表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
明末の麒麟児  作者: sawami
第3章
31/51

最初にやることは

筆が進んだので追加します。

朱慈煥は一呼吸置いた。

「韓信も呂布も、己の価値を正しく理解していた。だからこそ高く売れた。ですが——価値とは、高ければ高いほど、相手の警戒を招きます」

 鄭芝龍は何も言わない。ただ聞いている。

「韓信は淮陰侯に封じられてなお、劉邦の目には脅威に映った。呂布は戟一本で諸侯を震え上がらせたがゆえに、誰も手元に置くことを恐れた。曹操が処刑を決めたのは、呂布が裏切り者だったからだけではありますまい。——強すぎたからです」

 鄭芝龍の指が、卓の上でわずかに止まった。

「では殿下は、どうされると」

「私は弱い」

 朱慈煥は静かに言った。

「兵もなく、財もなく、頼れる臣もいない。皇子という血筋だけがある。血筋とは、使い方を誤れば旗印として担がれ、消耗したところで捨てられる——ただの飾りです」

 少し間を置いた。

「ですが、脅威にならない者は、疎まれにくい。私はその小ささを、むしろ盾にしたいと思っております。誰かの野心を煽るほど大きくならず、しかし誰かの手に余るほど無価値でもない——そのあたりに、細く長く居場所を作る。それが私の考える、天寿を全うするための道です」

 室内が静まり返った。

 鄭芝龍はしばらく朱慈煥を見ていた。値踏みでも、嘲りでもない。何か別の——これまでとは違う何かが、その目の奥にあった。

「細く長く、か」

 男はゆっくりと口の端を動かした。

「韓信や呂布を引き合いに出しておきながら、殿下ご自身は鼠のように生きるおつもりか」

「鼠は、生き残ります」

 朱慈煥は静かに返した。

「虎は狩られても、鼠は狩られません。乱世において、それは決して小さなことではないかと」

 鄭芝龍は少し黙った。それから、低く短く笑った。この男が笑うのを、朱慈煥は初めて見た気がした。

「なるほど」

 男は再び窓の外に目をやった。潮の匂いが、薄く室内に漂っていた。

「では、その鼠に当分の塒を貸してやろう」

 朱慈煥は静かに頭を下げた。それから、少し間を置いて続けた。

「では早速ですが、お願いがございます」

 鄭芝龍が振り返った。

「鼠であっても、爪くらいは持っておきたい。できれば——武術を学ぶ機会をいただけないでしょうか」

 一瞬の間があった。

 それから、鄭芝龍が笑った。

 低く、腹の底から湧き出るような笑いだった。先ほどの短い笑みとは違う。この男がこれほど笑うのを、朱慈煥は初めて見た。

「鼠が爪を研ぐか」

 男はひとしきり笑った後、ゆっくりと息を整えた。目元に笑いの余韻を残しながら、改めて朱慈煥を見た。

「洪家拳はご存知か」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ