旅にトラブルはつきもの
「なんてこった・・・」
朱慈煥は今人生の岐路に立たされていた。実は今朝目が覚めたら僧侶たちが消えてしまったのだ。
訳が分からず、あたりを見回すと手紙と共に少しの金銭がおかれていた。手紙を読んでいると、子どもを連れて旅をすることに限界を感じたこと、置いていったことを申し訳なかったこと、お詫びとしてある程度の金銭と住職に何日か宿泊の猶予を持たせるようにお願いしたこと、最後に布鞋(布の靴)や草鞋、それに布で作った足布(靴下のようなもの)を修繕してくれたことの感謝が書かれていた。
置いていかれた者からすればふざけるなと思うだろうが戦乱で荒れている国内で不安に陥ることもわからないわけでもなかった。
現に旅の途中で流賊に襲われた。
「さて、どうしたものか」
最初は呆然とした朱慈煥も段々落ち着いてどうやって南京まで行こうか考えていた。
そしてすぐに浮かんだ。朱慈煥は護身用で持っていた小刀を懐から取り出し丁寧に頭を剃り落とした。頭から血を出すことなくきれいな坊主頭にした後、ボロボロな布を拾って修行僧のような見た目になった。
朱慈煥はちょっとした賭けにでたのだ。天津には反乱軍に町を襲われて逃げてきた流民たちも多くいた。朱慈煥は彼らに「華厳経」や「般若心経」などを学んだことを生かし、彼らにお経を唱えてあげたり流民たちが持っていた荷物の修繕などを行った。
流民たちは、朱慈煥を不思議な少年、あるいは小さな仏様のように見て、次第に心を開き始める。
これは、単なる親切心からだけではなかった。
朱慈煥は、これから先、運河を利用して移動するために、流民たちの船に便乗するためにも、彼らの信頼を得ようとする打算的な作戦でもあったのだ。
そして数日後、いつか追い出されかねないと焦る気持ちを抑えつつ、いつものように流民たちのところに出掛けると、ある二人の親子に声をかけられた。成人男性と自分より若い少年の構成だ。成人男性から声をかけられた。
「小師父、先日亡くなった妻のためにお経を呼んで下さりありがとうございました。」
「ありがとうございました。」
親子二人揃って涙目になりながら膝をついて頭を下げてきたのだ。
ちなみこの活動では王叔三という偽名で通していた。
「いえいえせめてもの供養と思って勝手にやっていることですから」
朱慈煥は謙遜するように言うと成人男性は、少し言いづらそうに本題を切り出した。
「実は、私たちはこれから妻の実家がある済寧に向う予定なのでもしよろしければ宿泊させていただけませんか?」
どうやら実家は郷紳(明や清時代の農村地主や、君主制下の中国の地方社会で社会的・文化的地位を有する人)らしくお礼と家に招くことができるくらい裕福らしい。
朱慈煥はやったと感情を出すのを抑えまずは丁寧にお断りを入れた。
「申し訳ないのですが、私はまだまだ修行の身なのでそこまで面倒を見ていただく訳には行きません。」
ここで一旦断ることで自身を聖人を装うことで印象良く写らせる。そうすることで向かった家でそのまま引き止められにくくしようとする算段である。
「そうでしたか、ならばせめて実家でも同じようにお経を唱えていただけませんでしょうか?」
「···わかりました。それならばどうか途中の旅路までよろしくお願いいたします。」
こうして朱慈煥は南京までの途中の道のりを確保することに成功した。




