↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/76

乳母の登場

 唇の感触を何度も何度も反芻してしまう。

 哀しい顔に薄く浮かんだ微笑みも。


「そうか、美しい名だ」


 その声が耳許で聞こえた気がして、後ずさる。もちろん、周りには誰もいない。

 どうして悪魔相手にこんな感情になるのか、一方的なやり方で、魂まで奪われそうになっているというのに……。


 混乱していた。


 魔王・ルシファーの顔と、昨日見せたバアルの父親の顔が、どうしても重ならない。


「待っていてくれ。必ず戻る」


 魔王の言葉がずっと心に残っている。


 ここで待って、彼のいう世界が変わる瞬間を見るべきなのかもしれない。


 生贄の、私が?


 悪魔なんだから、口先で甘いセリフを吐いて、私を都合よく支配しようとしているのかもしれなかった。


 それでも、どこかバカな私は信じたいと思っている。


 悪魔なんかを、信じたいだなんて、馬鹿げていることはわかっていても、そう感じる気持ちを抑えられない。


 初めてのキスのせいなのか、それとも……。


 ベッドの上のバアルの隣にバタンと倒れこむ。

 私の髪でバアルが遊び出す。

 されるままに任せて、私はとりとめのない考えに頭の中を乗っ取られている。


 マルバスに触れられた、あの時とは違う。

 アザゼルに意地悪された、あの時とも。


 もう、答えはそこにあるのかもしれないけれど、それを認めることはできない。

 それを認めてしまえば、バアルはどうなってしまうのだろう。


「マリア様!」


 ナアマが部屋に飛び込んでくる。もうこうなれば立場もへったくれもない。


「騒がしいなぁ、何」

「マンバという女が、娘のブリトニを連れて、マリア様に面会を!」

「あぁ、マンバね。通してちょうだい」

「あの人間、バアル様の乳母がわりだというんですよ! 人間ごときがおこがましい!」

「ちょっと、私も人間なんだからね。言葉に気をつけて。でも、乳母って……」


 言い終わるか終わらないかのうちに、部屋にずかずかとマンバが入ってくる。


「やっぱいいとこ住んでんじゃん。ウチも魔王の嫁に転生したかった〜」

「ここにどうやってきたの!?」

「私が魔王様の命により、お迎えに上がりました。魔王様は、この女に乳母としてここで暮らすようにと仰せです」


 扉のそばに立っていたバティムが面倒そうに言い捨てて、すぐに姿を消した。きっとエリゴールに言えと言われた言葉をそのまま暗記したのだろう。


「バティム! ちょっと!」


 私の声だけが響く。マンバはそんな私を尻目に部屋を見回して、物色を始めた。何か持って帰るんじゃないかと、気が気じゃない。

 ブリトニが私のドレスの裾を掴んで、何度か引く。


「アタシたち、マリア様のお手伝いにきたの」

「そうなの? ありがとう、ブリトニ」

「アタシ、バアル様のお世話、する!」


 バアルがブリトニに何かしないか不安でついていく。


「バアル様、アタシ、ブリトニだよ。よろしくね」

「きゃっきゃっ」


 ご機嫌なバアルはブリトニと仲良く遊んでいる。ブリトニのこげ茶の縮れた髪に指を刺して遊んでいる。


「ダメよ、バアル」

「いいの、マリア様。痛くないから」

「本当? 痛かったら、ちゃんと注意してね」

「うん」

「どーウチの子。めっちゃいい子っしょ」


 マンバが腕を組んで、私にドヤ顔で話しかける。おもわず笑って、頷く。


「ホント、良い子。助かるわ」

「でしょ〜? 村の子供達のお世話めっちゃしてるもん」


 ドカっと椅子に座って、マンバは私を見た。私もマンバを見る。


「で、あんた、ウチの村に何くれるわけ?」

「何が必要なの?」

「全部だよ。あの村には何にもない」

「……でしょうね」

「ウチらは魔王に呼ばれた。みんな、ウチらが人質だと思ってる。あんたのこと信用してる人間も、してない人間も……村には半々ってとこ」

「う〜ん、そうなんだね」


 四面楚歌すぎて、ちょっと笑える。せめて、村人には受け入れられておきたかったけど。


「ウチは、信じてる。アンタ、良い人そうだしね」

「ありがと」

「あと、あの子も良い子っぽいじゃん」


 一応、バアルは次期魔王なんだけどな……と一瞬思ったけれど、そんなことマンバには関係ない。

 それが嬉しい。気遣いのない相手がいると、ほっとするものだ。マンバは裏表もなさそうだし、同じ世界から転生してきたし、なんとなく心が許せる。

 魔王がそれを考えて、マンバをここに連れてきてくれたなら、やっぱり……魔王は……。


 ぼんやりと今までのことを考えていると、不機嫌を隠さないナアマが、扉の前から声をかけてくる。


「マリア様、魔王様がお発ちになるそうです」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。