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我輩は騎獣である  作者: KEITA
第五章
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五章・序

 物事が動くときのきっかけは、往々にして訪れるものでもある。


「――久しぶりだね、翼無き我が親友よ。いや、今はリョクと呼んだほうがいいのかな?」

 天にまた舞い戻った我輩を迎えてくれる、天使の若者。肩を越すほどまで伸びた陽光の髪は、あの日から変わらず水色の紐で結わえられている。少し伸びた体高にまとう衣は、最初の出逢いとは違った形状だ。

「どちらでも構わぬ。翼ある我が親友よ、息災であったようで何よりだ」

「お互いにね」

 柔らかく微笑み、順大天使となった青年は我輩を自宅に招きいれた。




 馴染みの香りと、馴染みの空気。そして、馴染みの友。

「人界にはもう慣れた?」

「人型でなら、人間の界隈で不自由無く暮らせる程度には」

「そっか。君の騎者は――アルくんは元気?」

「うむ。……昨今は少々悩みもあるようだが、身体的な意味ではこれ以上無いほどに息災である」

「そっか」

 とぷとぷと注がれる、熱い湯。百年前までの時分においては口内に通すこそすら出来なかった温度も、今では息を吹きかけ軽く冷ましさえすれば体内に取り込むことが可能となった。人型とは至極、便利なものなのだ。

「その姿もだいぶ、様になってきたねえ。最初はおっかなびっくりだったのに」

「言ってくれる」

「はは。人間の感覚で言うなら相当な美男にあたるから、女性にモテるでしょ?」

「人間の雌と相性が良いのは認めるが、相手によっては困惑することも多々ある。昨今の『にくしょくけいじょし』は凄まじいものだ」

「あはは。それアルくんの受け売りだね」

 我輩と同じように茶器を傾けながら、今や天全体においても知られる天使となった友は軽く笑い声をあげた。

「それにしても。もうきみと出逢ってから百九十と三年にもなるのか。年月が経つのは遅いようでいて早いもんだ」

 我輩や騎者どのまでとはいかないが、今や彼もそこそこ上背のある青年だ。長く伸びた髪と形状の変わった衣が、その身長と共に年月を感じさせる。そして勿論、持つ空気も。我輩と共に上層を駆け回っていた頃は、まだまだ頼りなげな若者という風情であったのに。

 今はというと、優しい根本の気質はそのままに、より物事に動じない落ち着きを手に入れたように思える。

「その間、色々なことがあったな。良いことも、悪いことも。君が人界に行くようになって、そうやってすっかり人の形体にも慣れていって。天界もね、君がいない間ちょっとずつ色んなことが変容したんだよ。キュリス様も、俺も、――サリアも、それぞれが変わった」

 ふと、晴天の瞳が細められた。今ここにいない魂の片割れ、それを思い起こしているのだろう。

「……黒き天使どのは、今は最上層にいると聞いたが」

「……うん。もう戻ってきてもいい頃合いだと、思うのだけど。ひょっとしたらまだかかるかもしれない。場合によっては俺が消滅するまで、戻ってこないのかも」

「そんなことはなかろう。消極的な思考を長く保たせるのは、あまり良い傾向とはいえない」

「はは、そうだね」

 寂しげに微笑む、白き天使。未熟な頃は持っていなかったものを手に入れた彼ではあるが、同時に失ったものもあるのだ。特に、以前は存在していた楽観的面持ちが、その常から殆ど消えたように思える。……代わりに在るのは、憂い。時折夏の太陽を遮るような、薄い雲。夕立を予感させるかのような。

 彼の相棒たる彼女は、十数年ほど前に起きたとある事件により内在霊気が著しく損なわれ、消滅の危機に陥った。そして今は「親」たる天使の元に戻り、魂から修復の真っ最中なのだそうだ。

「俺の、せいでもあるから。少々の寂しさは我慢しないとね。俺に出来ることは、今出来ることをしながらサリアの帰りを待つことだけだから。――本当はかなり、心細いのだけど。生まれたときからずっと当たり前みたく一緒にいたからなあ。彼女がいなくなるのがこんなに寂しくて……苦しいとは、正直思わなかった」

「――」

 夏の晴天がわずかに伏せられる。秋の晴天を想って。

「本当に大切なものはいつだって、あとから気づくんだ。失ってしまう前に気づけて良かった。まだ、挽回の余地があるから」

 そう考えるしかないんだろうね、と言いながら新たに茶を注ぐ彼の首元に、ひとひらの黒い羽毛。彼女が彼に残していった、とある証でもある。

「天界も人界も、そういったわけでちょっとずつ変容していってる。棲んでいるものや暮らしているもの、世界を模っているものが変わるだけで、世界自体も変わってゆくんだ。例え変わって欲しくないものでも、変わりたくないと望むものでも、変わっていってしまう場合もある」

 棲家も家具も内部の匂いも変わっていない。しかし家主の様はだいぶ変わった。百九十年前からするとだいぶ様変わりしてしまった光を空色の双眸に浮かべながら、彼は茶器を我輩に手渡す。

「本当はもっと早く報せたかったんだけど、君は人界にて模索の最中だったし、天にも滅多に戻ってこなかったから中々タイミングが合わなかった。……今更だけど、遅くなってごめん」

「我が友が謝る必要は無い。不可抗力ゆえ」

「そうだね。でも、俺がもっと早く力をつけていれば、もっと早く『使役』を生み出せたのかなとも思うから」

 我輩が天に舞い戻ってきたのは、友から直々に報せたいことがあると、彼の「使役」から言伝を受けたためである。

「報告だよ。しかも、悪い報せだ。俺たちにとっても、君たち一族にとっても」

 茶器を置き、彼の視線を受ける。いかな報せでも、聞き入れる覚悟はある。天の獣として、誇り高き強き脚の一族として。なるべきことをなすために、今ある現状を受け止めなければならない。


「新たな失踪者が、出た」


 暗闇が周囲を押し包んでいようとも、あがき続けなければならないのだ。




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