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我輩は騎獣である  作者: KEITA
第七章
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七章・序/ある首領の大切なひと




 しゅるり、と顔にかかるのはいつもの感触だ。肌に当たる部分が柔らかい素材で出来ている、眼帯。外側は丈夫で軽い皮、そして紐と布の繋ぎ目は細い糸が何本も張っており、そこに通されてる繊細なビーズがきらきらと美しく輝く。

 そして、それを自分の顔に巻く後ろからの手も、慣れた感触である。


「――ルチアの息子がね、【黒】部隊のひとりと結婚したいんだって」


 同時に至近距離で囁く声も。微かに感じる吐息も。


「父親としては、息子が奥方を娶るって意識より、『娘』がお嫁にいっちゃうって意識の方が強いんだ。変かい?」


 ふふっと柔らかな笑い声。眼帯を巻き終え、後ろで留め具をぱちんと締めてから髪を直してくる手。問いかけに首を振れば、また背後で微笑む気配がした。


「我が組織に属する彼女らは皆、僕らの『こども』だもの。僕と――」


 髪を整えていた大きな手の平が、そっと頬に移行した。もう片方の手は、膝の上に載せたままだったこちらの手をそっと握る。天然で髪と同じ色を宿している爪、それをいとしげになぞる指。


「僕と、冥花でつくった二人の証だ。だから、他のどんなものよりいとおしい。仕方ないことだろう?」


 そのまま唇が、手ではないものにやわらかく覆われた。これも、いつもの感触だった。



□ □ □


 簡単な身支度をして、寝台から降りれば待っているのはこれまたいつもの感触だ。すなわち、彼の長い腕と広い胸板。そのままひょいっと抱き上げられ、寝室を出る。義手はもう填めてはいるが、義足をつける暇も無かった。片足が無い状態なのでその分体重が軽くなるのはわかるが、そこそこ大柄だしそれなりに重量もある自分を軽々と運ぶ彼は、見かけよりもずっと力持ちだ。この辺り、種族柄なのだろうか。

 至近距離の唇が、滔々といつもの会話を始める。

「今週いっぱい王宮内で監査があるんだ。文官も楽じゃないよ。時々抜き打ちで試験があるのは勿論、帳簿の拡大検査が一番きつい。公費を無駄遣いしてないか調べるのは結構だけど、私室のゴミ箱ひとつ新調しただけであんなに絞られるなんて、聞いてないし」

 こんなんじゃあ、自宅で霊具量産してるって知られたら更にヤバいことになるかな。そう零しつつ、くすくすと笑う声と吐息が、頬を擽る。

「まあ、作ってるのは武具霊具でもなんでもない、ただの日用品なんだけどね」

 ひと一人を抱き上げたまま、悠々と広い家の廊下を進む長身。その視線がちらりとだけ脇に逸れる。彼の言う、「ただの日用品」な霊具のひとつがそこに置いてあるからだ。

「僕にとって重要なのは、冥花がこの家で過ごしやすいかどうか、だから。好き勝手希望してくれて構わないんだよ? むしろもっと我儘云って欲しいくらい」

 もう一度首を振ると、声がちょっと拗ねたようになる。

「本当だって。何度も言うように、僕の趣味はそういうことなんだから。気を遣ってるわけでもなんでもないんだ」

 すり、とこめかみに摺り寄せられる、唇。眼帯に触れない位置で髪に顎を埋め、吐息と共に真剣な囁きが耳朶に落ちる。

「冥花に関することだったら、僕はなんでもやりがいを覚えるんだ。嘘じゃない」

 廊下の途中で止まった足取りは、しばらくそのままでいた。


□ □ □


 玄関にてやっと下ろされてから、そこに置いてある数本の義足からひとつを選び、無い片足部分に装着する。彼と暮らし始めてだいぶ経つが、家の至るところにこういったものが配置されているのだ。なんでも「毎日同じものじゃ飽きるでしょ。だから外観も機能もイロイロ変えて、何本も作ってみたんだ!」とのこと。本当に彼は器用なひとである。そして、暇人だ。仕事も忙しいはずなのに、いつこういうものを製作しているんだろう。

「今日はどれにする? あ、僕のおススメはこれね、サスペンション部分軽量化した新作」

 花柄なのが可愛いでしょ、と言いつつ勝手に装着される。器用で暇人で、強引なひとである。

「うん、いい感じ。具合はどう?」

 良好の意で頷くと、よし、と笑顔が降ってくる。

「これなら痛くならなそうだよね」

 首を傾げる。確かに体重を載せても関節部分を曲げても痛くないが、彼の視線と声にはなんだか含みがあったから。きょとんと彼を見つめると、にこにこしていた顔が徐々に赤くなっていく。

「あ、うん。動かして不具合が無いならいいかなーってこと、なんだけ、ど……」

 一緒に暮らして随分歳月を共にしてきたが、未だに彼は変なところでいきなり照れる。普段自分から行動するときは強引なのに、こちらから接近してじっと見つめると途端に挙動不審になるのだ。この辺り、同じような夫を持つ友人が同意していた。親友同士だと感情表現も似た傾向になるのか。

「その、……」

 今だって、滔々としていた口調が不自然に途切れて、纏っている王宮文官用の長衣の裾をいじいじと弄くって。

「え、えっと、冥花。も、いいかな」

 何が?と首を傾げると、また顔がほわっと赤くなる。彼はこの動作にも弱いらしい。玄関の一段高い位置にいる彼女と同じ視線が、泳ぐように宙を彷徨った。

「そろそろ、出勤時刻だし」

 そして、彼にしては小さな声で。

「――いつものあれ、してほしいな、って」

 彼らしい希望が、出てきた。

 いつもの日課なのに、切り出すときの彼はいつも恥ずかしげなのがよくわからない。家の中では隙さえあれば口付けどころではない凄まじい行為を、どんどん強引におこなってくるくせに。

 何はともあれ。こっくり頷いて顔を寄せると、ぼぼぼと音がしそうなくらいに真っ赤になりながらぎこちなく瞳を閉じる。なんだろうなあこの意味不明な初心さは、と考えつつ、そっと唇を重ねた。


□ □ □


 いつものあれ――つまりは、いってらっしゃいの口付け――を済ませた直後。これもいつもの日課で、「仕事行きたくないよぅ今すぐ辞めてこの家で冥花と一生いちゃいちゃしてたいよぅ」と困った癇癪を爆発させる彼を宥める。このひとは自分よりだいぶ年上のはずなのだが、ふとした言動や態度がやけにこどもっぽい。

 自分はちょっとした事情により巧く喋ることが出来ない。長い文節を、普通のひとのように繋げて発することが出来ないのだ。

 しかし、何も喋れないというわけでもない。固有名以外の単語なら発することが出来るし、何より、一番重要なことばをちゃんと発信することが出来る。

 それが、彼の耳元で囁く彼の名だ。


「ヴァレン」


 その一言だけで。彼は顔を輝かせてくれるから。


「自分、応援、ヴァレン。常時」

 わたしは、ヴァレンをいつも応援してるよ。


 その心が、彼の背を押す助けとなるなら。


「ヴァレン、……愛」

 ヴァレン、愛してる。


 その想いだけで、彼が幸せとなるなら。


 何度だって、伝えよう。そう思うのだ。



 見る間に気分が回復し、意気揚々と出かけていく後ろ姿を見送る。遠目でも髪の隙間から覗く耳が真っ赤になっているのがわかった。あんなに見ててわかりやすく、単純なひとはいない。

 そして。


『僕だって、冥花めいかを……、あ、あいして、る』


 あんなに、いとしいひともいない。

 器用で、暇人で、強引で。単純で。いつになっても、こちらからの接近には初心で、わかりやすくて。

 そんな姿を見せるのは、自惚れでもなんでもなく、自分の前だけだ。彼は多くのものを持ち、多くの顔を使いこなし、多くの考えを秘めている才能豊かなひと。でも、ああいったはっきりとした弱さを見せるのは、気心の知れた親友とだべっているときか、自分と相対しているさなかだけ。あとの顔は隙がまったく無い、王宮文官としての顔が幅を利かせている。

 そんな彼が、少しでも休める空間があるなら。

 少しでも、心を解き放ってくれるなら。

 そんな居場所に、自分がなれているのなら。

 彼が――幸せであるなら。


 自分も間違いなく、幸せであるのだ。


「……」

 それを確信しつつ、装着したばかりの義足で家の中に入った。そろそろ「こども」の一人が来訪する予定だからだ。

 彼と実際の子供はつくれなくとも、過ごした証たるものは、ちゃんと在る。そのことを実感出来る時間が、もうすぐやってくる。




冥花めいか・・・没年齢は、八百歳くらい。黒髪黒目黒マニキュアのスレンダーなモデル系美女で、片目と片腕と片脚が無い。ヴァレンの最愛の伴侶で、じいさんの旧友。元は精霊族と相反する生き物である「魔族」の女性で、個人的事情で魔界から人界に渡り、そこでヴァレンと出逢った。色々あったけど彼と結ばれ、以後幸せに過ごす。のちに人界で幅を利かすこととなる諜報組織『網』の元祖首領で、没後も精神的な始祖となってる辺り重要人物。ちなみに幼少のアルセイドにも逢ったことあるけど、例にもよって奴に記憶はございません。


彼女については、やはり拙作シリーズ参照で。(ビジュアルは)結構早い段階で構想していた、作者のお気に入りキャラクターのひとりだったりします。

滔々と女性への美辞麗句を垂れ流すのが癖なヴァレンが冥花に対してだけこういう感じな辺り、やっぱりじいさんと類友っていうことです(笑)

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