エリゴールの憂鬱
エリゴールの後を追って、私は森の奥へと向かう。
村に隣接する森は、魔界の森なだけあって、いつも薄暗く、空気は重い。
「エリゴール」
切り株に腰掛けて、エリゴールは沈んだ顔でどこか遠くを見ていた。
「……マリア様」
「どうしたの?」
「なにも……」
「なんでもないわけない」
強い口調ではねのけると、エリゴールは苦笑した。
「私、あっちの世界でね、保育士……って言ってもわかんないか。親御さんからお子さんを預かる仕事……そうね、簡単に言えば子守みたいなことをしてたのよ」
エリゴールが興味深そうに私を見た。あちらの世界が気になっているのかもしれない。
「私のクラスの子に、七海ちゃんって子がいてね。その子、いつも良い子で、何かあっても自分のことは誰にも話さないんだ。でもさ、まだ子どもだから、自分で解決しようとしてもうまくいかなくってね、急に癇癪を起こすのよ」
「それが、まさか僕だって言うんですか」
怒っているふりなのは、すぐにわかった。
「ーー私、その癇癪をいつもとても可愛いと思ってたんだ」
エリゴールの隣に座って、エリゴールの肩をそっと引き寄せた。
「……マリア様」
「きっと、私がここに連れてきたから、困ってるんでしょう? 魔王に、頼まれて仕方なかったんだろうけど……悪いことしたわ。ごめんなさい」
「ーーいま、ルシファー様は、窮地に立たれていらっしゃるんです」
「……そう、なんだ」
「あの人の母君は、……生贄にならなかった」
エリゴールは、じっと私を正面から見た。
「そのせいで、この国を守る種族そのものの魔力はひどく下がって、ここ数百年、いつも我が国は危機的状況なんです」
「……そうだったんだ」
だから、あの接見の間での宣言が、あれほど悪魔たちを動揺させたんだと知る。
「この種族の魔力は下がってしまって、あの人の片腕のアガリアレプトも不在……どうやって戦っているのか……」
「……戦場に、行きたいのね」
「えぇ、少なくとも、ここでこんなことをしている場合じゃないんですよ。……なのに、僕は……ここでの時間を楽しんでしまった……バティムだって」
エリゴールは両手で顔を包み込んでしまう。
隠そうとしても、その苦しみは滲んで、私まで悲しい気持ちになる。
「せめて、アガリアレプトを、戦場に戻せれば……」
エリゴールの声を聞いて、何かがピカリと光って繋がる。
「ーーあ、なんか……わかったかも」
私の思いついた顔に、暗かったエリゴールの表情がパッと明るくなった。
「なんですか!?」
「ただね、私を殺そうとしてる悪魔を助けるのって……賢いのかな……?」
「賢くはないでしょうね」
「だよね〜。でも……私、あなたには笑ってほしい」
魔王が背負わせた私という荷物のせいで苦しめてしまったから。でも、もしかすると、七海ちゃんに似てるからかもしれない。
「協力して」
「ずっとしています」
「可愛くないこと言ったら、やめるから」
「ハァ〜、じゃあ、どう言えばいいですか」
なんかだんだん、私の扱い悪くなってきてない?
「『マリア様、お願いします♡』って言いなさい」
「マリア様、お願いします」
「違ぁ〜〜う! もっとこう、可愛く。上目遣いで言うの! なんかそうね、アイドルみたいに!」
「……アイドルって、なんですか」
「そーか、アイドルいないか、ここは。『じゃあ、マリア様、お願いしますにゃ♡』で許してあげる」
「いっ、言いませんよ! そんなこと!」
「ホラホラ〜」
「言いませんったら!」
エリゴールの後を追いかけながらしつこく言い募っていたら、気づけば村に戻っていた。
私たちのやりとりを見た村人が、笑っている。
初めはくっきりと見えていた悪魔と人間の境界線が、少しずつ薄れているのを感じて、私も思わず笑った。




