揚州
※お待たせしました。春学期の準備があって投稿が滞っていました。明日から定期的に投稿していきます。
弘光元年(1645年)1月揚州
貸船に揺られの上で正月を迎えつつ、揚州に到着した。朱慈煥が港に降りると驚愕した。南京に向ってた時の揚州では塩田がからとれる塩の集積地としてあちこち塩の売買で行われていた。
だが今では兵士があちこちでたむろしており、都市の壁では前に来たよりも今より厚く感じられた。
「坊主、俺はここまでだ。おっかあを早く見つけてやれよ。」
「はい、ありがとうございました。」
そうして、港を後にした。
さて、そうやって街にはいっていくと以前より、活気はないが多少人が行き交っていた。
朱慈煥は歩いていくと列をなしている。どこか荒々しさがあり、鎧に統一性がない兵士達の姿があった。朱慈煥は列に並ぶもののなかで比較的気弱そうな兵士に尋ねた。
「すみません。これは何の列ですか?」
「うん?、もしかして何があったか知らないのか?」
「はい、実は...」
朱慈煥は自身の嘘の身の上を話した。
「なるほどなぁ、お互い苦労するな。」
兵士は列を抜け出して周りを確認したあと、朱慈煥の耳元で話した。
「俺は元々揚州出身でな、史兵部尚書(史可法のこと)様が出鎮したとき志願して配下江北四鎮の一人である高杰将軍に配属されてたんだけどよ、元々賊軍の李自成の配下だったからなのか、ガラの悪いやつらが多くてな後から入ってきた俺は下っ端扱いさ。」
ちなみに江北四鎮とは劉澤清、劉良佐、高杰、黃得功の将軍を指す。
「実はここだけの話でな、高杰将軍が河南省随州市で徐定国将軍に謀殺されたんで、今史兵部尚書が揚州で、高杰の軍団再編しているんだよ。だから、悪いこといわねぇからさっさと母親を見つけてここから出ていきな。」
朱慈煥は、歴史の知識からその事実を知っていた。
(しかし、まさか、こんな形でその事実を知らされるとは。開戦前なのに思ってたより内側はひどい状況だったんだな。だけど、いいことも聞けた。史可法が揚州にいるかわからなかったからな。)
そうして話を聞いた朱慈煥は兵士と別れた後、朱慈煥は史可法と接触するため、次の行動へと動き出す。




