不気味な小坊主
※結構長くしてみました。
※内容を修正しました。2026/05/06
数日後、揚州の大通りで兵を率いて街の見回りが行われた。そして街の区画で担当部隊の将軍が部下の活動報告を聞いていた。
「この区画の街の治安は問題なさそうだな」
「はい、兵士による乱暴狼藉も確認されていません。ただ...」
兵士が言いよどむと、その将軍はわかっているといった感じで手で制した。
「わかっている。見回りに行った兵士の何人かが帰ってこないのだろう?」
「...都市内外の出入りを兵士達に禁じられて週ごとに増えています」
「父、いや史兵部尚書も対応しておられるだろうがいかんせん、物資が乏しい。南京にいる奸臣どもは我々を見殺しにしたいと見えるな」
「史将軍、お静かに。誰に何を聞かれているかわかりません」
「わかっている。戯れ言だ」
この将軍の名は史徳威。字は龍江といい史可法の養子であり側近として支えていた。
ちなみに奸臣とは阮大鋮や馬士英ら反東林派を指している。
「そういえばたいしたことが無いと思いますが、最近不気味な小坊主をよく見かけると耳にしております。」
「不気味な小坊主?どう変なのだ?」
「その小坊主、変な歌を歌いながら大通りを歩いてるんです。ええと……たしか、
『大なる江の龍、何処へ往く。』
とかいう、訳の分からねえ歌でして」
「確かに変な小坊主だな。...うん?」
史徳威はその話を聞き何か違和感を感じた。そしてそれはすぐに気づいた。
(もしや、私のことか?!)そう感じたのには理由がある。
まず、大きな川は中国語では「江」で表せることができる。そして、龍を合わせれば自分の字である龍江になるからだ。
(いや、ただの深読みかもしれん)
史徳威はもう少し詳しく聞いてみることにした。
「その小坊主は、他に何か言ってなかったか?」
「他にですかい?『溧陽の末裔、法ぞ之く……』とか言ってましたが、史将軍?」
史徳威はこれらのことを聞いて自分を探していると確信した。
溧陽侯は後漢初の溧陽侯史崇のことであり、自身の父史可法は49世の孫に当たる。そして法は「憲」をゆくは「之く」を意味するならば史可法の字である「憲之」を意味することと、捉えることができた。
(ただの偶然ではない。この小坊主は、明らかに私と父上を名指しで探している!)
史徳威の背筋に冷たい汗が伝わった。
誰だ? 南京の馬士英が放った密偵か、それとも清軍の細作か。こんな手の込んだ真似をしてまで、我々に接触しようとする者の正体と目的が全く読めない。
「……その小坊主、次に見かけたら絶対に目を離すな。私自らが出向いて捕らえる」
史徳威は剣の柄を固く握りしめ、密かに探索の網を張る決意を固めた。




