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天津
二日かけて、朱慈煥は昼頃に天津に到着した。
天津は唐代から中期以降は南方からの食糧輸送基地となり、軍事拠点として衛(明代に要地に設けた軍営)が設置されるなど、要衝とされている場所である。ちなみに天津飯とは何の関わりもない。
しかし今は北京と同様に、不穏な空気が漂い、治安の悪さが肌で感じられる。
朱慈煥と同行する僧侶たちはこのような空気を感じるのは旅の道中で何回も起きた。時には流賊に襲われて何人か亡くなった時は死を感じていた。
このことからここ天津でもいつ襲われてもおかしくなかった。
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天津にある小さなお寺に宿泊し僧侶たちは次の船旅の手配の準備をしていた。留守番をしていた朱慈煥は子供である自分の無力さを感じつつもせめて今できることをしようと前向きに考えて僧侶たちが使っていた下駄の修繕などを行った。手さきが器用だったみたいである程度の修繕できていた。
「せめてあと4歳分の年がとりたかったな~」
朱慈煥はそう愚痴りつつ今後のことを考えていた。
「南京までにいろいろな都市を通るからそこを見て回りながらいけたらいいけどそこは船の進み具合次第だな。まだ南京陥落まで1年以上あるしな。」
こうして朱慈煥は頭の中で旅の行程をなっていくのであった。




