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我輩は騎獣である  作者: KEITA
第七章
77/127


「アルセイド、久しぶりだねえ。元気だったかい」

 くすくす、と喉奥で密やかに笑いながら、我輩と騎者どのの前に現れた二本足。黒の短い頭髪としなやかな体躯持つ、我輩もここ数年は見ていなかった姿である。

「そのぬばたまの髪、深き緑の双眸、聖丁香花の如く愛らしいかんばせも相変わらずだね。おしむらくは、キミの性別だな。女の子だったのならその可憐さは万人を一瞥で撃ち抜くほどであっただろうに、どうしてキミはむさくるしい男なんだい? ああ勿体無い」

「うっせ」

 滔々とした言葉、悪戯気な笑みを向けられても、騎者どのに同じ表情を返す心地は無いらしい。ぶすりと膨れた顔のまま、溜息をつく。

「相変わらず人の顔見るなり気色悪いこと抜かしてんじゃねえ、アーテル」

「はいはい。まあそんなところもいとおしいのだけど」

 アーテル、と称された二本足は、なおもくすくすと微笑む。同じ髪色の若者は、どこか微笑ましげな表情に対しても軽く顔を顰めただけだった。

「だから気色悪ぃこと言うな。……ったく、なんで『網』の幹部で今一番動きやすいのがこいつなんだよ。ロサたんかせめてフラウ先生に来て欲しかったのに」

「おやおや、好き嫌いかい? まあロサーシャもフラウムも優秀且つ麗しき面々だけれどね、しょうがないだろう。今回の依頼に関してはボクの十八番なのだから」

「そりゃそうだがな」

 騎者どのにまた軽く微笑み、黒髪の二本足は手にしていた書類をぱさり、と卓上に置く。

「というわけで、ここに来るまでにちょこちょこっと収集してきたよ。――この国中枢に食い込んでいるエルフ勢力の分布、さ」

 まるで片手間、という風情で。人界有数の裏組織が幹部は、一国家の機密情報を我輩らに提示した。


● ○ ●


 我輩らがまず取り掛かったのは、出来得る限りの情報収集である。かの妖精から多くの手がかりを得、目指すべきものへの道筋はつかめた。あとは、いかに切り込むか。必要なものはまだ多々あるが、まずは相手方の現状を出来るだけ把握したい。そのために必要な人員は、幸いなことに騎者どの個人が所持していた。

 そう、祖父御からの遺産でもある、諜報網――通称『網』とされる人界最大規模の裏組織である。

 その範囲及び人員は広大膨大であり、尚且つ表社会にはまったく知られていない。裏社会にて辛うじてその存在が判明されているだけで、実用出来るものも限られている。報酬こそ莫大だが、ひとたび組織にことを任せたら、万事は即解決するらしい。一の識を得るのに十の日を跨がねばならぬところを五の日でよしとし、一の噂を広めるのに百の日を超えねばならぬところを十の日でよしとするほど、優秀な諜報組織とのこと。そして膨大な人員と個々の武力を集結させると、その軍事力たるや一国家にも引けを取らぬらしい。表舞台には立たずとも、裏社会に巧妙に食い込んでいるその影響力たるや、もはや人界を構成する重要素と言って過言でない。

 特殊なのは、その構成員だ。全世界に散らばるほぼ全員が、前身たる小規模組織の血を受け継ぐ末裔たるものであり、血が濃い幾人かは特殊な能力を兼ね備えているらしい。そして何より、精神的なまとまりが非常に強い。例え特殊な能力持たぬ末端者であっても、その一体一体が『網』としての自覚を持っており、指示を出す中枢幹部への忠誠心も持ち合わせている。普段は「個」として通常の市民生活を送りながら、ことが起きればすぐに組織の「手足」として行動を起こすのだそうだ。

『何ゆえ、ここまで「網」の面々は精神的繋がりが濃いのであろうか。全員が同じ種というわけでもなかろう?』

 さすがに不思議に思い、騎者どのに訊くと。

『あー、そのワケ話すと長くなっけど。でも、簡単にいうなら、アレだな、』

 彼はまた、あの過去を懐かしむような光を緑眼に浮かべながら答えてくれた。


『「網」は、全員がヴァレンさんとその伴侶、メイカさんの「こどもたち」だから。ある意味デカい家族、全員がきょうだいなんだよ』


 成程、と思った。仲間かぞくであるなら、このまとまりの強さも納得せざるを得ない。


● ○ ●


「先ず警察組織。これはもう駄目だね。元となった国の軍隊、その一部に建国当初からがっちりエルフ勢力が食い込んでいて、切っても切り離せない関係となってしまっている」

 組織の【黒】と称される一部隊、その頭領でもある二本足――アーテル、という通称の幹部は取得した情報を依頼主に手渡し、口頭でも説明する。

「なにせ財源がまだ確保出来ていない新興国、いざという場合の資金援助という名目で賄賂が公然とまかり通ってる社会だから。公的施設の維持費や公務員への給料、その不足分は多々だというのに、不自然なほど不満が抑えられている」

「あー、それはイヤってくれえ感じた。市民の生活護るのが警察の役割だろうに、その逆な行動とってヘーゼンとしてやがるかんな。そいで当の被害者テスの方が恐縮してやがった。おかしかったのはそれだけじゃねえ、一般人相手でも袖の下の気配があっただけでもう諦めモードになっちまってた」

 騎者どのの眉が顰められる。我輩もあとから聞いた話ではあるが、伴侶どのはやってきた警察に対してやけに気弱だったらしい。騎者どのが会話運びの不自然さを追求しなければ、ワカバは拉致されたのではなく自主的失踪、つまり単なる家出だと結論づけられそうだった。そして目撃者たる人間に連絡を取った際も、口止め料をもらっていると察した瞬間、伴侶どのは突然追及をやめてしまったそうだ。この国では、そういったことが裏の日常なのだろう。つくづく感じるが、やはりあのとき我輩らは別行動で正解だったのだ。

「下っ端がああいう態度なら、上層部は察しがつくわ。もっとひでえ規模で犯罪見逃しがおこなわれてるんだろな」

「うん。そういうわけで警察は一番当てにならない。キミが捕らえた件のエルフだけど、我が組織の『地下牢』に直々に引き取ることにしたよ。きっとフラウムが良いように扱ってくれるだろう」

「フラウ先生の保健室講座ですかい。そりゃあ蓑虫くんも役得ナコトデ」

「だねえ。まったくウラヤマシイヨ」

 けけけ、と顔を見合わせて意味ありげに嗤う二人。どういうことなのかは把握できなかったが、詳しく訊くのはやめた。我が相棒の表情からして碌な事象ではないだろうし、我輩自身、得られるだけの手がかりを得た今、あの妖精がどうなろうと知ったことではなかったからだ。

 我輩にとってもっぱらの重要事項は、今現在台所から出てきた若草色の雌が、その手に茶と加工甘味を携えている、ということである。

「お茶です、どうぞ」

「おお麗しき新緑の乙女よ、その繊手で甘美なる一服のひとときを味わえることに、至玉の感謝を申し伝えるよ、ありがとう。……なんとエルフ香茶を人間の界隈で味わえるとは、これまた願ってもない僥倖だ」

「あ、茶葉は普通のダージリンなので、本格的なものじゃないんです。自然区域では妖精の栽培していたものとほぼ同じハーブが採れるので、それをほんのちょっと加えただけで」

「うん、それでも乙女の真心がこもっている分、たいそう美味しいよ。茶菓子だけでなく香草まで自家製とは恐れ入った。こういうのをキミの騎者――家族にも食べさせているの?」

「テスですか? はい、小さい頃から、ずっと」

「なんと。これからもキミと家族になれるだろう存在が心底うらやましいね」

「そうであろう」

「リョク、そこで生クリーム付けたままドヤ顔すんな。間抜けな図だし、まだそうなってもないんだから」

「?」

「あーワカバちゃん、なんでもないよ。お茶もお菓子もすげえ美味しい、俺らの急な来客だったのに対応してくれてありがと」

「どういたしまして」

 小麦を水と油脂で練り、幾重にも折りたたんだものを焼いた生地は調理応用が利く。小さく小分けたそれに生の果物や蜜、泡立てた乳などをめいめい載せれば、それだけで誰でも食せる手軽な甘味だ。手軽ではあるが、それだけに個々の純粋な加工技法と食材の良さが物を言う。

 香ばしい何層もの小麦。滑らか且つ濃厚な乳。甘く酸味もある果実液。

(ふむ)

 蜜スグリを煮詰めた「じゃむ」とやや甘みが控えめで上品な口当たりの「なまくりーむ」をたっぷりと載せたものを口に運びながら、思った。この際、同族の雌から施しを受けているという羞恥事実は置いておこう。ここは人界なのだから、それに天の獣たる我輩もそれに添って行動すべきである。従って、いっときの恥はかき捨てとするのだ。かほどに美味いものを用意してくれたワカバに、純粋な感謝の念を向けなければ。

(我がつがい(予定)はまこと、素晴らしい雌よ)

 離れたところでひそひそと、二本足の黒髪ふたりが話している。

「うーん、相変わらずキミの騎獣はお菓子を真剣に食べるねえ。文学諳んじてるような顔でタルトもぐもぐしてるイケメン、初めてみた」

「ワカバちゃんガン見してる時点で、考えてることは知れてるけどなー……」

 我輩はただ、甘美なる甘味を食しつつ、目一杯の感謝を込めて将来のつがいを見つめているだけだ。

 視線が合うと、ワカバはやや動揺したように瞬いてから一瞬俯き、もじもじとこちらを見上げる。

「え、えっと、リョク、おいしい?」

「うむ」

「……良かった」

 いとしい雌は、ほんのりと目元を染めて微笑んでくれた。



 ワカバの用意してくれた茶と甘味で一服したのち。

 空になった茶器と皿を片付け、卓上一面に広げられたのはいくつかの書類、そして様々な場所を記した地図である。それについて色々と講じてから数点、この国の情勢についての情報を交換する。そして視えてきたものは、やはり新世代エルフ生産の大本が、この国にあることだった。

「アルカリー国自体、ルギリアの縮小版といっていいほどバランスの取れた国風だから発展速度も良いのは頷けるが、それにしたって建国百年ちょいにしては不自然に早い。どういうことかと思ったら、背景に文人エルフという頭脳労力と彼らの協力下で自然産物による財源が在ったからだった」

 ちなみに、文人というのはエルフ間での呼称のひとつである。長老どののように武技に優れたものが「武人」と称されるならば、識の蓄えと教養の豊かさに長けるものを「文人」と呼ぶらしい。武人に対し体力や身のこなしの妙では劣るが、代わりに頭脳的な働きを得意とするのだそうだ。

「文人エルフは大半が王都住まいであったせいか、大戦の火種を真っ先に被った。王宮勤めの者が、特に被害甚大だったことは知っての通りさ。――我が組織の父たる『とうさま』が、いのちに関わる大怪我を負ったようにね。火種を逃れてからも住処をほぼ完全に焼かれてしまったし、武人みたく特別な訓練も受けてないから、生き延びるために形振り構っていられない。頭脳を活かせる場所には文人らが局地的になだれ込んだと見える」

「なーる。国家権力ってのは巧く使えば大義名分にも隠れ蓑にもなるかんな。文人エルフは武人エルフに比べて目立たないけど、それでも長い歴史に名を残してる奴ぁそれなりにいる。武技の代わりになるのはそのおつむと膨大な知識だからな。――ヴァレンさんみたいなのがゴロゴロいると考えると、正直ぞっとしねえな」

 騎者どのの古き知り合いたるエルフは、「文人」の中でもひとかどの人物だったらしい。緑眼がやや険しくなるのを宥めるよう、黒髪の幹部は柔らかく言う。

「安心したまえ、アルセイド。『とうさま』レベルの文人なんて、全エルフ内でもそうはいないから。あの方は霊力行使術だけだったら賢人並みだったらしいし。平民が出世し過ぎると色々面倒になるから、王宮副文官長に留まってただけで」

「うっわー、強かなヴァレンさんらしいわー」

 軽く口角を上げつつ、手にした書類を見つめる騎者どの。

「……でもちょっくら安心した、ヴァレンさんレベルの文人がいねえなら相手はただの頭でっかちだな。こっちとしてもだいぶやりやすくなる」

「油断は禁物だよ、アルセイド」

「おう。仮にもウン千年規模で文明を築いてた一党が、過半数ブっ殺されたからってそう簡単に瓦解するわけない。インテリならインテリなりに、どんな手使っても生き延びようとするよな。現に建国百年余り、それなりに土台は固められてるだろーし」

「特に復興意欲のあるものなら――また一族を建て直さんと欲す。それは極自然なことだ」

「んだな。でもさ、そういうのがエルフの主意見なんかね」

 騎者どのの言葉に、黒目は不思議そうに瞬いた。

「どういうことだい?」

 過ぎ去ったものを懐かしむような、惜しむような。そんな響きを声音に載せ、妖精の血を引く人間の若者は囁く。


「俺のじいさんみたく。『いくさの無い平和な世において「悪鬼」たるエルフが確実に生き延びるには、他種族と一体化し、歴史に埋没してゆくべきだ』って考えるのは少数派なんかね。一族の復興ってのは、平穏に暮らすことと引き換えにしてでも達成しなきゃいけない、そんな悲壮感めいたことなのか」


「――」

「……」

 彼の問いに対し、応えるものはいなかった。それは、この先考えてもきっと永久に答えの出ない問いだったからだ。

 エルフ、という種族。それは古来の人界では戦闘に特化した生命体だと、一般的に認識されていた。人間より高い身体能力並び自然治癒力を持ち、人間に近い俗物的な――この場合、金銭での利益を旨とする――感覚を持つ生き物。戦乱渦巻く時代及び環境では、これ以上無いほどに重宝される働き手だろう。

 しかし、平和な世においてはどうだ。

 時代が変われば価値観も変わる。例えるなら、彼らの手にしている武器霊具。もっとわかりやすい例で言うなら、城を壊すためだけに造られた投石器や民家を爆撃するために造られた戦闘機、生き物を殺すのみを目的とした武具といった「戦争兵器」。それらはいくさの無い世においては邪魔且つ意味の無い代物だ。みずからが最も力を発揮できる分野でその能力を発揮出来ないとしたら、以降は如何様に生きるべきなのか。それとももはや、生きられないのか。

(否)

 みずからの可能性を、狭めてはいけない。エルフという生き物は、単なる殺戮人形か。いくさ場のみにしか生きられない種族なのか。そんなことはない。

 彼らの持つ二面性は、そういう意味での二面性でもあったはずだ。武器を持っていないエルフは、全人型種の中でも特に争いを好まない、穏やかな暮らしを尊ぶ種である。我輩に甘味を製作して振舞ってくれた妖精一家や長老どののように、本来は万事器用且つ気遣いに溢れた、愛すべき生き物のはず。戦後も人間界隈に自然に溶け込むことに成功し、天に移住しても慣れぬ環境で生活が成り立っているのは、彼らの適応力と器用さに相違無い。

 そして妖精は人間同様、個体の我がはっきり独立しているので、見据える未来は獣のように一往ではない。特に、彼らは二本足たる高い技術と知能を有しているのだ。とかくそれを使う場所を求めている。

(どんな生き物でも、生きる道というものは選べる)

 様々な道があるだろう。この国中枢に食い込んでいる輩のように、如何な犠牲を払おうと一族を復興せんとするもの。逆に騎者どのの祖父御のように、大切な存在のためだけにひっそりと生き延びようとするもの。東大陸で出逢った盲目の武人のように、次世代に己の持ちものを惜しげもなく与え、生きた証を遺さんと欲するもの。皆、各々が選んだ道なのだ。それぞれが確固たる信念を持つのなら、その志自体は、何者にも否定することは出来ない。未来は、決まったものではないのだから。

 ただ。

「自分たちが発展するために、平和に暮らしてた他者を脅して無理矢理引き込むのがてめえらのやり方なのか。ぶっ殺して角取るために家族のもとから拉致するのが普通なのか」

 騎者どのの拳が握り締められる。

「拒絶されれば殴る蹴る、癇に障りゃぶった斬る、で、死んだら次探すとな。そんな暴挙まかり通る大義なんざ元から瓦解してるだろ。そんなやり口の復興なんざ、常識的にあり得んだろうが。やるんならもっと巧くやれよっての」

「……そうだね。恐らく手足となっているものに精神が未熟な新世代エルフが組み込まれてるから命令も単調だし、ふとした無理矢理が通っちゃうんだろうな。昨今の警察記録を見ても、復興活動より彼らが起こした問題の火消しにやっきになってるのが明らかだった」

「アホだな」

「アホだね」

 二人の二本足は顔を見合わせ、またひっそりと嗤った。緑の瞳持つほうが、ふと傍らの椅子を引く。そうしてそこに置かれている布で覆われた長い包みを、持ち上げた。

「生き方は、それぞれの自由だよ。復興だってしたけりゃすればいい。だがな、俺個人の意見として、他者を犠牲にするの前提ってのはいただけない。大義名分があれば好き勝手していいと思ってんじゃねえよ。種の存続のためだか霊力源だか知らねえけど、ぜんっぜん関係ねえ生き物を使い捨ての発電機扱いで、それが当然ってか。てめえさえ良ければ、あとの生き物は踏み台でおっけー。罪悪感って何それ美味しいの?ってな顔してるヤツら全員しばき倒したい。まあハンパに罪悪感持って悲劇ぶってもしばくけど」

 騎者どのが手にしているものは、修復済みの長剣である。

「新世代エルフ生産に関わったヤツら全員が全員、取り返しのつかねえことを仕出かした。てめえから精霊族であることを否定した。自然の恩恵たる流れを、断ち切った。麒麟イヴァを――いのちの獣を、そういう『糧』とみなした時点で、もう弁解の余地なんざねえんだよ」

 家宝を握り締め、目の前にかざす若者は、紛れも無く怒っていた。深い緑の瞳が、純粋な怒りに燃えている。憤怒している、と称してよい。普段陽気な彼にしては、至極珍しいことに。

「赦せねえんだよ。他でもない、この俺の目の前でそういうこと平然とやらかして、平気でやがる。そういう意識が、エルフ間で普通に蔓延ってること自体が、あり得ない」

 そして、それは。

「曲がりなりにもエルフの血を受けるものとして。この世代に生きる『騎獣イヴァニシオン』の端くれとして。騎獣と共に最後の戦地を征き、平和に生きることを欲した『瑞獣と征くもの』の孫として。……一介の、騎者として」

 我が一族にとって何よりも頼もしい、宣誓でもあった。


「目ン玉腐った連中全員、ぶっとばしてやる」


 それを受け、彼と同じ髪色の二本足も微笑む。

「ボクも、以下同文で。この身に流れる源流に恥じないためにも、溜まった膿は吐き出さないとね。エルフである『とうさま』を誰より愛した母なる『冥花様』も、きっとそう望んでいるだろう」

 そう続け、黒い瞳はいとおしげに手元を見下ろした。黒く染色してある、みずからの爪を。



「――ボクの部隊が得た情報は、こんなところだね。不足分はあるかい?」

「いや、ジューブン」

「なら良かった。ではこれから以降、キミらが動きやすいように『地網』を張っておくよ」

「……悪ぃな」

「ふふ、キミがボクに謝るなんて珍しい。それだけ、この家に住む可愛らしい娘さんが大切なんだね」

「うっせえよ。そこで黙っとけ、喋り魔が。ホントに諜報組織らしくねえヤツだな」

「いかにもってのより、逆にバレにくいだろ?」

「まあそうだけど」

 ヴァレンさんももうちょい教育的指導与えとけよ、とぶすくれる騎者どの。そんな彼に気を悪くするまでもなく、やはり微笑ましげな表情で相対する黒髪の二本足。その顔がふと、我輩へと向き直った。

「アルセイドの騎獣。いや、リョクと呼んだほうがいいかい?」

「どちらでも構わぬ」

「うん、じゃあ呼びやすいほうで」

 物柔らかな笑顔、その脇にある耳朶は細く尖っている。しかし、長老どののような存在感は薄く、どちらかというと器の気配は眼前の騎者どのに近い。外見は妖精寄りであるのに、本質は人間のそれ――そう、東方の国にて相対した、調整者どのの母御の如く。

「我らがいとしごのために立ち働いてくれて、いつもありがとう、リョク。今回も色々と奮闘してくれたこと、心から感謝するよ」

「こたびの事象は我が一族の大事ゆえ、我が魂の命じるままにことを進めただけのこと。礼はありがたく頂戴するが、実際のところは我輩のほうが騎者どのや貴殿らに礼を申さねばならぬ」

「ふふ、そうかい。相変わらず律儀なイヴァだねえ、キミは」

 にこやかな顔が、更に柔らかく笑む。

「ではまた逢う日まで」

「うむ。貴殿も息災であれ」

 そして忘れずに、我輩は付け加える。

「夜道は危険ゆえ、気をつけるように」

「おやおや、ボクを誰だと思っているの?」

 面白げに黒目を丸くする相手に、数年前は言いそびれたことを言う。


「――我輩よりも歳若い、おんなだと。貴殿は口調や衣こそおとこのものを纏っているが、内実は違かろう」


 周囲の夕闇においても存在感持つ黒目が、ぱちくりと瞬いた。

「おや、バレていたのか。以前に面会したときも、明かしていなかったのに」

「我輩は獣ゆえ。二本足の外見は区別はつかぬが、匂いは識別できる。貴殿は何やらそう振舞うことを愉しんでいる様なので、黙っていた」

「なんだ、最初からか。にしても、アルセイドは知っててボクを男扱いするのに、騎獣であるキミはそれに倣わないんだね」

「騎者どのは騎者どの、我輩は我輩の意向がある」

「あはは、本当に面白い魂の相棒だ。たいそう気が合っているからべったりかと思えば内実はそうでもない。ちゃんと個々が独立した間柄なんだね。これもまた、血なのかな。アルセイドの亡き祖父御も、騎獣とそのような関係を築いていたらしいし」

 興味深そうに、彼女・・は瞳を細めて微笑んだ。

「――ボクならだいじょうぶだよ。ひとりじゃないし」

「左様か」

「うん。心配してくれてありがとう、心優しい騎獣さん」

 そうしてエルフの末裔たる黒髪の娘は、夕刻の陽が差し込む森中へと消えた。木造家屋の周囲に控えていた、無数の影と共に。



「さて、と」

 それを見送っていた緑眼が、こちらを振り返る。

「始めるぞ、リョク」

 我輩は、その言葉に頷いた。

「うむ」

 もうすぐ帰ってくるいとしいものと、家の中でそれを待ついとしいもののために。そして、これからの平穏のために。――我輩らの、個々の望みのために。


「「征こう」」


 暗闇の先に、進む。





アーテル・・・組織【黒】部隊長で幹部のひとり。人間の血が多く混じるエルフの末裔。ヴァレンが生前、純エルフの義務で為した子の子孫に当たる。ヴァレンそっくりの口調持つ、黒髪黒目の男装系ボクっ娘。フェミニストなアルセイドが彼女にぞんざいなのは、彼女が実は性嗜好的に男性寄りのバイセクシャルなので、それを尊重して野郎扱いしているせいです。色々考えるの面倒くさいから、ともいう。彼女自身、男扱いも女扱いもどっちもOKなので、性別不明ちっくに振舞っては人の反応を見て愉しんでる(趣味悪し)


その他幹部さんは活動報告にて。


組織の総人口は末端も含めるとめっちゃ膨大。当初の大本である元祖組織から派生した子孫が戦乱を強かに生き延び、子を多く為したのでそれだけの数が人界中にいます。全員が例外なく女性。フツーの主婦だとかその辺の女子高生だとかが構成員だったりします。


彼女らの共通は、どんなに末端者でも「網」としての意識があること。精神的な始祖である「冥花」という女性に対し、血が受け継がれる限り絶えない忠誠心があります。なので指令があればすぐ動くし機密は絶対に外に洩らしません。ただ、冥花はもう没した存在でもあるので、それ以外の拘束力は緩い感じ。指令が無いときの個々の行動は自由。拠点場所や得意分野によって細かく部隊分けされてるので、個々の上限以上の無理な情報収集はしないし、構成員が膨大なので、誰かが失敗しても誰かがフォローに入ります。なので尻尾もつかみにくい。

ヴァレンと冥花の「こどもたち」は、こうやって未来に脈々と繋がれていくのでした。

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