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仕事バカと旦那バカ  作者: 雪見桜
後日談
13/15

旦那様の誕生日・後


そうして迎えた奏太さんの誕生日。



「あ、あの…奏太さんどこに行くんですか?」


「ん?うん、もうすぐもうすぐ」



助手席に導かれて、シートベルトを締めればゆっくり発車した小型な車。

しばらく走った後で目に映った景色に、私はハッと息をのむ。



「そそそ、奏太さん…!?」


「うん?」


「いや、うん?じゃなくて、ここ!」


「ふふ、良い感じの旅館でしょ?穴場なんだよ」




そう、たどり着いた先は目が飛び出るほど立派ではないけど、古風で品の良さそうな日本旅館。

…私も一応21歳だ。どんなに疎いと言われたって、恋人同士でこういう場所に来ると言うことがどういうことなのかくらい分かる。


そもそも私達は夫婦なんだから、そういうことがあったって全然おかしくないわけで。

おかしくないわけなのだけれど…!



「こっちだよ、サヤ」


私の動揺をよそに、いつも通りの奏太さん。

また手を優しく引いて、ぐいぐいと入口に向かう。

ちらりと横から彼の表情をのぞき見れば、頭から音符が出てきそうなくらい楽しそうなのが分かった。




「そ、奏太さん。あ、あの、ですね」


「サヤを誘ってからね、俺急いでここ予約したんだよ。ここの女将と昔から知り合いでね。ずっと楽しみで仕方なかったんだ」




…そ、そんなに楽しいことなのだろうか?

正直まだ私には心の準備が。

ぐるぐるとさらに頭を回転させる私。

そのうち私の中の想像がキャパを超えて、頭がショートする。



「あれ、サヤ顔赤い。どうしたの?」


「…ほっといてください」



指摘されたことすら恥ずかしくて、私はただ俯いてギュッと手を握っていた。

私の思考回路が完全に状況についていけなくなっている間も、足は進む。

受付でなにやら話してるらしい奏太さんの声も正直あまり届いてなくて。


ただ手を引かれるまま歩いた先。

たどり着いたのは、予想とちょっと違う場所だった。

目の前に広がるのは、どこかの山が描かれたシンプルな襖。


「へ?」


思わず声を出してしまう私。

てっきり人が泊まる客室だと思っていた私は、さらによく分からなくて目をぱちくりとしてしまう。



「サヤ?どうしたの、行くよ?」



不思議そうな顔をして奏太さんがその襖を開ける。



「おお、沙耶香。久しぶりだな」


「あらまあ、沙耶香ったら何をそんなに呆然としているの」


「え…ええ!?お父さん?お母さん!?」


耳に響いた懐かしい声に、私は文字通り固まった。




「ご無沙汰しています、お義父さん、お義母さん」


「奏太さん、お久しぶりね。今日はご招待ありがとう」



驚きすぎて何も言えない私の目の前で、にこやかに両親と奏太さんが世間話をしている。


な、何事?

なぜ奏太さんのお誕生日に両親?

謎は深まるばかりで。


「奏太くんが食事会をしたいと言ってくれたんだ。せっかくの誕生日なんだから2人でゆっくりすれば良いと言ったんだがな」


そう言いながらもお父さんは嬉しそうだ。

驚いたままの顔で奏太さんを見上げれば、奏太さんはプッと吹き出したように笑っていた。


…勘違いしていた自分が恥ずかしい。

せっかく奏太さんが貴重なおやすみを使って家族サービスしてくれてるのに、私の頭ったら一体何を…!

いろんな意味で顔がガーッと熱くなる私。



「ほらほら、そんな所で立ってないでご飯食べるぞ」


お父さんが空気を読んでそう言ってくれる。

ハッとして、私は奏太さんを見上げた。



「これが奏太さんの欲しいもの?」


「んー、ちょっと違うけど。でも一部、かな?」



何の邪気もなくそういってのける奏太さん。

その言葉にすごく心が温かくなった。

大切にしてくれているっていうのがすごく分かって。



「…なんか、私がプレゼントもらってるみたい」


「うん?」


「奏太さん、ありがとうございます」


「…うん。その顔が見たかったんだ」



優しく私を見守ってくれる奏太さんがたまらなく愛しくて。

ああ、もう本当に大好きだと思った。



「こういう機会いままでなかったでしょ?やってみたかったんだよね、夫婦らしいこと。家族ぐるみのお付き合いってやつ?」



そう説明してくれた奏太さんの目に嘘はなく。

聞けば、ずっと前から気にしてくれていたらしい。

利害関係だけで始まった私達の関係だけど、今はちゃんと情で繋がった家族なのだからって。


久しぶりにお父さんお母さんと一緒に食べたご飯はすごく美味しかった。

何年か前までは当たり前だった風景だけど、今では本当に尊いモノに思えてくる。

奏太さんの気持ちや、嬉しそうな両親の顔に私もたまらなく楽しくて。


何時間か話に花を咲かせた後、今日はこの旅館に泊まるという両親と別れて私達は車に戻った。

その途端、ふふっと笑う奏太さん。



「どうしたんですか?」


「いや、豆鉄砲喰らったような顔したサヤ見たの久々だなって」


「い、いやっ、あれは…」


「そんなに驚くようなことだった?」



私を覗きこむ顔が怪しげにゆれる。

あ、悪魔のしっぽ。

のんきにそう考える私に、彼はにやりと意地悪い笑みを浮かべた。



「食べられちゃうと思った?」



いきなりの直球な質問。

「え!?」と大げさに反応した私に奏太さんは笑みを深める。



「サヤのえっち」



…ちょっと奏太さんを無邪気な天使に見ていたさっきまでの自分を殴りたくなった。

この人分かっててわざと気付かないふりしてたな!

そう気付いて、私はまたまた顔を真っ赤にして俯いてしまったのだった。

車はゆるゆると安全運転で走り続ける。

「ドライブでもしよっか」と笑った奏太さんに全て任せきりな私は、今どこを走っているのかすら分からなくて。

ぽつりぽつりと仕事の話とか、美月ちゃん達の話とかをするだけののんびりした時間。


考えれば、こんな機会って今までなかった。

予定もなく気ままに過ごす時間。

どこにでもあるような日常なのに何だか新鮮で、とにかく不思議な気分。

でも今までこんなにゆっくり予定もなく2人きりで過ごしたことなんてなかった。

それが何だかとてつもなく嬉しくて、思わずふふっと笑みがこぼれる。


「どうしたの、急に笑っちゃって」



そんな私を見つめて不思議そうに笑う奏太さんも楽しそうだ。

それが尚更私の機嫌を良くさせる。



「なんでもないですよ、楽しいなって」


「うん、楽しいね」



笑いあって、気持ちの良い沈黙が流れた。

けれどそれから5分くらい経った頃。



「…そろそろ帰ろうか、明日も仕事早いしね」


「あ、やっぱり仕事気になってる」


「そりゃあ、もう」


「ふふ、はい。帰りましょう」



いつもはちょっと悩みの種になってしまうお仕事の話だって、楽しくて。

相変わらずの奏太さんらしい切り口に笑みは深くなった。


家に帰って、そそくさと台本に手を伸ばす奏太さん。

やっぱり相当気にしてたらしく、そんな奏太さんがやっぱり微笑ましい。

すぐに集中し始めた仕事バカな奏太さん。

そんな彼の傍でジッと私も本を読む。

いつもは近くに人がいると気が散るといって部屋に閉じこもる奏太さんが、今日はリビングで台本読みをしていた。


私がいても、奏太さんは何も言わない。

それが嬉しくて、静かな時間を堪能する私。

…本当に今日は私がプレゼントをもらっているみたい。

そう思うと長い時間も全然苦にならなくて。


「よし、完了」


何時間か経って奏太さんがそう言うまで、会話のない時間を過ごした。

そして、奏太さんの手が少し空いた時を見計らって私は声をかける。



「あの、奏太さん」


「うん?」


「その、明日はお弁当…作っていいですか?」



それは私が一生懸命考えたプレゼントだった。

結婚が公になる前までは事実を隠すため、公になった後は私の家事負担を減らすに今まで私が彼のお弁当を作ったことはない。

でも、奏太さんは私の料理を美味しいと言っていつもたくさん食べてくれる。

ただでさえ不規則な生活を送る奏太さんに私が他に出来ることは、きっとそれくらいだと思った。


何日も何時間も考えて出した答えはそれ。

真山さんの言うヒントとはちょっと違うけど。



「…いいの?」


「はい。あの、もし良かったら毎日作りますから」


「ほんとに?でもきつくない?大丈夫?」


「その…プレゼントと言うには粗末ですけど」


「そんなことないよ。うわ、ありがとう」



奏太さんの反応は思った以上に良かった。

本当に嬉しそうにお礼を言う彼にドキドキと心臓が高鳴る。

無邪気に喜ぶ姿なんて滅多に見ないから。

でもそれがなんだか嬉しくて、ギュッと噛みしめるように体を縮める私。

体中真っ赤な私のことなんて、人の感情に聡い彼はとっくに気付いてるんだろう。



「ねえ、サヤ。プレゼント、もういっこもらっていいかな」



不意にそんなことを言う奏太さん。

見上げると至近距離に綺麗な顔。

いきなりの事態にカッチリと身を固まらせれば、彼の顔がさらに近付く。

ギュっと目を閉じれば、唇にあたる柔らかい感触。

いまだ慣れなくて何もできない私はいっぱいいっぱいで。

気付いた時には、私は奏太さんの膝の上にいた。



「え、ええ!?そそそ、奏太、さん…?」


「あれ、まだ顔赤くなるの?可愛い」


「だ、だからそんなことさらっと言わないで下さいよ!」



きつく抱きしめられるのも、至近距離で見つめられるのも、やたら甘い声で囁かれるのも全部全部心臓に悪い。

そんな私を知ってか知らずか、おでこ同士を合わせた彼はにこりと笑った。



「そ、そうたさ…」


「サーヤ、ちゃんと俺の目見て?」


「う、うー…」



困ってる私のことすら楽しんでる感じで囁く奏太さん。

ジリジリとゆっくり目線を上げると、彼は目を細める。



「あのね、俺本当にサヤと一緒にいれれば何でも良いんだけどね。もう少し甘えてくれると嬉しい」


「へ?」


「言ったでしょ?夫婦っぽいことずっとしたかったって。サヤってばまだ俺に敬語だし遠慮がちだし、甘えて欲しかったしとことん甘やかしたかったんだよね」



そうしてその口から零れてきたのは、そんな旦那様の本心。

…もしかして、お父さんやお母さんのこともドライブデートも私を甘やかしたいという思いで計画してくれたんだろうか。いや、きっとそう。

少しずつピースがはまると、もう色んな感情で体中溢れて来て。


甘えるのは照れくさくて全然できない私。

でも、奏太さんは甘えて欲しいと言う。

これも、誕生日プレゼントになるのかな?

でも、それって私がむしろプレゼントもらってるような。

ぐるぐると考えて頭は破裂しそうだ。


もう訳が分からず、言葉にならない私。

でもたまらなくなって、彼の背中に手を回す。

すると頭に奏太さんの大きな手が乗った。

ゆるゆると撫でられる感覚が気持ちいい。



「奏太さん、だ、大好き…だよ?」


目を合わせて言うのは恥ずかしすぎたから、ぼそぼそとこのタイミングで呟いた。

その瞬間ピタリと止まる奏太さんの手。

そっと見上げれば、ほのかに顔を赤らめて固まる奏太さんがいた。



「あの奏太さんが動揺してる…」


「…そりゃ、するよ」


「えへへ、なんかいつも私ばっかりドキドキしてたから嬉しい、です」



奏太さんの思考を停止させられた喜びで、密着状態にも関わらず緊張が抜けた私。

にこりと笑えば、奏太さんが大きくため息をついた。



「……やっぱ勘弁。タチ悪いよ、こんなん襲えって言ってるようなものだろ」


「へ?」


「何でもないよ。意外と小悪魔かもね、サヤって」


「へ、ええ!?な、なんでですか?」



言葉の意味が分からず首を傾げて眉を寄せる私に、彼は苦笑いしていた。



相変わらずマイペースな私達。

人に比べて何倍ものんびり進む恋愛模様だけど、ちょっとずつ実っている気がする。

盛りだくさんな奏太さんの誕生日を過ごしてそんなことを思う私。

相変わらず小さなことに振り回し振り回されて悩む

そんな幸せな日々は今日も続いているのです。


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