魔王の出陣
突然の話に、私はなぜか裏切られたような気持ちになる。
「……明日って、言ってたのに。ーーーーわかった、すぐ行く。ナアマ、悪いんだけど、この二人の部屋を用意して」
ブリトニからバアルを引き取ると、私は接見の間に向かう。あの黒い血が点々と落ちていたあの場所へ。
その途中、アザゼルと合流した。
「マリア様、首尾よくやられたそうで。人間の集落をご自分のものにされた上に、人間を二人も城に連れ込んだとか。なかなかの手腕です」
アザゼルのわかりやすい嫌味に、わかりやすく乗ってやる。女だらけの職場で培ったスルー能力なめんなよ。
「でしょ? なかなかうまくいってると思うわ。あの村を豊かにするために、力を貸してね、アザゼル」
「良いでしょう。あなたのつまらないボードゲームにもお付き合いしなければ。私はあなたの下僕ですから。命じられれば、何なりと」
そんなつもりはないくせに、アザゼルは従順なフリで恭しく一礼する。
「そうね。存分に働いてもらうつもり」
「えぇ、夜も寝ずともお供しましょう」
「黙って」
アザゼルを押しやると、一瞬消えて、私の背後に回り込む。
「あのお方を、どうやってたらしこんだのです? 魔王ともあろう方なのに、どうにもお堅い方なのです。あの堅物を籠絡した手練手管を、私にもご教授願いたい……ふふふふ」
耳元で囁かれて、カッと頬が紅潮した。
「もう処女ではないのですか?」
「……あなたに関係が?」
「いえ、単なる好奇心ですよ」
アザゼルはまた姿を消す。あの悪魔はどうしても好きになれない。元はと言えば、あいつが勝手に私を召喚したんだった。イライラしながら、先に進む。
「あ〜〜もうっ! 悪魔っていいよね! 歩かなくて良いんだもん!!」
次の瞬間、私の体は接見の間にいた。
「へ?」
「ンマ〜!」
「まさか、バアル!? バアルなの!?」
「ンマ! マァ!!」
「すごい! すごいよぉぉぉ! バアル!!」
興奮しきった私の下から、くぐもった声が聞こえる。
「……どいていただけませんか、マリア様……」
潰れたアザゼルの上に私は立っていた。ザマァ見ろと思いつつ、ゆっくりとどいた。
「あら、ごめんなさい(いいぞ、バアル天才!)」
周りを見渡すと、接見の間は、魔王を見送ろうとする悪魔で溢れていた。
包帯だらけの男が、魔王に何度も取りすがっている。
「陛下、オレも参ります」
「何を言う。今のお前に何ができると言うんだ」
「この命を賭して、魔族の軍を率いているのです! サタナキアも戦場で……」
「クドいぞ、アガリアレプト! 私の命に背くのか」
「そんな……!」
アガリアレプトと呼ばれた男は、傷だらけの体でなんとか立っていると言う状態だった。
「今は体を癒せ。そして、万全になって戻ってこい」
「陛下!!」
まだ何か言いたげなアガリアレプトを強引に脇によけ、魔王は私に向かって歩いてきた。
「皆の者、よく聞け。これは私の妃、次期魔王の母。私が戻るまでは、ここはこのマリアが治める」
接見の間が一瞬、揺れたようにどよめく。
ざわざわと悪魔どうしが耳打ちをするざわめきで、あたりが騒然となる。
さっきの言葉の意味を、まだ理解できていない私は、あたりの悪魔の顔を見た。驚愕の顔、憎悪を隠さない顔、嘲笑する顔、動揺する顔……様々な顔が並んでいる。
混乱する私を、魔王は引き寄せた。
「いいな、マリナ。生きろ」
私にしか聞こえない声で、私の本当の名を呼ぶ。
震える手で、魔王の胸に手を伸ばす。その胸に届くか届かないかの刹那、魔王は右手を大きく横に振り、観衆を黙らせた。
「では、私は戦に戻る。ーーーーこの国を頼んだぞ」
その胸に触れることもなく、魔王は黒い煙を残し、消えた。




