだけだった。




