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明末の麒麟児  作者: sawami
第4章
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突然の誘い

しばらくの沈黙の後、朱聿鍵が改めて朱慈煥を見た。先ほどとは少し違う目だった。何かを決めた人間の、静かな目だった。

「一つ、聞いてもよいか」

「はい」

「私にはまだ皇子がいない」

 朱慈煥は、次の言葉を待った。

「もし——皇太弟として、私の傍に来る気はないか」

 部屋の空気が、静かに変わった。

 朱慈煥は少し俯いた。断らなければならない、と思った。だがそれより先に、この申し出の重さを感じた。複雑な感情を脇に置いて、それでもこう切り出してきた朱聿鍵の——その誠実さを。

「……勿体なきお言葉にございます」

 ゆっくりと、言葉を選んだ。

「ですが、今の私ではお役に立てません」

「今はよい。将来の話だ」

「将来も、おそらく同じです」

 朱聿鍵の目が、わずかに動いた。

「私は兵もなく、財もなく、人望もない。皇子という血筋があっても、それだけでは旗印にもなりません。今の私が傍に立てば、重荷になるだけでございます」

 言い終えて、朱慈煥は再び深く礼をした。

「申し訳ございません」

 朱聿鍵はしばらく朱慈煥を見ていた。

「……そうか」

 それだけだった。責めるでも、引き止めるでもなかった。ただ短く、静かに受け取った。

 また沈黙が来た。今度は先ほどより、少し軽かった気がした。

 やがて朱聿鍵が立ち上がった。

「もう行っていい」

 朱慈煥も立ち上がり、礼をしようとした。そのとき朱聿鍵が、振り返らずに言った。

「負ける気はない。だが——もし、清軍に囚われるようなことがあっても」

 少し間があった。

「少なくとも私は、君のことを何も喋らない。それだけは約束する」

 朱慈煥は、言葉が出なかった。

 礼を言うべきか。だがそれも、この場には重すぎる気がした。

 結局、もう一度深く頭を下げた。朱聿鍵はそれを見ずに、部屋を出て行った。

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