魔族軍 司令官・アガリアレプト
伸ばした手は、黒い煙を掻く。
呆然としている私を無視して、接見の間は一時騒然となった。
「マリア様、ひとまずお部屋にお戻りください」
エリゴールは私の手をそっと引いて、そこから連れ出そうとしてくれる。
知らない顔ばかりのなかで、エリゴールを見つけてホッとした。
「……わかった」
「マンマ!」
バアルの声が、怯えている。この状態で泣き喚かないだけ度胸のある赤ちゃんだと思う。
小さな手を握って、その丸い頬にキスをする。
大丈夫だよ、って気持ちを込めて。
手を引かれて、接見の間を出るとき、アガリアレプトと呼ばれていた傷だらけのあの悪魔が、じっとこちらを睨みつけているのに気づいた。
その視線は鋭く、私の想像する悪魔そのもの。
あれが本来の悪魔なんじゃないかと、怯えながらも納得する。
「あなたの立場は今とても危ういのです」
「……どうして」
「……あなたにこの国を委ねるなど、本来ありえないことだからですよ」
私だって、そんなことしたくはないけど、妃ならちょっとはそういう権利か何かがあってもおかしくないんじゃないのかと疑問に思う。
「魔王の母は、本来なら、この国の生贄になるべき存在なので」
あー、それ聞いた聞いた。
「次期魔王を出産後、魔王の手ずから、この国が永遠に栄えるよう、祭壇に祀られるのです」
「祭壇に……祀る? え、ずっとそこに座ってるってこと?」
「いえ、首だけ捧げるんです。魔王の母の命と引き換えに、この魔界の繁栄させるのですから」
……しれっと言いやがって、この野郎。
「殺されるってことだよね」
「殺されるってことですね」
マジか〜〜。
生贄って、本当に文字通り生贄だったんだ〜〜〜。
「なんで殺さなかったわけ?」
「魔王に聞いてください。はっきり言って、そのせいで、すごくややこしいことになってますから、今」
「……あなたも、死ねばよかったと思ってるの、私のこと」
「ーーそうですね、私はあなたが死んで丸く収まるなら、死んでいただいた方が良かったですね」
わ〜、君は可愛い顔して、そう言うこと言うんだ〜〜。
「でも、魔王様に、必ずあなたをお守りするように言われましたので、お守りしますよ、命に代えても」
エリゴールの端正な横顔は、急に大人びて、いや、大人を超えて一気に老け込んだようにも見えた。
「ーーそう、なんだ。ありがと」
「そう命じられたので」
そっけない言葉に、自然とため息が漏れる。
「バティムと私はあなたの味方です。それと、我々のお仕えするフラウロス様も」
「……わかった」
「私には、魔王様のお考えが全然わからない。あなたに恨みはないけれど、あなたを生かしておくメリットがあるとは思えないのです」
「そんなこと、よく私を前にして言えるね」
「ーーーー確かに。口が過ぎました。お許しを」
連れてこられたのは、魔王の部屋のある城の塔だった。
「ここ? この部屋なの?」
「一番、安全な場所なので」
あの階段の上まで送り届けられ、部屋に入るまで見守られる。
「ここに結界を張り、私とバティムでしばらく警護いたします」
「……そんなに?」
「……アガリアレプトはお分かりですか?」
「あの怪我してた……」
「ーーーーあの男は、厄介なのです」
あの眼光を思い出して、ゾッとする。
「城で過ごす時間は、少ない方がいい。あの人間の集落にしばらく行きましょう」
「……わかった」
「明日の朝、お迎えにあがります」
立ち去ろうとするエリゴールを引き止めた。
「……ねぇ、マルバスは?」
「あの男は、アザゼルの配下。私は……信用していません」
はっきりと口にして、私に背を向ける。
いくら魔王の指示だからとはいえ、私を守ろうと言う悪魔は、多分この城では少数なのだろう。
あの時のざわめきは、怒りに満ちていた。
「いいな、マリナ。生きろ」
魔王の言葉の意味を、もう一度考える。
「ねぇ、バアル。あんたのパパは、私に生き残って欲しいみたいよ」




