大改革
「畑仕事はなぁ、しっかり耕すことが大事なんじゃ」
この村の長老は、九十度に曲がった腰で、地面を見ながら声を振り絞っている。
バティムはまだるっこしくなったのか、ドラゴンに姿を変えて、鋭い爪で地面を掘り返している。
鎧を脱ぎ捨てたエリゴールも疲れた顔で、鍬を振り上げていた。
「いやぁ、悪魔がこんなことしてくれるなんてなぁ」
「いいえ、食料を奪ってごめんなさい。この調子で開墾して、もっと作物を作れるようになればいいんだけど」
「そうさねぇ」
あれから一週間、私たちはこの村で過ごしている。
村の暮らしにもすっかり慣れて、畑の開墾や農場の手伝いで毎日が過ぎている。
恐ろしかったマンバの要求は、『みんながお腹いっぱい食べられるようにしろ』だったときの、私の脱力感をどう説明すればいいだろう。
この世界には、人間が食べるものが極端に少なかった。ここに連れられてきた時、みんながこっそりと持ち込んだ種を植えて、育てていたらしい。
種は同じでも、ここで育てると、向こうとは違ったものが取れるようだった。
私は言われた通り、たくさん農地を増やして、収穫物を増やすことにした。
もちろん、使えるものはなんでも使う。あの悪魔たちだって例外じゃない。
意外だったのは、ここの土地は見た目の割に豊かなのか、それともそういう世界なのか、植物の育成が早くて収穫も早い。
数日前に植えた植物は、もう腰のあたりまで伸びてきている。
「この調子だったら、一ヶ月もすれば収穫できそう。こっちはどこもそうなの?」
「いやぁ、魔界だけじゃないかね。人間界にいた頃は、こんなに早く育たなかったぞ」
バアルは毎日、ブリトニがお世話をしてくれていて、今も ブリトニに背負われて村の子供達と一緒に遊んでいる。
一人一人が労働者のこの場所では、子育ても集団で行なっていて、まるで戦前の日本のようだった。
「何も生み出さないって、言ってたけど……」
勘違いなんじゃないかと、畑仕事をする二人の悪魔を見やった。
ここに移動してきて、ここの労働に加わると話した時の二人の反応はすごかった。
人間と一緒に作業することも、労働そのものも、考えられないって顔であれこれずっと文句を言っていた。
だけど、いざ始めると、バティムはもともと植物が好きなこともあって、とてもよく働いてくれる。
エリゴールは、畑はあまり好きそうではないけれど、農場は好きみたいで、羊を追いかけたり、牧羊犬と遊んだりする方が楽しいみたいだった。
バティムが前足でエリゴールに泥を投げる。エリゴールもバティムの顔に泥団子を投げ始めた。
バティムが人間に姿を変えて、エリゴールを畑に倒す。取っ組み合いになって、泥だらけになる姿は、まるで子供だ。
「ふざけないの!」
私が大きな声を出すと、二人は顔を見合わせて笑う。
「何してんだか、あいつら」
炊事を終えたマンバがやってきて、私の隣に座って綿花をむしりながら、呆れ返っている。
マンバはとても働き者だった。その手はとても早くて、一緒に作業しても、全然敵わない。
「ねぇ、マンバ。この間言ってた城で買い上げる豆米の話は……」
「あぁ、アザゼルのバカが、ここの豆米を値切ってきたんだけど。マジありえねぇ」
「わかった。私からもう一度確認しておくわ」
「あ、そうそう。なんか、豆米の他にも、根菜だの葉物だの、欲しがってたよ、あのライオン」
どうでもよさそうな、興味のない口調でマンバが続ける。
「今ね、城で空前の日本食もどきブームなんだよ。そのうち味噌だの醤油だの作れるといいけど」
「え、そんなの作れんの」
「発酵とか、そういう仕組みが一緒ならね……そういう人、転生してないかなぁ〜」
「確かに、味噌汁とか飲みて〜」
二人でウダウダと会話していると、食い意地が張っているのか日本食の話になる。
「あー、そういえばさ、梅っぽい木があったでしょ。梅干しは作れるよね」
「あー、梅酒とかもつくれっかも」
「いいねいいね。てかさあ。こっちの海でも魚が取れればいいんだけど、魚はダメみたいで、家畜だけは森に住んでる動物を食べてるみたい。ジビエってやつ?」
「ふーん」
こんな話をしていると、よだれが湧いてくる。
正直なところ、ここにきて少し太った気がする。食事がとりあえず美味しいんだもん。
「でも、ここの豚や牛や羊の臭みのなさがバレたら、盗まれるかもね」
「ウチらの分まで売る気は無いよ」
「まぁ、それでいいと思うけど。悪魔の街でレストランでも出せば、かなり資金は増やせそうだけどな〜」
女性同士の、なんとも取り止めのない井戸端会議を続けていると、真っ青な顔をしたブリトニが駆け込んできた。
「どうしよう!!! バアル様が、バアル様が!!」
ブリトニの指差す方向を見ると、バアルの額から大量の血が出ていた。




