第101話 銀月の断罪――逃げ道なき証拠と崩れ落ちる仮面
第101話 銀月の断罪――逃げ道なき証拠と崩れ落ちる仮面
王国暦八二一年、秋月二十五日。
王城、緊急王国審問会議。
「……少し、興味深い証拠が見つかりましたの」
母上エレオノーラ・ヴァルディスの声が、静かに響いた。
その手には、一つの魔導結晶。
銀色の光を放つ、小さな結晶だった。
「……それは?」
司法卿が、尋ねた。
母上は、優しく微笑んだ。
「……昨日の演習で使用された魔導装置の記録です」
……沈黙。
ユリウス・ファルケンハインの表情が、わずかに変わった。
「……記録は、一部消失していたはずですが」
母上は、頷いた。
「……ええ」
そして。
静かに続けた。
「……ですが、完全には消えていませんでした」
その瞬間。
ユリウスの瞳が、鋭くなった。
◇
「……レオンちゃん」
母上が、俺を呼んだ。
「……はい」
俺――レオンハルト・ヴァルディスは、一歩前へ出た。
「……リゼットさんと一緒に復元した記録を、皆様へ見せてあげて」
「……分かりました」
俺は、右手を上げた。
「《神光・創世聖柱》」
黄金の光が、魔導結晶を包み込む。
次の瞬間。
空中に、巨大な立体映像が浮かび上がった。
そこには。
第五演習区域の魔導装置。
そして。
三つの区域を結ぶ、魔力回路。
「……これは……!」
重鎮たちが、息を呑んだ。
俺は、静かに説明を始めた。
「……この装置は、本来、三つの区域を独立して管理する仕組みでした」
「……独立?」
「はい」
俺は、頷いた。
「……ですが、事件当日、三つの装置が互いに接続されていました」
その瞬間。
立体映像に、赤い線が浮かび上がる。
森林区域。
岩山区域。
地下区域。
三つの地点が、赤黒い魔力線で結ばれた。
「……誰かが、回路を書き換えたということか?」
司法卿が、尋ねる。
「……その可能性が高いです」
俺は、答えた。
「……そして」
右手を動かす。
映像が、拡大された。
「……この部分」
そこには。
安全停止術式を迂回する、細い魔力回路が存在していた。
「……本来なら、異常が発生した時点で装置は停止するはずでした」
……沈黙。
「……ですが、この回路があったため、停止しなかった」
国王が、眉をひそめた。
「……つまり」
「……はい」
俺は、静かに答えた。
「……誰かが、安全装置を無効化した可能性があります」
◇
「……異議があります」
ユリウスが、静かに口を開いた。
「……何だ?」
司法卿が、尋ねる。
「……その回路が、意図的に作られたものだという証拠はありますか?」
……なるほど。
そこを突いてきたか。
俺は、静かに頷いた。
「……確かに、今の映像だけでは断定できません」
ユリウスの口元に、わずかな笑みが戻った。
だが。
その瞬間。
母上が、静かに微笑んだ。
「……ええ」
そして。
机の上に、もう一つの魔導結晶を置いた。
「……だから、こちらも用意しましたの」
……っ!?
ユリウスの表情が、固まった。
母上は、静かに続けた。
「……これは、演習開始前の術式記録です」
「……開始前?」
「……ええ」
母上は、頷いた。
「……レオンちゃんたちが見つけた記録とは、別の保管庫に残っていたものです」
その瞬間。
空中に、二つの立体映像が並んだ。
一つは、演習開始前。
もう一つは、事件発生時。
そして。
二つの映像の違いが、明確に浮かび上がった。
「……っ!?」
司法卿が、息を呑んだ。
「……安全停止術式が、書き換えられている……!」
母上は、静かに頷いた。
「……その通りです」
◇
「……クラリッサ・ベルモンド」
母上が、静かに名前を呼んだ。
「……はい」
クラリッサが、一歩前へ出た。
その顔は、青ざめていた。
「……あなたは、今回の演習の記録管理を担当していましたね?」
「……はい」
「……では、この記録について説明できますか?」
クラリッサは、しばらく黙っていた。
そして。
「……できます」
静かに答えた。
ユリウスの表情が、わずかに変わった。
「……クラリッサ?」
だが。
彼女は、ユリウスを見なかった。
「……私は、演習開始前の術式記録を保管していました」
……沈黙。
「……そして、前回の異常反応が発生した後、安全管理の再確認を求めました」
司法卿が、頷いた。
「……その記録は?」
「……こちらです」
クラリッサは、書類を差し出した。
そこには。
安全管理上の懸念。
追加演習の延期提案。
そして。
運営責任者への報告記録。
すべてが、記されていた。
「……なるほど」
司法卿が、静かに呟いた。
「……つまり、危険性は事前に報告されていた」
「……はい」
クラリッサが、頷いた。
「……ですが、演習は実施されました」
その瞬間。
ユリウスの笑顔が、完全に消えた。
◇
「……ユリウス・ファルケンハイン」
父上アルフォンスが、静かに口を開いた。
「……はい」
「……貴様は、この報告を受けていたのか?」
ユリウスは、唇を噛んだ。
「……はい」
……沈黙。
「……それでも、演習を実施した?」
「……はい」
父上は、静かに頷いた。
そして。
「……なぜだ?」
その声は、低かった。
ユリウスは、しばらく黙っていた。
そして。
「……競技会の準備日程を優先したためです」
静かに答えた。
その瞬間。
レオナード叔父上が、笑った。
「……日程?」
……。
「……俺の娘が、血を吐いて倒れた理由が」
叔父上の声が、震えた。
「……日程だと?」
ユリウスは、何も答えられなかった。
「……ふざけるな」
叔父上が、低く呟いた。
その瞬間。
会議室の空気が、震えた。
「……俺の娘の命より、大事な日程があるのか?」
……沈黙。
誰も、声を出せなかった。
◇
「……次に」
母上が、静かに口を開いた。
「……魔導装置を起動した人物についてです」
その瞬間。
アルベルト・レイフォードの顔が、青ざめた。
母上は、彼を見つめた。
「……アルベルト君」
「……は、はい」
「……あなたは、事件当日、森林区域の魔導装置へ接近しましたね?」
「……っ!」
アルベルトが、息を呑んだ。
「……なぜ、それを……」
母上は、静かに微笑んだ。
「……魔力の痕跡が残っていましたの」
その瞬間。
空中に、アルベルトの魔力署名が浮かび上がった。
「……これは……!」
司法卿が、驚いたように声を上げた。
「……装置に、アルベルトの魔力が……!」
アルベルトは、拳を握った。
「……僕は……」
「……何をしたの?」
母上が、静かに尋ねた。
アルベルトは、しばらく黙っていた。
そして。
「……魔力増幅術式を、使いました」
……沈黙。
「……何?」
司法卿が、眉をひそめた。
「……なぜ、そんなことを?」
アルベルトは、唇を噛んだ。
「……レオンハルトに……」
……。
「……レオンハルトに、勝ちたかったんです!」
その声が、会議室に響いた。
俺は、静かに彼を見つめた。
……そうか。
やっぱり、そうだったのか。
◇
「……アルベルト」
俺は、静かに口を開いた。
「……何だ」
彼が、俺を睨んだ。
「……俺に勝ちたかったのか?」
「……そうだ!」
「……なら」
俺は、真っ直ぐに彼を見つめた。
「……俺に挑めばよかっただろ」
……沈黙。
「……俺は、逃げなかった」
アルベルトの瞳が、揺れた。
「……でも」
俺は、静かに続けた。
「……シャル姉とルシウスは、関係ない」
その瞬間。
背後に、小さな黒い星が浮かび上がった。
「……二人は」
俺は、低く呟いた。
「……お前の嫉妬のために、傷ついていい人間じゃない」
アルベルトの顔が、歪んだ。
「……っ!」
「……俺は、お前を何度も助けた」
俺は、静かに続けた。
「……それを、恩に着せるつもりはない」
……。
「……でも」
俺は、拳を握った。
「……今回のことだけは、絶対に許さない」
その声は、静かだった。
だが。
アルベルトは、何も言い返せなかった。
◇
「……グレゴール・ハインツ」
母上が、次の名前を呼んだ。
「……何だ」
グレゴールが、低く答えた。
「……あなたは、アルベルト君が魔導装置を起動したことを知っていましたね?」
「……ああ」
「……では、なぜ、すぐに停止させなかったの?」
「……止めようとした!」
グレゴールが、叫んだ。
「……だが、止まらなかったんだ!」
母上は、静かに頷いた。
「……そう」
そして。
「……では、その時点で、誰へ報告したの?」
グレゴールが、唇を噛んだ。
「……ユリウスだ」
……沈黙。
母上の瞳が、鋭くなった。
「……なるほど」
彼女は、静かに微笑んだ。
「……つまり」
「……?」
「……異常を知った時点で、学園の緊急停止権限を持つ教師ではなく、運営委員長へ連絡したのね」
グレゴールの顔が、青ざめた。
「……っ!」
「……なぜかしら?」
……沈黙。
誰も、答えられなかった。
◇
「……ユリウス・ファルケンハイン」
母上が、静かに口を開いた。
「……はい」
ユリウスが、顔を上げる。
「……あなたは、今回の演習を企画した」
「……はい」
「……安全管理の不備を知っていた」
「……はい」
「……そして、異常発生の報告も受けていた」
「……はい」
母上は、静かに頷いた。
「……では」
その瞳が、冷たく輝いた。
「……なぜ、すぐに演習を中止しなかったの?」
……沈黙。
ユリウスは、唇を噛んだ。
「……それは……」
「……答えて」
母上の声が、低くなる。
「……私の大切な家族が、血を流している間」
……。
「……あなたは、何をしていたの?」
その瞬間。
ユリウスの顔から、血の気が引いた。
◇
「……陛下」
父上が、静かに口を開いた。
「……何だ、アルフォンス」
「……これで、十分でしょう」
国王は、しばらく黙っていた。
そして。
「……ああ」
静かに頷いた。
「……今回の事件は、単なる事故では済まされぬ」
……沈黙。
「……安全管理の不備」
「……術式の無断使用」
「……記録の消失」
「……そして、重大な負傷者」
国王の声が、厳しく響いた。
「……すべて、徹底的に調査する」
その瞬間。
父上が、一歩前へ出た。
「……陛下」
「……何だ?」
「……我がヴァルディス家は」
父上の声が、低くなる。
「……この件に関与した者たちの背後関係も、調査いたします」
……沈黙。
「……ファルケンハイン家」
「……ハインツ家」
「……ベルモンド家」
父上は、一つずつ名前を告げた。
「……そして、関係するすべての者」
その瞬間。
会議室の空気が、凍りついた。
「……罪を犯した者は、身分に関係なく裁く」
母上が、静かに続けた。
「……証拠を隠した者も」
レオナード叔父上が、低く呟いた。
「……責任を逃れようとした者も」
そして。
イザベラ伯母上が、最後に告げた。
「……誰一人、見逃しません」
……沈黙。
誰も、声を出せなかった。
その日。
王国貴族社会を支えてきた三つの名門貴族家は。
自分たちの足元に、巨大な亀裂が走り始めたことを。
まだ、理解していなかった。




