第100話 黒獅子の宣告――王国を震わせる四つの怒り
第100話 黒獅子の宣告――王国を震わせる四つの怒り
王国暦八二一年、秋月二十五日。
王都、王城。
緊急王国審問会議。
王国の重鎮たちが、一堂に会していた。
宰相。
司法卿。
教育評議会議長。
近衛騎士団長。
そして、王国貴族院の代表者たち。
通常であれば、国家の重大な政策を決定する場。
だが。
今日、ここに集められた理由は、まったく違っていた。
王立アストレア学園で発生した、重大事故。
その被害者。
シャルロット・ヴァルディス。
ルシウス・シルヴェイン。
二人は、いずれも王国有数の名門貴族の子弟。
そして。
黒獅子アルフォンス・ヴァルディスの一族だった。
「……本当に、四人全員が来るのか?」
一人の貴族が、震える声で呟いた。
「……ああ」
隣の男が、顔を青ざめさせた。
「……黒獅子、銀月の魔女、黒狼、白銀の女帝」
……沈黙。
「……王国最強の四人が、同時に怒っているらしい」
その言葉に、誰も答えなかった。
なぜなら。
その四人が本気で怒ったとき。
何が起こるのか。
誰も、想像したくなかったからだ。
◇
「……陛下、ご入場!」
衛兵の声が響いた。
扉が開く。
現れたのは、国王アレクシス・ルミナス。
その背後には、王太子アドリアン。
国王は、静かに玉座へ座った。
「……皆、集まったな」
「……はっ!」
重鎮たちが、一斉に頭を下げる。
国王は、静かに頷いた。
そして。
「……では、始めよう」
その瞬間。
会議室の扉が、再び開いた。
ギィィ……。
入ってきたのは。
アルフォンス・ヴァルディス。
黒髪。
鋭い眼光。
王国最強の剣士。
《黒獅子》。
その背後に。
銀髪を揺らす、エレオノーラ・ヴァルディス。
《銀月の魔女》。
さらに。
黒狼レオナード・ヴァルディス。
白銀の女帝イザベラ・シルヴェイン。
そして。
最後に。
俺――レオンハルト・ヴァルディス。
……空気が、変わった。
誰も、声を出せない。
父上たちは、ゆっくりと中央へ進んだ。
そして。
国王へ一礼する。
「……陛下」
父上が、静かに口を開いた。
「……本日は、我が一族のために、このような場を設けていただき感謝いたします」
国王は、頷いた。
「……アルフォンス」
「……はい」
「……余も、今回の件を重く見ている」
その声は、厳しかった。
「……王立学園で、子供たちが重傷を負った」
「……はい」
「……しかも、演習用の安全装置が正常に作動しなかったという」
父上は、静かに頷いた。
「……その通りです」
国王は、深く息を吐いた。
「……ならば、徹底的に調べねばならぬ」
「……陛下」
父上が、顔を上げた。
そして。
静かに告げた。
「……調査だけでは、足りません」
……沈黙。
重鎮たちが、息を呑んだ。
父上の瞳が、鋭くなる。
「……我が一族の子供たちは、血を流しました」
「……」
「……その原因を作った者が、単なる処分で済むとお考えなら」
父上の声が、低くなる。
「……私は、納得できません」
その瞬間。
会議室の空気が、震えた。
《黒獅子》。
その威圧が、室内を包み込む。
誰も、動けない。
だが。
国王は、静かに頷いた。
「……分かっている」
「……陛下」
「……余も、同じ考えだ」
国王は、真っ直ぐに父上を見つめた。
「……罪を犯した者には、相応の裁きを下す」
父上は、深く頭を下げた。
「……感謝いたします」
◇
「……それでは」
司法卿が、震える声で口を開いた。
「……関係者を、入室させます」
扉が、開いた。
そこから入ってきたのは。
ユリウス・ファルケンハイン。
グレゴール・ハインツ。
クラリッサ・ベルモンド。
そして。
アルベルト・レイフォード。
四人は、衛兵に付き添われていた。
ユリウスは、いつもの穏やかな笑みを浮かべている。
グレゴールは、険しい顔。
クラリッサは、青ざめていた。
そして。
アルベルトは、俺を睨んでいた。
……まだ、そんな目をするのか。
俺は、静かに彼を見つめ返した。
その瞬間。
アルベルトが、わずかに目を逸らした。
……。
俺は、何も言わなかった。
◇
「……ユリウス・ファルケンハイン」
父上が、静かに口を開いた。
「……はい」
ユリウスが、一礼する。
「……今回の演習を企画したのは、貴様か?」
「……はい」
「……安全管理の責任者も?」
「……その通りです」
父上は、静かに頷いた。
「……ならば、説明してもらおう」
「……何をでしょうか?」
その瞬間。
父上の瞳が、鋭くなった。
「……なぜ」
一歩。
父上が、前へ出る。
「……我が一族の子供たちが、重傷を負った?」
……沈黙。
ユリウスは、しばらく黙っていた。
そして。
「……現在、原因を調査中です」
静かに答えた。
だが。
その瞬間。
レオナード叔父上が、笑った。
……いや。
笑ったように見えただけだ。
その瞳には、まったく笑みがなかった。
「……調査中?」
「……はい」
「……そうか」
叔父上は、ゆっくりと歩み寄った。
「……俺の娘はな」
その声は、低かった。
「……十六歳だ」
……沈黙。
「……まだ、十六歳の女の子なんだよ」
ユリウスの表情が、わずかに変わった。
「……はい」
「……その子が」
叔父上の声が、震えた。
「……血を吐いて、倒れていた」
……。
「……俺が駆けつけたとき」
叔父上は、拳を握った。
「……娘は、俺の名前を呼ぶことすら、まともにできなかった」
その瞬間。
会議室の空気が、凍りついた。
「……それでも」
叔父上が、静かに呟いた。
「……貴様は、調査中の一言で済ませるつもりか?」
ユリウスは、何も答えられなかった。
◇
「……次は、私からよろしいかしら」
イザベラ伯母上が、静かに口を開いた。
国王が、頷く。
「……許す」
伯母上は、ゆっくりと前へ出た。
その手には。
一枚の布が握られていた。
……ルシウスの制服。
血に染まった、破れた上着。
伯母上は、それを机の上へ置いた。
……沈黙。
誰も、声を出せない。
「……これは」
伯母上が、静かに呟いた。
「……私の息子が、昨日着ていた制服です」
その声は、穏やかだった。
だが。
その瞳には、氷のような怒りが宿っていた。
「……ルシウスは、十三歳です」
……。
「……まだ、十三歳の子供です」
伯母上は、ユリウスを見つめた。
「……その子が、なぜ本物の魔獣と戦わなければならなかったの?」
ユリウスは、唇を噛んだ。
「……それは」
「……なぜ、安全装置が作動しなかったの?」
「……」
「……なぜ、前回の異常が調査中なのに、再び同じような演習を実施したの?」
……沈黙。
伯母上は、静かに微笑んだ。
「……説明していただけるかしら?」
その笑顔は。
誰よりも、美しく。
そして。
誰よりも、恐ろしかった。
◇
「……母上」
俺は、静かに声をかけた。
「……レオンちゃん」
母上エレオノーラが、振り向いた。
「……俺からも、話していいですか?」
母上は、少し驚いたように目を見開いた。
そして。
優しく微笑んだ。
「……もちろんよ」
俺は、ゆっくりと中央へ進んだ。
そして。
ユリウスたちを見つめた。
「……俺は」
静かに口を開いた。
「……自分が侮辱されることには、慣れています」
……沈黙。
「……俺に勝負を挑むのも、構いません」
俺は、アルベルトを見た。
「……俺を嫌うのも、自由です」
アルベルトが、唇を噛んだ。
だが。
俺は、続けた。
「……でも」
その瞬間。
背後に、小さな黒い星が浮かび上がった。
《黒星解放》。
会議室の空気が、静かに震える。
「……シャル姉とルシウスに手を出したことだけは」
俺は、低く呟いた。
「……絶対に、許さない」
……沈黙。
誰も、動けなかった。
俺は、ユリウスを見つめた。
「……あなたたちが、何をしたのか」
そして。
アルベルトを見た。
「……何を隠しているのか」
俺は、静かに告げた。
「……全部、明らかにします」
その声は、怒鳴っていない。
だが。
俺の中にある怒りは、消えていなかった。
◇
「……レオン」
父上が、静かに声をかけた。
「……はい」
「……もう十分だ」
俺は、振り向いた。
父上は、真っ直ぐに俺を見つめていた。
そして。
静かに言った。
「……お前の怒りは、正しい」
……。
「……だが」
父上は、俺の肩に手を置いた。
「……ここからは、我ら大人の戦いだ」
……っ。
俺は、息を呑んだ。
「……父上」
「……お前は、二人のそばにいてやれ」
父上は、静かに続けた。
「……我らが、必ず決着をつける」
俺は、ゆっくりと頷いた。
「……はい」
◇
そのとき。
母上が、静かに立ち上がった。
「……では」
銀色の髪が、ゆっくりと揺れる。
「……次は、私の番ね」
その瞬間。
会議室の空気が、変わった。
《銀月の魔女》。
王国最高峰の魔導師。
彼女は、机の上に一つの魔導結晶を置いた。
「……皆様」
優しい声。
だが。
その瞳は、冷たかった。
「……昨日の事件について」
母上は、静かに微笑んだ。
「……少し、興味深い証拠が見つかりましたの」
その言葉に。
ユリウスの表情が、初めて大きく変わった。




