第99話 四天の激怒――黒獅子、銀月、黒狼、白銀の女帝
第99話 四天の激怒――黒獅子、銀月、黒狼、白銀の女帝
王国暦八二一年、秋月二十四日。
王立アストレア学園。
第五演習区域、地下遺跡。
「……レオン」
低い声が、響いた。
俺――レオンハルト・ヴァルディスは、ゆっくりと顔を上げた。
そこには。
父上アルフォンス。
母上エレオノーラ。
レオナード叔父上。
イザベラ伯母上。
四人が、立っていた。
「……父上」
俺は、静かに呟いた。
「……母上」
母上が、駆け寄ってきた。
「……レオンちゃん!」
そして。
俺の肩を抱き締めた。
「……無事なのね……!」
「……はい」
俺は、頷いた。
「俺は、大丈夫です」
だが。
母上の視線が、俺の背後へ向いた。
そこには。
血に染まったシャルロット。
そして。
意識を失ったルシウス。
「…………」
母上の動きが、止まった。
「……シャルロットちゃん……?」
その声が、震えた。
「……ルシウスちゃん……?」
次の瞬間。
レオナード叔父上が、駆け寄ってきた。
「……シャルロット!?」
彼は、娘のそばに膝をついた。
「……おい……」
その声は、普段の明るい叔父上とは、まるで違っていた。
「……シャルロット……!」
シャルロットが、かすかに目を開けた。
「……お……父……様……」
「……っ!」
叔父上の顔が、歪んだ。
「……誰が、こんな……」
その隣で。
イザベラ伯母上が、ルシウスを抱き起こした。
「……ルシウス……?」
返事はない。
「……ルシウス……!」
伯母上の声が、震えた。
「……私の……息子……」
そして。
彼女は、ゆっくりと顔を上げた。
その紫色の瞳には。
氷のような怒りが宿っていた。
◇
「……レオン」
父上アルフォンスが、静かに口を開いた。
「……何があった?」
俺は、深く息を吸った。
そして。
すべてを話した。
演習中に発生した異常。
本物の魔獣。
暴走した魔導装置。
古い封印術式。
そして。
シャル姉とルシウスが、仲間を守るために戦ったこと。
「……二人は」
俺は、唇を噛んだ。
「……最後まで、逃げませんでした」
父上は、黙って聞いていた。
「……ルシウスは、中等部の仲間を守って」
「……ああ」
「……シャル姉は、ルシウスを守って」
俺は、拳を握った。
「……俺が、もっと早く気づいていれば……」
その瞬間。
父上が、俺の肩に手を置いた。
「……レオン」
「……はい」
「顔を上げろ」
俺は、ゆっくりと顔を上げた。
父上は、真っ直ぐに俺を見つめていた。
そして。
静かに言った。
「……よく、二人を守った」
……っ。
俺は、息を呑んだ。
「……父上……」
「お前がいなければ、もっと多くの命が失われていたかもしれん」
父上は、静かに続けた。
「……だから」
その声が、少しだけ柔らかくなる。
「……あとは、我らにも背負わせろ」
……。
胸の奥が、熱くなった。
俺は、ゆっくりと頷いた。
「……はい」
◇
そのとき。
母上が、静かに立ち上がった。
「……アルフォンス」
「……ああ」
「……まずは、二人の治療を」
「……頼む」
母上は、両手を広げた。
「《銀月天輪》」
銀色の魔法陣が、地下遺跡を包み込む。
次の瞬間。
無数の銀色の光輪が、シャルロットとルシウスの周囲に浮かび上がった。
「……レオンちゃん」
「……はい」
「あなたの《神光・創世聖柱》を、もう一度お願い」
「……分かりました」
俺は、右手を上げた。
黄金の光が、二人を包み込む。
母上の精密魔法。
そして、俺の神魔法。
二つの力が、重なり合う。
「……よし」
母上が、静かに呟いた。
「……赤黒い魔力の干渉が、弱まっているわ」
その隣で。
イザベラ伯母上が、両手を広げた。
「《白銀絶界》」
銀色の結界が、二人を包み込む。
外部からの魔力干渉を遮断し、治癒を安定させる。
「……これで」
伯母上が、静かに息を吐いた。
「……少しは、楽になるはずよ」
レオナード叔父上は、娘の手を握っていた。
「……シャルロット」
彼の声は、震えていた。
「……よく、頑張ったな」
シャルロットが、かすかに微笑んだ。
「……お父……様……」
「……もう、無理しなくていい」
叔父上は、静かに答えた。
「……あとは、俺たちに任せろ」
その瞬間。
シャルロットの瞳から、涙が零れた。
◇
治療が一段落すると、父上が立ち上がった。
「……レオン」
「……はい」
「……装置は?」
「……停止させました」
「……証拠は?」
俺は、静かに頷いた。
「……残してあります」
父上の瞳が、鋭くなった。
「……よくやった」
そのとき。
リゼットが、一歩前に出た。
「……アルフォンス公爵閣下」
「……何だ?」
「……術式の改変痕跡と、魔力の流れを記録しています」
父上は、彼女を見つめた。
そして。
「……感謝する」
静かに頭を下げた。
リゼットが、慌てた。
「……い、いえ!」
「……お前たちが、二人を守ってくれた」
父上は、真っ直ぐに答えた。
「……そのことを、忘れん」
◇
その頃。
学園本館。
緊急会議室。
学園長。
運営委員会。
生徒会。
そして、王国教育評議会の関係者たちが集まっていた。
「……重大事故です!」
教師が、叫んだ。
「……負傷者多数!」
「……原因は!?」
「……現在、調査中です!」
そのとき。
会議室の扉が、開いた。
ギィィ……。
入ってきたのは。
アルフォンス・ヴァルディス。
その背後に、エレオノーラ。
レオナード。
イザベラ。
そして。
俺――レオンハルト。
……空気が、変わった。
誰も、声を出せない。
父上が、静かに口を開いた。
「……学園長」
「……は、はい!」
「……説明してもらおう」
その声は、低かった。
だが。
怒鳴ってはいない。
むしろ。
恐ろしいほど、静かだった。
「……なぜ」
父上が、一歩前に出る。
「……我が一族の子供たちが、血を流すことになった?」
……沈黙。
学園長の顔から、血の気が引いた。
「……そ、それは……」
「……答えろ」
父上の声が、さらに低くなる。
その瞬間。
会議室の空気が、震えた。
《黒獅子》。
王国最強の剣士。
その威圧が、部屋全体を包み込んだ。
「……アルフォンス」
母上が、静かに声をかけた。
「……落ち着いて」
「……ああ」
父上は、ゆっくりと息を吐いた。
だが。
母上の瞳も、冷たく輝いていた。
「……ただし」
彼女は、学園長を見つめた。
「……私も、納得できる説明を聞きたいわ」
その声は、優しかった。
だが。
誰もが、背筋を凍らせた。
◇
レオナード叔父上が、一歩前に出た。
「……ユリウス・ファルケンハイン」
その名が、会議室に響いた。
ユリウスが、静かに立ち上がる。
「……はい」
「……お前が、今回の運営責任者だな?」
「……その通りです」
叔父上は、彼を見つめた。
そして。
「……なら、説明してもらおうか」
その声には、怒りが込められていた。
「……俺の娘が、なぜ重傷を負った?」
ユリウスは、しばらく黙っていた。
そして。
「……現在、原因を調査中です」
静かに答えた。
だが。
その言葉に。
叔父上の瞳が、さらに鋭くなった。
「……調査中?」
「……はい」
「……そうか」
叔父上は、ゆっくりと頷いた。
「……なら、俺たちも調べる」
その声は、恐ろしく静かだった。
◇
イザベラ伯母上が、最後に口を開いた。
「……学園長」
「……は、はい!」
「……私の息子は、十三歳です」
……沈黙。
「……中等部二年生の、まだ十三歳の子供です」
伯母上の声が、静かに響く。
「……その子が、なぜ本物の魔獣と戦わなければならなかったの?」
誰も、答えられない。
「……なぜ、安全装置が作動しなかったの?」
沈黙。
「……なぜ、前回の異常が調査中なのに、再び同じような演習が行われたの?」
学園長の顔が、青ざめた。
伯母上は、静かに微笑んだ。
「……説明していただけるかしら?」
その笑顔は。
誰よりも、美しく。
そして。
誰よりも、恐ろしかった。
◇
会議室の中央。
俺は、静かに立っていた。
父上。
母上。
叔父上。
伯母上。
四人が、俺の前に立っている。
……頼もしい。
そして。
……怖い。
正直に言えば、少しだけ。
だが。
それ以上に。
胸の奥が、温かかった。
……俺は、一人じゃない。
そう思った瞬間。
父上が、こちらを振り向いた。
「……レオン」
「……はい」
「……お前は、もう十分に戦った」
……。
俺は、静かに頷いた。
「……はい」
父上は、再び会議室を見渡した。
そして。
低い声で告げた。
「……これより、ヴァルディス家は正式に動く」
その瞬間。
会議室の空気が、凍りついた。
「……今回の事件に関与した者は、身分に関係なく調査する」
母上が、静かに続けた。
「……証拠を隠した者も」
レオナード叔父上が、言った。
「……責任を逃れようとした者も」
そして。
イザベラ伯母上が、最後に告げた。
「……誰一人、見逃しません」
……沈黙。
誰も、声を出せなかった。
その日。
王立アストレア学園を舞台にした一つの事件は。
やがて。
王国貴族社会そのものを揺るがす、大きな嵐へと変わっていく。




