真実の力
「バアル!!」
絶叫して、駆け寄った。
頭がぼうっとして、地面が歪んで感じる。
前に進んでいるのか、後退しているのかわからない。指先が冷たく、感覚が遠のいていく。周囲の音も水中にいるように、妙に膨張して聞こえた。
「なんでこんなことに!! ブリトニ! 何してたんだよ!」
マンバの声が、響いている。
「わからない、わからないよぉ〜!」
半狂乱のブリトニの声を聞きながら、私はバアルに走り寄る。その額に無意識で掴んでいた綿花をぐっと押し付けた。
恐ろしいスピードで血を吸い込んでいく。圧迫しなくちゃいけない、わかってはいるけれど、手の力が入っているか、わからない。
バアルの体には力がなかった。
「バアル! バアル!」
マンバが私を押しのけて、バアルの額に手を当てた。彼女の手から光が漏れる。
「バアル! 絶対に、助けてやる!」
驚いた私は、マンバを見つめた。バアルの出血はみるみるうちに消えていく。
「あーーあーーー」
泣き声が上がった。バアルを抱き上げ、その体が温かいことに震える。
「マンマァ!」
バアルの呼びかけに、私も泣いた。
「よか……った……」
マンバの体が、ゆっくりと傾く。その体を、大きな太い腕が支えた。
「バティム……!」
「……随分と消耗している。私の薬草で回復すればいいが」
「ありがとう……お願いするわ」
「もちろんです」
震えているブリトニの肩を抱えて、小屋に向かう。
「大丈夫、ブリトニ。あの悪魔はとてもいい腕をしてるんだ。お母さんはすぐに良くなる」
「……あた、あたしが……! バアルを!」
「バアルが……落ちたの?」
「ちが、ちが……」
泣きじゃくり始めるブリトニに、ブリトニが世話をしていた子ども達が恐る恐る近づいてくる。
「あいつが、俺たちに石を投げたんだ!」
「……バアルが?」
「マリア様、こちらに」
どこか興奮したようなエリゴールが現れて、私の手を引く。
「子ども達が遊んでいた場所です……!」
そこには祠のような、何かがあった。
「これは……」
「私の見たことのない建築物です」
でしょうね、これ……だって……あれでしょ。お地蔵さんとか、そういう……。
「それはな……マンバが作ったんじゃ。まぁ、正確にいうと、マンバがわしらに作らせたんじゃ。あれは、不思議な力を持つ女でな……」
「マンバは……一体、何を……」
「この村は、皆同じ村から来たのではない。悪魔は戦のたびに、人間を連れ帰る。いろんな集落の人間だ。マンバがどこから来たのか、わしらは知らん」
マンバのいる小屋を見る。
彼女が何者なのか、転生者に能力があるなら、私にも何か能力があるのかもしれない。
自分の掌を見て、マンバの手から出ていた光を思う。
「ーー魂を食われる者も、こうして悪魔に必要なものを作らされる者もいる。我々は運がいい。作る者としてこうして永らえておるんじゃ」
魂を……食べられる……。
人間は、悪魔にとって、獲物なんだと痛感する。彼らは捕食者なんだと。
「マリア様。ここには悪魔の力を跳ね返す結界があるようです」
面白そうにエリゴールが祠に触れようと指先を伸ばすと、バチンと大きな静電気のようなものが走る。
「いたっ……」
指先を撫でながら、エリゴールは続ける。周囲に散らばった小石を爪先で蹴った。
「子ども達は石投げで遊んでいたようですね」
「……そうみたいだね」
「バアル様もそれを見て、同じことしようとしたのでしょう……魔力で」
付いてきていた子ども達が、泣きながら血のついた石を指差している。
「あいつが、急に空を飛んで、オレたちに石を投げたんだ! そしたら、石が跳ね返って!」
「そしたら、あいつ、泣きながら、マリア様のいる場所まで飛んでったんだよ!」
「オレたち、追いかけたんだ!」
口々に言い募る子どもたちが、嘘をついているようにはとても見えない。
「ーーどうやら、バアル様は力を持て余していらっしゃる」
「そうみたい。みんなに怪我がなくて、本当に良かった。ごめんなさい。しっかりとバアルに言って聞かせるから」
子どもたちは、ホッとしたように頷きあっている。
マンバとブリトニには本当に申し訳ないことをしてしまった。子どもに子どもの世話を任せきりにするなんて、私が馬鹿だった。
ずっとバアルに付きっきりで、疲れていたのも事実。別の作業に没頭することで、気分転換してしまっていた。
胸に抱いたバアルを見て、私はため息をつく。
「バアル。あなた、そんなことできるの? じゃあ、ママは抱っこもうしなくていいね」
そう言うと、バアルは大声で泣き出した。




