旦那バカと未来・後
分かっていた事とはいえ、目標の曖昧だった私の就活は案の定苦戦した。
既婚者と口に出した途端険しい顔になった企業もあって、いくつも出した履歴書はほとんどがゴミになった。
それでも粘り続けて何とか見つけたのは小さな工場の受付事務。
「正直言って、満足に研修を受けさせてあげることはできない。全部その場で覚えてもらうことになるし、大変だと思うよ。給料も安いし。それでも良い?」
工場長はそんなことを言っていた。
40社近く出した履歴書がすでに全てゴミとなってしまっていた私は、それでもと頷く。
「そうか、分かった。うちとしても若い子が入ってくれるのは良い刺激になる。大変だけど頑張ってね」
「は、はい!」
そんな経緯で私の就活が終わった。
同期達の中でも下から数えて2、3人くらいの本当にギリギリな時期だった。
正式に採用という連絡を受けた私は思わず膝から崩れて泣いてしまうほどで。
「良く頑張りました」
奏太さんに報告すれば、ぽんぽんと頭を撫でてほほ笑んでくれた。
「え、こ、婚約!?」
「…沙耶香に散々あーだこーだ言ってたくせして何故か私が専業主婦になることになりました」
「せ、専業主婦…」
「ま、専業主婦といってもお母さんの手伝いすることになると思うけど。実はもう半年前に決まったことなんだけど、お祖母ちゃんの体調が悪くてお母さんが正式に跡継ぐことになったんだよ」
「美月ちゃんのお祖母ちゃんの跡継ぎって」
「うん、洋服の修理屋さん。今じゃやってるとこすっかり減っちゃったからなんだかんだで未だに需要あるらしくてね」
「そっか、美月ちゃんも昔から裁縫得意だもんね」
「…私もちょっと悩んでて。お祖母ちゃんの世話と仕事でお母さんが大変そうだから実家の手伝いしたいと思ってたんだけど就職して経済面で自立しなきゃとも思ってて。そしたら洋文が“それなら俺と結婚すれば経済面は多少安定するし、家族大事にしたいって気持ちが強いならそっちを優先して良いんじゃない?”って」
「男前だなあ、真山さん」
「……うん」
大学卒業が迫って、私達の環境もそんな感じでガラリと変わる。
まさか大学に入学した時には自分が芸能人と結婚するだなんて思わなかった。
美月ちゃんもまさか就職先が永久就職だと思っていなかったみたいだし。
人生何があるのか分からない。
けど、こんな感じで未来って繋がっていくんだなあと不思議な気分になる。
たとえば自分の10年後なんかはどうなっているんだろう。
そう想像した時、奏太さんが隣にいて、そしてその間に小さな命が繋がっていたら幸せだななんてことを思う私。なんだかそれだけで幸せだった。
「へえ、真山結婚するんだ」
「って何で奏太さんが知らないんですか?いつも一緒なのに」
「んー、仕事仲間のプライベートとかあんまり興味ない」
「…あんなにお世話になってるのに」
「俺が興味あるのは芝居とサヤだもん。だから他の男の話より構って?」
「う、その顔には負けないです」
「えー…、そんなんじゃないのに。ただ俺はサヤの傍にいたいだけなのに」
「う、ちょ、ちょっとだけ、ですよ?」
「サヤ、敬語」
「難易度高いよ、奏太さんは…!」
「ふふ、可愛い。俺でいっぱいいっぱいなサヤって良いね」
「腹黒…っ」
そんな感じで少しずつ私達の関係も前進していく。
奏太さんとの会話の中に私のタメ口が混ざるようになってきて、奏太さんもそれを嬉しそうに受け取ってくれる。
唐突なところから始まった夫婦関係は、少しずつちゃんと家族になってきている気がした。
何となく、ではあるけれど。
ご飯を食べて、奏太さんが台本と睨めっこして、演技研究のDVDなんかを良く分からないなりに一緒に見て。そんな相変わらず奏太さんと芝居中心に回る日常。
「大丈夫かな、仕事で常識はずれなことしちゃわないかな」
「大丈夫じゃない?なんとかなっちゃうものだと思うけど」
「…奏太さんが言うと妙に説得力が」
「うん、何とかなっちゃってるからねー」
けれど、その中には少しずつ未来の話が混ざっていく。
無意識の内に入る言葉がほんの少し嬉しい。
「うーん、俺もいい加減恋愛もの以外もやりたいんだよね。ヒール役とか癖のある嫌われ役とか、気難しい上司役とかさ。かっこいい役より人間味のある役やりたいのに…はあ、イケメン実力派って肩書どうにかならないかな。イケメンって何だろうね、演技に必要なのそれ」
「女性人気すごいですからね、奏太さんは」
「んー…、応援してくれるのは嬉しいけど、俺はもう少し幅広い役者になりたい」
「とか言ってどんな仕事でも喜んで受けるくせに」
「そんなの当たり前。俺を評価してキャスティングしてくれる以上は全力だよ、仕事なんだから」
奏太さんがそんな仕事の愚痴を言ってくれることも少しずつ増えていた。
どんな仕事バカでも不満はやっぱりあるのかと意外に思う私。
けれどそうやって新しい奏太さんの一面を知っていくのは新鮮で楽しい。
「奏太さん、私ね、子供は2人欲しいな」
「えー…俺は3人」
「ええ?奏太さん意外と子供好きなんですね」
「好きってわけじゃないけど、賑やかなのは好きだから」
「パパ構ってー!って騒いで台本読むどころじゃなくなりますよ?」
「うーん…それはちょっと悩むな」
「……真剣に考えこまないで下さい。私が阻止しますから」
奏太さんが仕事から帰ってきている時は、いつしかそんな将来の家族の話をするのが当たり前になっていった。それは私が大学を卒業してからもずっと。
やがて、私はそんな奏太さんとの楽しい将来の話も頭から抜けるほど忙しい社会人生活を送るようになって、奏太さんも俳優としての確固たる地位を確立していって、お互い顔を合わせることすら中々ないような日々を送ることになる。
けれど、奏太さんの言ったとおり案外なんとかなっちゃうものだと実感したのは就職してから5年くらい経った頃。
理不尽な期限の書類や、何度言っても提出期限を守ってくれない職員さん達、上層部からの分かってないくせに飛んでくる無茶苦茶な要求。
日々そんなストレスもあるけれどそれでも働くということがどういうことなのか、思った以上に楽しい面もあるのだと私は知った。
奏太さんのように情熱を強く持ち続けることはやっぱりなかったけれど、それでも少しは奏太さんに近づけたんだと思えるようになった自分。
仕事帰り不意にスマホを開けば、『料理作った』というメッセージとスーパーのお総菜をお皿に盛り合わせただけの画像が目に入る。
思わず小さく吹き出して、私は足早に家に帰った。
「お帰り、サヤ」
「ただいま、奏太さん。ご飯ありがとう」
「どういたしまして。自信作だよ」
「ふふ、傑作でした」
「あ、ちょっとサヤ馬鹿にしてるでしょ。言っておくけどお米はちゃんと自分で炊いたよ」
「え、ええ!?」
「すごいでしょ」
「…驚いた。奏太さん頑張ったね」
「うん、俺ももうすぐお父さんだからね」
「あはは、まだ何カ月も先だよ?」
初めは恋愛感情なんて皆無なところから始まった私達。
ちぐはぐすぎた関係から、私達はこうやってちゃんと家族になった。
案外人生というのは何とかなっちゃうものなんだと思う。
仕事バカと旦那バカ。
そんなちょっと不思議な私達は、もうすぐ親になります。
一度ここで完結とさせていただきます。
最後までお読み下さった方々、ありがとうございました!




