旦那様の誕生日・中
「あ、サヤだー。おかえり」
「おかえり、じゃなくて」
あれ、これ何のデジャブ…?
何回と繰り返されてる状況に一人つっこみを入れながら、ソファでぐてんと倒れる奏太さんを睨みつける。
「奏太さん、何回も言ってるじゃないですか。体大事にして下さい」
「んー、してるんだけどな。仕事が絡むとねー、なんでだろ?」
「可愛く言っても駄目です。ベッド行きますよ」
「えー、もうちょっとサヤと話したい」
「だ、駄目です!早く休んで下さい」
今日も絶好調に甘え癖が出る奏太さん。
だから心臓に悪いんだってば…!
内心文句を言いながら、何だかんだ嬉しいバカな私はドキドキうるさい心臓を抑えながら奏太さんを寝室に運んだ。
思っていたより、奏太さんの体は参っていたらしい。
何だかんだと言いながら、ぐったりとベッドに体を横たえて「うぅ」とたまにうめき声をあげていた。
真山さんによると、一応応急処置で体冷やして病院でも診てもらったとのこと。
幸い軽度で大したことはなかったみたいだけど、疲労も重なっていたせいか体力ががっつり削られているらしい。
今日一日安静を言い渡されてここまで送ってもらったと知った時には、もう本当に申し訳ない気持ちでいっぱいで。
いつか真山さんにはうんと恩返ししないと…と心の奥底で決意した瞬間だった。
とりあえず今は、この旦那様の回復が先だね。
そう思って、水を取りに立ちあがる私。
「どこ行くの、サヤ?」
きゅっと袖を掴まれるベタな展開に、思わず胸がときめいてしまった。
「水取ってくるだけですよ」
「大丈夫だから側にい」
「熱射病で倒れた人が何言ってるんですか、良いから寝る」
「…冷たい」
奏太さんの体調を戻すことに全力を入れ始めた私に、ボソリと呟かれたことは知らない。
飲み水と、冷やしたタオルを用意して部屋に戻ると大人しく目を閉じてぐったりしている奏太さん。
やっぱり、相当辛いらしい。
そっと側に腰をおろして、タオルを額に乗せてやる。
すると、弱々しく彼の手が私の腕を掴んだ。
「サヤの手、きもちー」
ふにゃりと笑うその姿。
きっと私の顔が真っ赤になって全身硬直してることなんて知らないんだろう、この人は。
「ねえ、手繋いでここにいて?」
…天然なんて嫌いだ。
照れを誤魔化すように心の中で毒づいた私だった。
カーテンで光の遮られた部屋。
適度にエアコンの入った快適な空間。
いつもよりちょっと熱い奏太さんの手を繋いで、ゆっくり流れる時間を過ごす。
そうやってどれくらいの時間が経ったかは分からないけど、私には一向に飽きが訪れなかった。
すっかり寝いった奏太さんの顔は彫刻みたいに綺麗で、そして温かい。
ああ、愛しいな。可愛いな。
めったにこんな機会ないから、じっと見つめながらそんなことを思う。
そんな中ふと、さっきの真山さんの言葉が頭に浮かんだ。
『ありのまま素直にいれば答えは見つかるんじゃないかな?』
奏太さんの誕生日で悩む私に向けられたヒント。
素直というなら、今が素直な状態だと思う。
でもやっぱり、浮かばない。
「奏太さん、お誕生日欲しいものって何ですか?」
小さく呟く私。
完全に意識が落ちている彼から答えは当然ない。
「どうしたら奏太さんは喜んでくれるんですか?」
次々湧いて出てくる質問。
きゅっと手の力をこめて、返事のない問いを繰り返してみる。
「んー、難しいな。答え出てこないや」
「…知りたい?」
「そりゃ勿論…ってうわあ!?」
独り言タイムは、しっかり返ってきた彼からの声で終了した。
ギクシャクと首を動かして声の方を向けば、ばっちりと視線が絡む。
寝起きの顔では明らかなかった。
「そそそ、奏太、さ!?い、いつから起きて」
「いつだろね。それより誕生日俺が欲しいものそんなに知りたいんだ?」
「ぜ、全部聞いてるんじゃないですか…!」
くすくすと笑いを隠しもせずからかう奏太さん。
独り言や眺めていた時間は、自分で思ったより長かったらしい。
ハッと時計を見れば、奏太さんが寝始めてから2時間近く経っていた。
少し寝てすっきりしたらしく、いつもの調子が戻っているようで。
…はめられた。
そう気付いた時にはもう手遅れだ。
本人にバレるなんてどんだけ間抜けなんだ。
軽く落胆する私をよそに、奏太さんは嬉しそうに声をあげた。
「ねえ、サヤ。誕生日、一日サヤの時間をちょうだい?俺、それが欲しい」
あっさり告げられたのは、ここ最近私が頭を悩ませていたことへの答えで。
なるほど、素直ってそういう…。
妙に納得した自分を、奏太さんが不思議そうに眺めていた。
「あ、でもお仕事良いんですか?忙しいですよね?」
そう問えば、くすくすと笑いながら奏太さんが「大丈夫」と頷く。
「1カ月前から誕生日1日だけオフもぎ取ってるから」
「え、えええ!?」
「あー、絶対そういう反応すると思った」
上機嫌で奏太さんが笑う。
「そ、奏太さん。お仕事良いんですか?」
「もう。サヤったら俺の仕事バカがうつったんじゃない?気にしなくて良いから」
…仕事の話を自ら放棄する彼を見る日がくるなんて思わなかった。
何度か確認するたび、優しく私を諭す奏太さんに私はただただ呆然。
一体どうしたのだろう、と心配するレベルだ。
そんな私を知ってか知らずか奏太さんは私を見つめてにこりと笑う。
「あー、サヤがどんな格好してくるのか楽しみだな。デートなんて久しぶり」
「えっ、いや、その…」
「まあ、サヤはいつでも可愛いけどね。なに着てもとびきり」
「そ、そういうことわざわざ言わないで下さいよー!」
結局流されて仕事のことが頭から追いやられてしまう私。
奏太さんという人物は、人を操るのが非常に上手いと思う。
そういえば奏太さんのお母さんが、西郷家の人間は人たらしが多いと言っていた。
会社経営にしろ、それ以外にしろ、とにかく人を引っ張り上げるカリスマ性があるのだとか。
今さら、その言葉に妙に納得してしまう私だった。