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我輩は騎獣である  作者: KEITA
第四章
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挿入閑話・ある妖精の愛するひと

アルセイドの母さんのとある日常


※R15的です


 癖の無い黒髪に、長い指が差し込まれる。象牙色のそれが長い髪を梳きつつ乱していく。


「オーリ、」


 くすぐったいわ、と笑い含みの声。華奢なからだを抱きしめている腕の主が、片方の手を至るところに這わせ始めたからだ。


「オーリってば、」


 黒髪を乱しながら、小さな後頭部に大きな手の平が添う。ぐ、と引き寄せられた可憐な唇を、端正な唇が覆った。


「ん……」


 浅く、深く。熱く湿ったものが出逢い、絡み合い、角度を変えながら睦みあう。もっと深い場所での溶け合いを求め、肌が重ねられる。


「っ、おーり、」


 唇は離れても、繋がってはいた。



 立ちのぼる湯気を、眺める視線がある。緑色をした澄んだ瞳だ。


「ティー、」


 立ち上がって、目の前に置かれる湯気のかけら。


「お茶が入ったわ。一緒にいただきましょう」


 にっこりと微笑む、可憐な顔。


「ティー? どうしたの」


 金髪が軽くかきあげられる。そして、額と額が出逢う。同じ色をした肌が軽く合わさった。ふ、と芳しい吐息が唇に。


「……熱は無さそうね。顔が赤いようだけど、いつの間にか陽にでも焼けちゃったのかしら」


 顔が離され、小さな手と細い指が丁寧に金髪を梳いて整える。


「具合が悪かったらすぐ言うのよ」


 だってわたしは、あなたの母親なのだから。緑の瞳は、無言でそう語っている。


◆ ◆ ◆


 太陽を仰ぐ。眩しい陽光が一瞬視界をやいて、少し眼を細めた。

(今日もいいお天気ね。お洗濯ものがすぐ乾きそう)

 手にしていた小振りのジョウロは新婚当初から使っている代物だ。嫁いできてからすぐ、夫が作ってくれた花壇。そこに一緒に準備されていた重い水差しは、ある日いつの間にかか弱い自分の手でも容易に扱えるようなものに換えられていた。それだけじゃない、生活用品の多くは嫁いできた当初、人間にとって扱いにくい大きさ重さのものばかりだったのに、少しずつ変容していって。今では。

「……」

 連想よろしく細々としたことを思い出して、ちょっと赤くなる。あの頃の自分は本当に、恥ずかしいほど勘違いしていた。自分勝手で傲慢でもあった。夫には本当に迷惑をかけたなあとも思う。

(けど、)

 その思い出のすべてが、今となってはどれも大切だから。



 庭にて植物の世話を終え、家の中に戻る。

台所に入って、お茶の準備だ。二階にて仕事をしている夫に出すためである。夫の主職は別にあるが、一部文官めいた書類作業も請け負っているらしい。何せ特別な称号を戴いているので、それなりの特権を持っているのだ。並みの収入以上の儲けを持つので生活は楽だが、つくづく無理はして欲しくない。

(あのひとだって「ひと」なのだから)

 淹れたてのお茶と出来立てのお茶菓子を盆に載せ、未だ長くて高い階段をゆっくりとのぼる。最近はこの一段一段にも慣れてきた。

 二階の書斎近くに備えてある手すり、そこに盆を置いてから。大きな扉をノックする。

とんとん。

「お茶が入ったわ。オー、」


がちゃっ!


 呼びかけた声が終わらないうちに内側から扉が開き、長い腕に引っ張り込まれた。

「―、オーリ、ちょっ、」

 続けて発そうとした言葉は、ぎゅむっと抱きしめられてまた途絶える。そして。

「お茶が、」

 冷める。その言葉も発せないまま、今日も背後で扉が閉まった。


ばたん。




「リラ……、」


 なんどもよばれる、わたしのなまえ。


「リラ、りら、」


 いっしょにふれてくる、てのひらも。くちびるも。ぜんぶが。


「りら……ぁっ」


 さけんでる。


『きみが、すきだ』『お前がいとしい』『リラを愛してる』と。


 だからわたしも、言うの。


「わたしも大好きよ、オーリ」って。




「ねえ、オーリ」

 大きな腕の中。広い胸板に体を預けて、温かい温度と、匂いに包まれて。

「オーリ、あのね」

「……」

 何も言葉を返してこない頭上の吐息。けれども無視されているわけではない。こちらのお腹にまわった手が、髪に埋められた頬が、促すように擦り付けられる。言葉少ななこのひとは、行動で気持ちを示そうとするのだ。今だって、何か声を発そうものなら、わたしの言葉を遮ってしまうと感じている。だから何も言わず、聞きに徹しているだけ。だからって無言になる必要無いのに。

 そう、このひとは見かけによらず、不器用でかわいいひとなのだ。

「そろそろ離して?」

「断る」

 そして、自分に不都合なこととなると反応は素早い。ある意味強かなひとなのだ。

「書類のお仕事、もう終わったの?」

「ああ」

 ぎゅうっとまた抱きしめてくる。ぶかぶかの上着を羽織らされたままなので、硬い布地ごしに体温が伝わってきた。首筋にかかる、熱い吐息。そういえば、先ほどまで着ていた服はどこにいったのだろう。あ。文机の下にあった。

「それは良かったけど……このままだと風邪引いちゃう。だから、」

「寒いか」

 抱きしめる腕が強くなった。上着の隙間から、熱い手が入ってくる。

「あ、ちょ、おーりっ」

「温めてやる」

 忘れていた。このひとは自分の都合の良いことでも反応が素早い。揚げ足取りの達人とも言う。

 結局、書斎から出られたのは夕飯時だった。お茶を持って来たのはお昼どきだったのに。



ぎい


 開かれた、扉。そこから出てきた男は、肩にひっかけたままの上衣を羽織り直しながら、後ろ手に扉を閉める。そしてすぐ傍の手すりに置いてあった盆を手に取り、また扉を開けようとして。

「なんだ、小僧。そこで何をしている」

 階段の踊り場から、こちらを見上げる存在に気づいた。

「……」

「まだ夕食には早いだろう。部屋に戻ってとっとと寝ていろ」

「……」

 無言のままの存在に、気を悪くした風でもなく。男はそのまま盆と共に部屋に戻った。


ばたん


「……」

 沈黙したまま、扉の閉まった部屋を見上げる小さな子供。男と同じ髪と、瞳と、顔立ちと。……同じ感情を持つ、少年。

「――、」

 少年の唇が、わずかに動く。それは、

「…ら、」

 言ってはいけない、


「り、ら、」


 愛のことば、だった。



リインライン=シルフィード(リラ)・・・アルセイドの祖母で、母。霊力も魔力もなんにも持ってない只の人間。しかし「そのせいで」人外的なもの、特に霊獣の雄やエルフの男性に無条件で好かれる傾向にあった。本人が非常に若い母親であったこと、第一子が特性持つエルフの男子であったことなどが災いし、かの暴走を引き起こしてしまう。しかし本人は最期まで真相を知らず、心穏やかに生涯を終えたことだけが、幸せであったともいえる。


ティリオがどう暴走してしまったのかは、拙作「丁香花の君」参照でございます。

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