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仕事バカと旦那バカ  作者: 雪見桜
後日談
14/15

旦那バカと未来・前


くどいようだけど、私の旦那様は仕事命の仕事バカだ。

無茶苦茶な要求を突き付けられようと、ブラック企業並の労働時間であろうと、こと演技となれば目を輝かせて嬉々としながら取り組んでしまう。


けれど、世の中彼のように仕事に生きがいを持って生きている人ばかりではない。

プライベートのために苦痛な仕事を耐え忍んでいる人だっている。

むしろ仕事が辛いと感じる人の方が多いと思う。


仕事。

たとえそれがどんな中身だったとしても、お金を稼ぐというのは楽なことじゃない。

中途半端な気持ちでいたら自分だけじゃなく周りにだって迷惑をかけてしまう。

だから、私は密かに悩んでいるのです。



「就職、ねえ。ま、あんたはすでに就職先見つけてるようなもんだから焦る必要ない気がするけどね」


「うん、でも必要だと思うんだよ。ちゃんと社会の荒波にもまれることって」



そう、気付けばもうすぐ大学4年生。

周りは自然と就活に向けてピリピリと緊張した空気を出すようになっていた。

自分の力で生きていくための大きな壁。


一応主婦という肩書を持つ私は、確かに美月ちゃんの言うとおりそこまで焦る必要性はない。

けれど今の私にはきっと社会で生きるための厳しさが必要だ。

精神面も含め自立できるようになる機会はきっと今なんだと思ったから。


今の私は奏太さんのお仕事によって扶養され、大学で学びたいことを学んで暮らしているだけだ。

確かに家事は請け負っているけど、奏太さんはそもそもそういうことで煩く言うことが全くないからだいぶ楽している。常に与えられる側なのは自覚があった。


でも、いつまでもそうではいけないんだと思う。

今はそれで良いかもしれないけど、いつかきっと壁にぶつかる。

例えば奏太さんが何らかの理由でお仕事出来なくなったら、今の私じゃどう頑張っても支えきれない。

例えば奏太さんとの間に子供が生まれたなら、その子がちゃんと自立できるように導くことなど全く持って自信がない。


なんでもかんでも出来るようにとは思わないけど、今みたいに軸すらないのはまずい。

奏太さんに全て頼りきりなんじゃなくて、もう少し奏太さんに近い視点でものを見て支えになれるようになりたい。

そのためにはきっと社会の厳しさを知って体験する必要があると思うのだ。



「そういう考えができるあんたは立派だと思うよ。けど風見ソウは何て言ってるの、良いって言ってるわけ?」


「うっ、そこなんだよね。まだ言えてなくて」


「はあ?さっさと言わなきゃだめだよ、それは。あんた1人の問題じゃないんだから」


「…そう、だよね。その、私自身働きたいって気持ちだけが先行してて何やりたいかも決まってなくて、こんなフワフワな状態で言いにくくてね」


「…まあ、相手があの仕事人間だとね。気持ちはわかる。でもそろそろ言わないと」



そう、それが今の私の悩み。

皆が当たり前のように就職へと向かう中、私の気持ちも働くということに関心が向く様になった。

他の人とは違う理由ではあったけど、それでもやっぱり一度はちゃんと社会人というものを経験してみたいという思いが日増しに強くなっていく。


家事業だってあるのに。

旦那様があんなに多忙で私はサポートに徹するべきなのに。

奏太さんのようにはっきりと自分のなりたい姿を思い浮かべられているわけじゃないのに。


中途半端で甘い考えだと自分でも思っているから私はどこかで躊躇ってしまう。

あんなに仕事に情熱を注ぐ奏太さんには尚更言いだしにくかった。






「サヤ、どうしたの?何か悩みごと?」


「え、あれ奏太さん?お帰りなさい、いつの前に」


「いつだろ?それよりどうしたの、ボーっとして」


「え、あ、んー…って、ご飯温めないと!」



人間気分が落ち込んだ時には何をやっても上手くいかないものだ。

奏太さんが帰って来た時は温かくて美味しいご飯をいつでも出せるようにしておきたいと思ってたのに、

教えてもらった帰宅予定時間よりだいぶすぎている。


どうやら美月ちゃんの家から帰ってきてからずいぶん長い間悩んでしまっていたらしい。



「そんなに落ち込まなくても良いのに。美味しいよ?」


「でもすごく待たせちゃいましたよ」


「たまには良いじゃん」


「奏太さん……に慰められると、余計に自分の駄目さが浮き立ちます」


「うん、どういう意味なのかすごく問いただしたい気分ではあるけど、とりあえずまだ憎まれ口叩ける程度には元気ってことかな」



奏太さんは優しい。

違う環境で育った私達が一緒に暮らす以上、絶対に違う部分というのは出てくる。

それなのに、全て私の好きにさせてくれるし文句の一つも言わない。

仕事に対してはオタク以上に熱を上げ妥協もせず黙々と没頭する奏太さんではあるけれど、基本的な性格は細かいことを気にしない器の大きな人なんだ。



「それよりサヤ。敬語、戻ってるよ?とって」


「え?あ、ああ…ごめんなさ、ごめん。慣れないです」


「ふふ、やっぱり戻ってる。可愛いなあ」


「か、かわ、可愛くないですよ。私なんて」


「…やっぱり。サヤ、何を悩んでいるのか今すぐ話しなさい」


「悩みなんて」


「ある。普段のサヤならちょっと口説いただけで顔赤らめて簡単に落とせるのに、動揺すらしないなんておかしい」


「…なんだろうこの嬉しくない感じ」



そして奏太さんはやっぱり人の気持ちに聡い人だった。

それは最近知るようになった奏太さんの一面だ。


それでもやっぱり奏太さんには言いにくい。

そんな私に痺れを切らしたのか、奏太さんは私の傍にずんずんと近づいてきた。

目の前までやってきて、椅子に座る私と目線を合わせるよう膝をついて私の手を握る。




「サヤ」


「本当になんでもなくて」


「サヤ?」


「ほ、ほんとのほんとで」


「サーヤ?」


「う、わ、分かりました。分かりましたから、その眼差しは止めて下さい!」



本当はちゃんと自分の心がしっかり決まってから奏太さんに言うつもりだった。

社会人になって働きたいと。

自分の言葉にして伝えられるようになってから言いたかった。


それでもいつまでも隠しておくわけにもいかない。

私達の生活にも大きく関わることだし。


それに、奏太さんの無言の圧力にもどうやら勝てないらしい。

笑顔のまま「さっさと吐け」と言わんばかりに私の目を射抜く鋭い視線はかなり怖い。

こんな近くで手を握りしめられたら心も落ちつかない。

たぶん奏太さんはそれを分かっていてわざとやっているんだと思うけど。


そうして洗いざらい話す私。

一度ちゃんと働いてみようと考えていること。

けれど、いまだにどこでも何をも決められていないこと。

そしてそんな私に対して、奏太さんはすぐに返答をくれた。



「俺の本心はね、俺のことだけ考えてフワフワ笑っていて欲しいかな」


「え?」


「家に帰ったらいつだってサヤがいて笑ってて欲しい。サヤが働きだしたら一緒にいられる時間も削られるし」



きっぱりとしたその言葉は反対の意で。

私のことを想ってくれていると分かる言葉達に嬉しくてドキドキして鼓動が高鳴るけど、それでもやっぱりどこかさびしい思いは残る。

そんな私を見て奏太さんは頬笑み強く私の手を握った。



「でも、反対はしないよ俺は」


「…え?」


「サヤだったらそう言うかなって思ってた。仕事をすれば確かに嫌なことも理不尽なことも山ほどあるけどやりがいや楽しみも多くある。そんな機会をサヤから奪うつもりはないよ」


「奏太さん」


「やってみなよ、サヤ。きっかけがどんなものでも、始まりが甘いものでも良いじゃない。大事なのはそこから何を得てどう前に進むかだよ」



いつもに比べてずいぶんとしっかりした口調で奏太さんは言う。

いつだって仕事のことしか頭になくて生活能力は皆無に等しい奏太さん。

けれどこういった考え方をして私の背中を押してくれる奏太さんを見ると、彼が6歳上の社会人なのだと実感する。


自分で思う以上に奏太さんは、大人で広い視野を持った人なんだと私は認識を改めた。

そしてそれ以上に、奏太さんの言動にはいつだって軸があるのだということにやっと気付く。


きっと普通とは全然違うけれど、社会人というのはこういうことなんだろう。

唐突に思ったのはそんなこと。


私でもなれるのだろうか、そんな軸のある人間に。

…なりたい。そう強く思う。

やっぱり私にはまだまだ色んな経験が必要なんだろう。

働くということが自分に少しでも成長を与えてくれるのなら、やっぱり私は前に進んでみたい。

そうすれば、もう少しこの奏太さんにつり合えるような気もするのだ。


やっと自分の中で答えが出た気がする。

だから私はいまだ目の前で手を握り締めてくれる奏太さんの目をしっかり見る。



「奏太さん。私、やっぱり働きたいです。奏太さんみたいになりたい」


「うん。けど、俺みたいになったら夫婦崩壊の危機かも」


「…真似するんじゃないですから。それにそっち方面にはなりたくないです」


「えー…」



そうして私はまた一歩未来に向かって歩きだす。

願わくば、これからも私の世界の中心には奏太さんがいて欲しい。

そしてその奏太さんが私を好きだと思い続けてくれるよう、私も精一杯努力しよう。



「でもサヤが働き始めたらすれ違い多くなりそうだね。それだけ不満かな」


「うっ」


「だからさ、今の内にいっぱいくっついとかないとね」


「…だ、台本は」


「残念でした、もう今日の分は終了です」


「い、いつのまにってひゃあ!?」


「サヤってば耳はいまだに敏感だね。さ、もう話は終わったんだからこっち集中して、構って?」


「え、えええ」



将来を考えて気合を入れる私に、近づく奏太さん。

…未来も大事だけど、今も大事だよね。


意志の弱い私は心でそんな言い訳をしながら、すっかり慣れてやみつきになってしまった奏太さんの腕の中でほっと息をついた。









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