妃の帰還
「本気? 本気なのかよ?」
「大丈夫よ! あれ、持ってきてくれたんでしょ!」
「持ってるよ! 持ってるけど、軽いわけじゃないからな! 言っとくけど!」
あの石を持ち込むのは、かなりの賭けだったけれど、昨日何度も練習して、結界はどこか地面に据え置かないと発生しないことがわかった。だから、移動中はセーフ。ローブの中で石を持っているマンバの姿勢はかなり不自然だった。
「ずっとは持ってられないからな!」
「だから、それは膝に置いて……」
城の長い回廊を二人で声を潜めてボソボソと会話をしていると、アザゼルが振り返る。
「何の話です」
「いっや〜、別に」
むちゃくちゃ不審そうな目で見られているけど、それどころじゃない。とりあえず、このミッションをコンプリートしなくちゃいけないんだ!
「ところで、その薬草、本当に効能があるんでしょうね」
「バティムのお墨付きだから、ね?」
「そうそう、すごいものを人間は隠し持ってたもんだ。すごいすごい、本当すごい」
バティムって、演技下手ぁ〜。
思い切り睨みつけると、バティムは困った顔で眉根を下げた。
「私で実験済みです。信用していただきたい」
エリゴールが冷静に言い放つと、アザゼルは片眉を跳ねあげて、いつもの顔で言う。
「悪魔をですか? まぁ、いいでしょう。正直なところ、こちらはもうお手上げでね。アガリアレプトの傷は、あまりに深い……」
「でしょうね……。早く回復して、ルシファー様のところに行ってもらわねば」
「えぇ、一刻を争います。なにせ、戦況も芳しくないですし」
二人の会話を後ろで聞きながら、魔王のことを思う。
怪我はしていないか、無事なのか……。
「バアル様も健やかに成長されていて、それだけが救いですね」
「……だが、この国を治めるには、まだ幼すぎる」
「無論……」
魔王の最悪の事態まで想定している部下を、薄情だと罵るべきなのか、国として機能していると思うべきなのか、少し前まで単なる一般人だった私にはわからなかった。
アガリアレプトの部屋なのだろう。ピタリと扉の前でアザゼルは立ち止まった。
「先に申し上げておきますが、アガリアレプト殿は今回の治療をよく思ってはおりません」
「だよね」
「……むしろ、あなたの命を狙っているので」
「はっきり言うわね、相変わらず」
「まぁ、気をつけてください」
殺されるなら殺されろって聞こえますけど、この野郎。
「大丈夫です、私がご一緒しますので」
エリゴールの目配せに、安心する。
「まさか、その人間まで連れて入るおつもりですか」
「彼女は私の大事な助手です。人間の女ひとり、悪魔に何の差し支えが?」
「……なるほど。では、私も立ち会いましょう」
「…好きにすれば」
飴色の重い扉が開かれて、薄暗い部屋の寝台に、アガリアレプトは力なく横たわっていた。最後に見た日よりも、悪くなっている、そう感じた。
「……貴様、何をしにきた」
「失礼ね。あなたを治しにきたのよ」
「いらん、帰れ」
「あなたのためじゃないわ。魔王の……ルシファーのためです」
そう言うと、アガリアレプトはぐっと口をつぐんだ。
「あなたの戦力は重要だとエリゴールに聞いたの。一刻も早く回復して、ルシファーを助けてもらわないと困る」
言い切った私にアガリアレプトは何も言わず、まっすぐに見つめた。
「まず、このお粥を食べて。この中には魔族の傷に効く薬草が入ってるから」
「私が毒味しましょう」
エリゴールが目の前で食べると、アガリアレプトも口を開く。
「傷の状態を見せてもらいます。彼女も転生してきた人間で、向こうでは看護師でした……ああ、医者の助手です。バティム、彼女に椅子を」
椅子に座って、マンバは包帯を取り除く。
「新しいものに換えたいんだけど」
新しい包帯を巻きつけた場所をゆっくりと治していく。石のおかげで、マンバの顔色は一つも変わらない。
「……おぉ……」
回復を感じるのか、アガリアレプトは感嘆の声を上げる。
「食べれば食べるほど治ります」
そう言うと、お粥を食べる速度が上がる。エリゴールが何度も匙をアガリアレプトの口に運んだ。
「痛みが……消えていく……」
「反対側の包帯も換えなくては」
それを合図に、マンバはゆっくりと石を床に置いた。
黄色い膜が張ったように、結界が発生する。そしてすぐに、何も見えなくなった。
「な、何をした!!」
「……交渉開始よ、アガリアレプト」




