旦那様の誕生日・前
奏太さんと想いを通わせて約半年。
だからといって何が変わるわけでもなく、奏太さんは相変わらず仕事命な生活。
私も相変わらず大学生をしながら家事をしたり、美月ちゃんの家でのんびりしたり、そんな生活を送っている。
そして私達はやっぱり2,3日に一回会うくらいですれ違いの毎日だ。
けれど、去年よりも少しだけ変ったことがある。
それは、本当にたまーに恋人らしい時間ができたということ。
「サヤってばまだ緊張して。慣れないねえ」
からかうように奏太さんは笑う。
最近になってよく見るようになった奏太さんの気の抜けた柔らかい笑顔。
もう本当にこの人は私の心臓に爆弾をしかけるのが上手すぎると思う。
顔が熱いのはもはやいつものこと。
隠しても無駄なのは分かるけど、隠そうとしてしまうのはもう条件反射だ。
一緒に座るソファ。足をあげて体育座りをする私。
膝に顔をうめようとすれば、右手に絡まった大きな手が力を増した。
「こーら、顔隠さない。手繋いでるだけでしょ?」
くすくすと笑いながら、そう告げる奏太さん。
…そうなのだ。
私達はただ手を繋いでるだけ。
奏太さんには本当申し訳ないけど、私の経験が少なすぎるせいでこの恋も大した進展なく進んでいるのです。気が長いのか奏太さんは怒ることもなく合わせてくれている。
奏太さんが主導で引っ張っているこの恋愛。
でも、私の意志もいつも尊重してくれる。
それは勿体ないと感じるほど幸せな時間。
だからこそ、今とてもとても悩んでいるのです。
「誕生日、ねえ」
翌日、いつものごとく美月ちゃんに相談する私。
美月ちゃんは呆れもせず…いや、内心呆れてるかもしれないけど、話を聞く体制を整えてくれている。
頷いて私は話を続けた。
「そうなの、奏太さん誕生日もうすぐなの。どうしよう…プレゼント全然思いつかない」
そう、これが私の今の悩み。
両想いになって初めての誕生日。
いくら私が恋愛事に疎いと言ったって、さすがに意識する。
それに良い機会だと感じていた。
こんなノロノロな私のペースに合わせてくれてありがとうって。
お仕事頑張ってくれてありがとうって。
普段照れと呆れで中々言葉に出来ない私が、そういう小さな感謝の気持ちを伝えられる良い機会。
伝えるからには、どうせなら喜んで欲しい。
いつもくれる幸せな時間を、私も少しだけおすそ分けできたらって。
「…あんたって本当に風見ソウ大好きよね」
ごちそうさま、と美月ちゃんが心底嫌そうな顔をして呟く。
どうやらのろけられてると思ったらしい。
断じて違うのに。本気で悩んでるのに。
「で、何をそんなに悩むのよ。風見ソウが好きそうなものなんて極端でしょ、趣味偏ってるし」
でも結局ちゃんと最後まで聞いてくれる美月ちゃんが大好きだ。
話を切り出してくれたことに感謝して私は首を振った。
「お芝居関係のものは奏太さん既に片っ端から買っちゃってるし。そもそも奏太さんが稼いだお金でプレゼント買うのも何か、ね…」
「バイトは?」
「禁止されてるの。家事も学校もあるのにそれ以上やること増やしたら全部手につかないだろうからって」
「…ただ単に家に縛りたいだけだろ」
「うん?」
「なんでもない」
そんな会話を続けながらフル回転で働かせる頭。
料理…はいつも作ってるし、ケーキ…は奏太さんあんまり甘いもの食べないし。
手編みは重すぎる。そもそも何か自作で作れるほど、私は器用でもない。
何かを買うにしても、それはもとはと言えば奏太さんがお仕事を頑張ってるから入ってるお金な訳で。
そのお金を使って買っただけのプレゼントを贈るのも気が引ける。
まさに八方塞がりなのだ。
まさか誕生日がこんなに難しいものだと思っていなかった。
人を喜ばせるのって大変だ。どうするべきかひたすら悩む私。
後ろに大きな影ができていたことに気付いていなかった。
「なるほどねー、ソウの誕生日か」
「うわっ、って、ま、真山さん!?」
「大学生に混ざっても違和感ないってどれだけ童顔なのよ、洋文」
「美月、お前な…」
そこにいたのは、旦那様の仕事仲間。
最近髪の色が真っ黒になった真山さんだ。
いつものごとく美月ちゃんと軽い言い争いをして、優しく微笑んでいた。
…私からしてみたら、よっぽどこの2人の方が惚気ていると思う。
言葉じゃなく、雰囲気が。和むから全然良いんだけど。
じっと2人を見つめていると、真山さんがくるりと私の方を振り返った。
「沙耶香ちゃん、ソウが欲しいもの俺知ってるよ」
「え、本当ですか!?」
真山さんの言葉に思わず声を大にして返事してしまう私。
真山さんは苦笑しながら、言葉を続ける。
「でも俺が教えちゃっても意味ないから、頑張って見つけてね」
「ええ、そんな」
「ごめん、教えたいのは山々だけど勘弁して下さい。俺の入れ知恵って知ったらあいつ拗ねて面倒だから」
じゃあ言うなよ、と美月ちゃんが突っ込むのに頷きかけてハタと気付いた。
「あれ、そういえば真山さんどうしてここに?」
そうなのだ、今は平日のお昼下がり。
午前中で講義が終わって暇を持て余してしまうような私とは違って、仕事中のはず。
真山さんは「あー…」と気まずそうに唸ってから私を見つめ返す。
「ソウがさ」
「…今度は何したんです」
「芝居に熱中しすぎて熱射病。たまたま残ってる仕事が相手の都合でキャンセルになったから良かったものの、あいつは全く」
いつまで経っても変わらない仕事バカな旦那様にため息をついて、私は立ちあがった。
仕方ない、誕生日まであと1週間あるしまたゆっくり考えよう。
「毎回すみません、真山さん。美月ちゃんもごめんね」
もはや常套句となったそんな言葉と共に、空の食器をのせたトレーを持って足を進める。
「あ、ちょっと待った沙耶香ちゃん」
真山さんに止められたのは、そんな時。
振り向けば、ちゃっかり美月ちゃんの隣に座っている真山さんがにこりと笑う。
「さっきの話。答えは無理だけど、ヒントあげる」
肘をついてそう言う真山さん。
ああ、こういう顔はちょっと大人っぽい。
7歳も上の人相手に失礼なことを考えながら、言葉を待つと澄んだ声でそれは返ってきた。
「沙耶香ちゃんにしかあげられないモノだよ。ありのまま素直にいれば答えは見つかるんじゃないかな?」
…ヒントなはずなのに、ますます分からなくなって頭を悩ましたのは秘密の話だ。
ぐるぐると混乱しながら、私は足早に家路についた。




