最初にやることは
筆が進んだので追加します。
朱慈煥は一呼吸置いた。
「韓信も呂布も、己の価値を正しく理解していた。だからこそ高く売れた。ですが——価値とは、高ければ高いほど、相手の警戒を招きます」
鄭芝龍は何も言わない。ただ聞いている。
「韓信は淮陰侯に封じられてなお、劉邦の目には脅威に映った。呂布は戟一本で諸侯を震え上がらせたがゆえに、誰も手元に置くことを恐れた。曹操が処刑を決めたのは、呂布が裏切り者だったからだけではありますまい。——強すぎたからです」
鄭芝龍の指が、卓の上でわずかに止まった。
「では殿下は、どうされると」
「私は弱い」
朱慈煥は静かに言った。
「兵もなく、財もなく、頼れる臣もいない。皇子という血筋だけがある。血筋とは、使い方を誤れば旗印として担がれ、消耗したところで捨てられる——ただの飾りです」
少し間を置いた。
「ですが、脅威にならない者は、疎まれにくい。私はその小ささを、むしろ盾にしたいと思っております。誰かの野心を煽るほど大きくならず、しかし誰かの手に余るほど無価値でもない——そのあたりに、細く長く居場所を作る。それが私の考える、天寿を全うするための道です」
室内が静まり返った。
鄭芝龍はしばらく朱慈煥を見ていた。値踏みでも、嘲りでもない。何か別の——これまでとは違う何かが、その目の奥にあった。
「細く長く、か」
男はゆっくりと口の端を動かした。
「韓信や呂布を引き合いに出しておきながら、殿下ご自身は鼠のように生きるおつもりか」
「鼠は、生き残ります」
朱慈煥は静かに返した。
「虎は狩られても、鼠は狩られません。乱世において、それは決して小さなことではないかと」
鄭芝龍は少し黙った。それから、低く短く笑った。この男が笑うのを、朱慈煥は初めて見た気がした。
「なるほど」
男は再び窓の外に目をやった。潮の匂いが、薄く室内に漂っていた。
「では、その鼠に当分の塒を貸してやろう」
朱慈煥は静かに頭を下げた。それから、少し間を置いて続けた。
「では早速ですが、お願いがございます」
鄭芝龍が振り返った。
「鼠であっても、爪くらいは持っておきたい。できれば——武術を学ぶ機会をいただけないでしょうか」
一瞬の間があった。
それから、鄭芝龍が笑った。
低く、腹の底から湧き出るような笑いだった。先ほどの短い笑みとは違う。この男がこれほど笑うのを、朱慈煥は初めて見た。
「鼠が爪を研ぐか」
男はひとしきり笑った後、ゆっくりと息を整えた。目元に笑いの余韻を残しながら、改めて朱慈煥を見た。
「洪家拳はご存知か」




