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我輩は騎獣である  作者: KEITA
第四章
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「…………」

 本日も茶請けが美味い。昨日から冷暗所にて冷やし固めておいた「ふるうつぜりい」、暑い真夏の午後には最適である。つるりとした喉越しと染み渡る果汁の甘み、至福のひとときだ。

「…………」

 ここ数年、みずから加工甘味を製作することを覚えた。人型の感覚にも慣れてきて、細かく複雑な作業でも、普通の人間が出来る程度ならこなせるようにもなったのだ。食肉を扱わない簡単な料理や甘味製作などがその一環である。

「…………」

 調整者どのの家業を手伝っていた際にも感じたが、みずから糧を得る二本足独自の工程は至極興味深い。獣時の食物採取とはまた違った感慨がある。

「…………」

 しかし、我ながらこの「ぜりい」は渾身の出来だ。寒天の配合分量が最適、且つ中身に投入した果実も絶品だ。丁寧に皮を剥き見目良く切って形良く配置しておいたのが功を奏している。素材といい工程といい見た目といい、諸々の妙が見事としか言いようが無い。

「…………」

 先日製作した「あっぷるぱい」も上出来であった。調整者どのからいただいた米粉、それを用いて製作した卵を使わない「くっきい」も同じく。我ながらなんという才能だろう。

「…………おい、」

 これはもう、人間の界隈にて専門甘味店を開くしかないのでは。むしろ人界での生業としてしまえば、界隈で必要な金銭を自力で得ることが可能だ。これぞ、立派な自立の道がひとつではないか。我輩自身が楽しめるうえに、我輩のように動物の食肉を受け付けぬ人間や獣(人型変化可能種に限る)にとっても良い効果を生むのでは。

「…………おいってば、」

 ああ、なんと素晴らしき思いつきだろうか。このような可能性を見出してくれた存在に、改めて感謝せざるを得ない。我輩の道を皓々と照らしてくれた、かの存在に。

「…………おーい、」

 感謝する――人界の加工甘味よ。甘味礼賛。甘味万歳。


「そこの生命礼賛的な顔でゼリー礼賛してる人外イケメン。お前も騎獣なら騎者に優しくしろよ。無視シナイデ」


「却下する」

 ごくん、と果肉を飲み込んでから言い放つ。眼前の卓上に突っ伏していた黒髪ががばりと起き上がり、叫んだ。

「は、ハクジョーだなッそれでもイヴァか! てめえの魂の相棒が傷ついてんだぞ!? ブロークンハートになってんだぜ!? 優しくしろよッせめて『どうした』くれーは聞けッ」

「却下する。今はぜりいを食することが肝要」

 硬い金属の匙でぷるぷるの表面を削りながら、言い放つ。眼前に迫っていた象牙色の顎が、ぶるぶると何かに打ち震えた。

「ボケとしての『どうした』も却下、だと……? なんという……おま、なんというッ」

 見損なったぜリョク、と吐き棄てる人間の若者。緑の瞳が憤慨に歪んだ。

「こんな冷てえ前フリ殺しが俺の騎獣だなんて、世も末だな。信じらんねえ。マジあり得ねえ。せめてボケはボケなりにボケ倒せよ。天然じゃねえお前なんざ只のイケメンだ。世の中のフツメン及び非イケメンに火あぶりにされろや」

「……」

騎者ツッコミのキモチを汲み取れねえで何が騎獣ボケだ。キズツイタ相棒を放っておいて、平然としてるなんてイヴァのカザカミにも置けんわ」

「……」

「あーマジ信じられん。優しいボケの手を差し伸べもしなけりゃ気遣いもしねえとは。せめて『ぶろうくんはあとな騎者どのに我輩の作ったぜりいを進ぜよう★』とか言ってくれりゃまだ赦せんのに」

「……」

「……おい、」

「なんだろうか」

「頼むから無視しないでクダサイ。構ってクダサイ。ゼリー横取りしませんからおいらを慰めてクダサイ。頼んますリョク様」

 いつの間にかまた卓上に突っ伏していた黒髪から、呻きに埋もれた低い声が聞こえた。心持ち涙声でもある。やっと本音が出たか。

「――」

 ことん、と匙を食べかけのぜりいの横に置く。首筋で纏めてはいるが、胸元に垂れてきていた深緑の髪をひょいと後ろに流した。人界にいる間はなるべく人型で過ごすようにしているので、ここ数年で人間らしい仕草も板についてきた。

「騎者どの」

 眼前には、突っ伏したままの黒い短髪。首元が自由なので、暑気あふるる夏は至極涼しそうな風情である。我輩も同じように短く切ろうとしたこともあるが、本性時の鬣と同調していることに気づき瞬時に諦めた。人型から元の姿に転じたときの惨事が容易に想像出来たからである。そういうわけで泣く泣く鬱陶しい髪を切ることを諦め、毎日紐で纏めて生活している。しかし髪を切れずにいるものにとって、髪を自在に切ることの出来るものは羨望の対象であると同時に微妙な嫉妬の対象でもある。そのせいもあって、彼に対する態度が半端になっていたかもしれない。無論、ぜりいも横取りされたくなかったし。

 涼しそうな短髪から、涼しげでない声がじめじめと響く。

「……今のおいら、めっちゃへこんでるんです。もー色々余裕ねえくらいべこべこなんす」

「――」

 溜息をつきたくなったが、さすがにこらえた。眼前の若者はだいぶ参っている様子だったので。

「――しかれど騎者どの、」

 人間がするように卓に腕をつき、彼に言う。

「これで何度目か。騎者どのが雌に振られたのは」

「振られたって言うんじゃねえ」

「事実であろう」

「事実ですね、はい」

 ううう、と呻き声。今回の別れはまた、相当後味が悪かったらしい。

「ここ四十年余り、つがい候補を定めること三十人以上、そのすべてと交渉が決裂したことは我輩とて知っている」

「改めて言われるとグサっとくるけど事実ですので否定はしませんリョク先生」

「けれど、そのすべては『仕方ない』ことであると騎者どの自身が言っていたであろう。今回もその一環ではないのか」

 我輩は人界の通識には慣れてきたが、未だ人間の細かな機敏が――目に見えぬ感覚というものが、把握し切れていない。雄と雌の、いや男と女の間柄などがそうだ。

 人型種族のつがい決め――婚姻というものは、獣にとって理解が及ばない。なぜ、つがいとなるまで長い期間を置くのであろう。出逢ってからすぐにわかるはずだ、つがいとなれる見込みの有無など。見込みがあるのならわき目も振らず、なんとしてでもつがいとなってもらうよう働きかけるべきだ。そして見込みが無いのなら、すっぱりと諦めるべきだ。それが雄というものではないのか。しかし、人間はその辺りの感覚が我らと異なるようだ。つがいとなる目的でなく秋波を送ったり、つがいでない相手にも欲情したりする。騎者どのに言わせると、「イロイロある」からやはり「仕方ない」のだそうだが。

 その「イロイロ」が、我輩にとってはやはり理解が及ばない。この辺りが獣とひととの大きな違いであると感じる。

「我ら一族や天の獣の多くは、つがい以外の者とは一切性交渉はしない。しかし騎者どのら人間にとっては、複数の相手を渡り歩いてからつがいを取り決めてゆくことが通識だとは把握している」

「……まあ全員が全員そうってわけじゃないけど。俺だって年頃の男ですから? 長く生きてる分それなりの付き合いってのはこなしてきたし、一応非童貞なんですよ読者様?」

「騎者どの、誰に向かって注釈している」

「とにかくさ、カノジョが出来て付き合って別れて~ってのはいつものことだよ、うん。『仕方ない』別れなんざ腐るほどあった。それは否定しねえよ。でも、今回ばっかりはちょいダメージきつかった」

 だはあ、と人間の若者は溜息をついた。卓に押し当てたままの頬に、皺が寄る。

「――最近付き合ってたコがさ。結構イイ感じだったんだ。もしかしてこのコとならうまくいくんじゃねえかなって思えるくらいに」

「ふむ」

 つがいとなるには、最適と言っていい相手だったそうだ。しかし。

「けどそのコはさ。結婚に『普通』を見てるコだったわけ。『普通にいいひとと結ばれて、普通に子供を産んで育てて、普通に年を取って』ってのをさ」

「? それが何か問題でもあるのか」

「…………『普通』ってさ、俺には程遠い言葉なんだよね」


『普通の家庭を作りたいの』

 彼女はそう言ったそうだ。


「それ聞いちゃったら俺はどうしたらいいの」

 癖の無い黒髪、その脇に投げ出された手の平が握り締められる。いつの間にか、声は完全に涙声と化していた。

「だって、俺はフツウの人間じゃないんだからさ、フツウの家庭作れるわけないじゃん」

「騎者どの、」

「俺、それ聞いたときに確信しちゃったんだよね。ああ、このコとは結婚出来ないって」

 我が騎者どのは、基本的には強かな性質である。割り切りも早く、図太いと称してもいい。だが、それはあくまで自分自身だけの話だ。他人が――特に、雌が傷つくと判断した瞬間、彼は自分がどんな状態であろうと進むことを止めてしまう。ひたすらに相手を慮って。

 彼は、優しすぎる雄なのである。


「『普通』を望む人間と結婚なんて、出来ねえんだよ俺は」


「――」

 せっかく冷やしておいたぜりいが真夏の暑さに温まってしまったことに、我輩は気づいていなかった。




 今更であるが、騎者どのの実年齢は通常人間のそれではない。精霊族の基準からしても途方も無い。残りの命数など、到底わからない。何せ生まれてから二千五百年ほどでようやく青年程度の体躯なのだ。これからどのように老化が為し得てゆくのか、どの程度生きるのか。想像も出来なければ予測もつかない。騎者どののような生き物は、比類するものがまったくいないに等しいからだ。


 我輩は今年で二百と二十八の齢を数える。一族の年代でいうなら若者世代中間地点にあたり、身体的にも成獣の只中といった案配だ。そろそろつがいを定め、早いものなら仔を為しても良い頃合いとも言える。

 騎者どのも、大体ではあるが我輩と似たか寄ったかな年代であるらしい。邂逅してから早四十年以上、見かけや身体能力は例にもよって出逢った時分からほぼ変わらない。しかれど、中身はそれなりに歳月を重ねた雄のそれであり、彼もそろそろつがいを定め、家庭を持ちたいと欲しているのだそうだ。

 しかし。

「考えてみろよ。俺、自分でも自分の寿命よくわかんねーんだぜ」

 今現在の齢数からしてとてつもない。

「俺の年齢……じいさんの言ってたことがホントならさ、今年で2564歳になるっぽいんだよな」

 桁からして凄まじいと言うしかない。既に、並みの精霊族以上に生きていることとなる。

だが。

「信じられるかっての、なあ?」

 騎者どのは、把握が出来ていないのだ。己の実際年齢たる、経験を。幼生期が長く、物心ついた時期が遅かったがため、半生における大半の記憶が残っていないのだ。これまでの成長過程では精神的に楽であったかもしれないが、成長しきった今となってはその事実に慄きがあるのだろう。そしてそれゆえ、これからの人生にも不安が残る。

「自分がこれからどんだけ生きるのかもわからねえんだ。……俺自身はただの人間で、エルフじゃねえのにな」

 彼自身、長命種たる妖精の一族ではないのに。見かけは人間そのもので、持ちうる能力も高いことは高いがあくまで人間の域を出ない、中間的器の生命体に過ぎない。……ただ、成長速度と老化が、人外的なだけの。

「別な言い方すれば、半端モンなんだよな、俺」

 あえて称するのなら「エルフの寿命を持つ人間」。それが、アルセイド=リラ=イヴァニシオンという男なのである。そしてかのような生き物は、永い歴史においても前例が皆無といっていい。

「まー生い立ちからしてアレだから、他に似たような例が無いってのも頷けるんだけど。それにしたってこんなカラダ、予測がつかねえにも程があるよな。じいさんも周りのひとも相当苦労しただろーとは思うよ。俺にイロイロ伏せなきゃいけなかっただろうし。――母さんも、」

 母譲りだという緑の瞳が、瞬く。記憶の無い、大切なひとを思って。

「母さんも、俺を産むときすげえ苦しんだんだって。じいさん曰く」

「騎者どの、」

 エルフの寿命持つ人間の若者は、寂しげに笑った。

「だからさ。俺が今苦労すんのは、当然なんだよ。これまで色んなひとに苦労を肩代わりさせてきたわけだかんな。しゃーないしゃーない」

「……」

 これもまた母譲りだという癖の無い髪に指が差し込まれ、さらりと音を立てた。祖父譲りの象牙色の肌と絡まる、漆黒。彼にとってのいとおしい色彩を併せながら、亡き家族への思いを言の葉に載せる。

「あの世のじいさんに早く、俺の嫁さん紹介してやりてえけど。世の中そう簡単にはうまくいかねえもんだな」

「……」

「あーどっかにいねえもんかな。寿命が自分でもよくわかってない不気味野郎と結婚しても傷つかなそーな、図太い女のコは」

 何も、言えなかった。我輩はやはり、一介の騎獣に過ぎないので。

 彼の憂いを解消してくれるのは、彼のつがいとなるものだけなのだ。その存在が彼の前に現れるまで、誰も彼を救ってくれない。家族と死に別れ、新たな家族を欲し、家庭を欲する彼の願望は、果たされない。

(はやく、)

 騎者どののつがい。いや、彼の人生の伴侶どのと称すべきか。かの存在が彼と出逢うことを、我輩としても願うしかない。

(伴侶どの。はやく、騎者どのの前に現れてくれ)

 そうしなければ、彼はかたちある幸せをつかめない。「今の現状で満足」という強がりを発するには、あまりにもこの若者は人生が長すぎる。これから先、独りとなってしまうだろう時間が多すぎる。我輩は只の騎獣であるゆえ、真なる意味での彼の家族にはなれない。

 複雑難儀な彼を受け止め、受け入れてくれる存在。それが早々に現れてくれることを、願うしかない。


「騎者どの、温くなってしまったがぜりいを食するか?」

「なんだよ、急に。自分で作ったおやつ横取りすると怒るくせに。『我が一族にとって自ら確保した食物は幼仔かつがいにしか分け与えないことが通識ゆえ』とかのたまったくせに」

「今の騎者どのはある意味幼子ゆえ」

「言いやがったな。覚えてやがれこの外見詐欺的甘党野郎」

「要らぬのか」

「要りまっす!」



※アルセイドくんの年代目安

赤ん坊・・・0~350歳くらい(勿論記憶なし)

幼児期・・・400~1200歳くらい(ぜんぜん記憶なし)

少年期・・・1300~1900歳くらい(やっと物心ついてこの時期から記憶有り)

青年期・・・2000歳前後~(とりあえず自分がどういった存在なのかやっと把握)←今ここ


誰かさんの子育ての苦労が窺えます。


※イヴァの年代目安

赤ん坊~よちよち歩き・・・0~10歳(母親の乳及び一定以上の霊気栄養が必要)

幼児期・・・20~40歳前後(雌はここで大抵身体が成長し尽くす)

少年少女期・・・40~70、80歳前後(個体差あり、雄はやっとここで身体が成長)

青年期・・・100歳前後~(これも個体差あり、背の疼きが最も激しい頃)←リョクは今ここ

中年期・・・400歳前後~(寿命の短いものはここでダウンし始める)

老年期・・・600歳前後~(イヴァの平均寿命。元気なものはまだまだ元気)

長老期・・・1000歳以上(ここまで到達する例はあまり無い)


リョクはこの時点で20代半ばくらいの若者で、アルセイドも(年こそ重ねてますが)同世代的な感じ。群れで一番年長だったリョクの養父どのと養母どのは、600歳前後の典型的健康優良体イヴァ。本当ならお年寄り世代なんだけど、まだまだ繁殖出来るくらい元気でした。

やはり精霊族なので、環境及び精神状態が成長速度や老化に大きく関わるようです。

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