第97話 黒星の怒り――誰が、俺の家族を傷つけた?
第97話 黒星の怒り――誰が、俺の家族を傷つけた?
王国暦八二一年、秋月二十四日。
王立アストレア学園。
第五演習区域、地下遺跡。
「……シャル姉!」
俺――レオンハルト・ヴァルディスは、叫んだ。
赤黒い光が、地下遺跡を包み込む。
その中心には、シャルロットとルシウス。
二人の姿が、光の中へ消えかけていた。
……間に合え!
俺は、右手を上げた。
「《神銀・絶対領域》!」
七色の結界が、二人を包み込もうとする。
だが。
その瞬間。
古い封印術式が、再び起動した。
バキィン!
結界が、弾かれる。
「……っ!?」
……何だ、これは!?
通常の魔法じゃない。
俺の神力に反応して、術式そのものが変化している。
……まさか。
俺を、狙っている?
そう考えた瞬間。
「レオン!」
シャルロットの声が響いた。
彼女は、ルシウスを抱き寄せていた。
「《蒼嵐一閃》!」
蒼い斬撃が、赤黒い光を切り裂く。
だが。
次の瞬間。
光の奥から、無数の魔力槍が現れた。
「……っ!」
シャルロットが、剣を構える。
「《風刃乱舞》!」
蒼い風の刃が、魔力槍を迎え撃つ。
一本。
二本。
三本。
次々と切り裂く。
だが。
数が、多すぎる。
「……姉様!」
ルシウスが、叫んだ。
「僕も!」
五つの魔法陣が、周囲に浮かび上がる。
「《五彩連環》!」
五色の魔力が、二人を包み込む。
火。
水。
風。
土。
雷。
それぞれの属性が、互いを支え合う。
「《風水結界》!」
風と水の結界が、魔力槍を受け止めた。
ドドドドッ!
衝撃が、地下遺跡を揺らす。
……すごい。
俺は、思わず息を呑んだ。
二人とも、強い。
本当に、強い。
だが。
その瞬間。
封印術式の中心に、赤黒い光が集まり始めた。
……まずい!
俺は、剣を構えた。
「《神獅子・天断》!」
黄金の斬撃が、封印術式へ放たれる。
ドォォン!
巨大な衝撃が、地下遺跡を揺らした。
しかし。
封印術式は、完全には壊れない。
むしろ。
俺の神力を吸収するように、さらに輝いた。
……何だと!?
その瞬間。
赤黒い光が、二人へ向けて収束した。
「……っ!」
シャルロットが、ルシウスを突き飛ばした。
「ルシウス! 逃げて!」
「……姉様!?」
次の瞬間。
ドォォォォン!
巨大な爆発が、地下遺跡を揺らした。
「……っ!」
俺は、咄嗟に《神銀・絶対領域》を展開した。
だが。
封印術式が、神力を妨害する。
結界が、間に合わない。
そして。
赤黒い光が、二人を飲み込んだ。
「……シャル姉ぇぇぇ!!」
俺の叫びが、地下遺跡に響いた。
◇
……静かだった。
爆発の後。
地下遺跡には、崩れ落ちた石壁と、赤黒い魔力の残滓だけが残っていた。
俺は、ゆっくりと歩いた。
足元には、砕けた魔導結晶。
そして。
「……シャル姉?」
瓦礫の向こう。
そこに、二人が倒れていた。
シャルロット。
ルシウス。
二人とも、動かない。
「……嘘だろ」
俺は、駆け寄った。
「シャル姉!」
彼女の肩を抱き起こす。
制服は破れ、腕には深い傷。
額から、血が流れていた。
「……レ……オン……」
かすかな声。
……生きてる。
俺は、震える息を吐いた。
「……よかった」
だが。
その瞬間。
彼女が、苦しそうに咳き込んだ。
「……っ!」
赤い血が、唇から零れる。
「……シャル姉!?」
俺は、すぐに治癒魔法を展開した。
「《神光・創世聖柱》!」
黄金の光が、彼女の身体を包み込む。
傷が、少しずつ塞がっていく。
だが。
内部に残った赤黒い魔力が、治癒を妨害していた。
……何だ、これ。
俺は、歯を食いしばった。
「……大丈夫だ」
彼女の手を握る。
「絶対に、助けるから」
シャルロットは、弱々しく微笑んだ。
「……レオン……」
「……うん」
「……ルシウスを……」
……っ!
俺は、すぐに振り向いた。
ルシウス。
少年は、瓦礫の下で倒れていた。
「……ルシウス!」
俺は、駆け寄った。
「《神地・不滅城塞》!」
土属性の神魔法で、瓦礫を持ち上げる。
その下から、少年の身体が現れた。
「……兄……様……」
かすかな声。
……よかった。
生きてる。
だが。
ルシウスの右腕は、不自然な方向へ曲がっていた。
額には、血。
そして。
胸元には、赤黒い魔力の痕跡。
「……っ!」
俺は、息を呑んだ。
……何だよ、これ。
さっきまで。
さっきまで、あんなに元気だったのに。
「……兄様」
ルシウスが、弱々しく笑った。
「……僕……ちゃんと……守れましたか……?」
……。
俺は、何も言えなかった。
「……みんな……逃げられましたか……?」
……っ!
俺は、少年の手を握った。
「……ああ」
震える声で答えた。
「お前が、守ったんだ」
「……よかった……」
ルシウスは、安心したように目を閉じた。
「……ルシウス!?」
俺は、慌てて治癒魔法を展開した。
「《神光・創世聖柱》!」
黄金の光が、少年を包み込む。
……頼む。
頼むから。
二人とも、助かってくれ。
◇
数分後。
カイルとリゼットが、駆けつけた。
「……レオン!」
カイルが、叫ぶ。
だが。
次の瞬間。
二人の姿を見て、言葉を失った。
「……何だよ、これ……」
リゼットも、顔を青ざめさせた。
「……シャルロット先輩……ルシウス君……」
俺は、静かに顔を上げた。
「……リゼット」
「……何?」
「治癒魔法の補助を頼む」
「……分かった!」
リゼットは、すぐに魔法陣を展開した。
「《術式再構築》!」
紫色の光が、二人の身体を包み込む。
赤黒い魔力の干渉を、少しずつ分離していく。
……よし。
これなら、治癒が進む。
俺は、深く息を吐いた。
だが。
その瞬間。
地下遺跡の奥から、再び赤黒い光が漏れ出した。
……まだ、終わっていない。
俺は、ゆっくりと立ち上がった。
「……カイル」
「……何だ?」
「二人を頼む」
「……レオン?」
俺は、静かに剣を握った。
「……少し、調べてくる」
カイルが、息を呑んだ。
「……おい」
俺は、振り向かなかった。
ただ。
地下遺跡の奥を見つめていた。
……誰だ。
誰が、こんなことをした。
シャル姉を。
ルシウスを。
俺の大切な家族を。
傷つけたのは。
……誰だ。
その瞬間。
胸の奥で、何かが弾けた。
◇
……ドクン。
心臓が、大きく脈打つ。
……ドクン。
視界が、ゆっくりと暗くなる。
そして。
俺の足元に、小さな黒い星が浮かび上がった。
《黒星解放》。
かつて、古代の敵と戦ったときに目覚めた力。
だが。
今回は、違う。
俺は、静かに息を吸った。
……怒っている。
自分でも、驚くほど。
……怒っている。
シャル姉の血。
ルシウスの傷。
二人の苦しそうな顔。
そのすべてが、頭から離れない。
「……誰が」
俺は、低く呟いた。
その瞬間。
地下遺跡の空気が、震えた。
黒い星が、ゆっくりと回転する。
「……誰が、俺の家族を傷つけた?」
声は、静かだった。
だが。
その言葉と同時に、周囲の魔力が一斉に沈黙した。
カイルが、息を呑む。
「……レオン……?」
リゼットも、震える声で呟いた。
「……この魔力……」
俺は、ゆっくりと振り向いた。
黒い星が、背後に浮かんでいる。
七つの魔法陣が、その周囲を回転する。
火。
水。
風。
土。
雷。
光。
闇。
そして。
《無限神力》。
……許さない。
俺は、静かに剣を抜いた。
「……絶対に、許さない」
その瞬間。
地下遺跡全体が、黒い光に包まれた。
◇
同じ頃。
ヴァルディス公爵邸。
「……っ!?」
アルフォンス・ヴァルディスが、突然立ち上がった。
「……レオン?」
その隣で、エレオノーラも顔を上げる。
「……この魔力……」
レオナードが、窓の外を見つめた。
「……兄上」
「……ああ」
アルフォンスの表情が、険しくなる。
「……レオンが、怒っている」
イザベラも、立ち上がった。
「……何があったの?」
その声には、不安が込められていた。
次の瞬間。
公爵邸の緊急通信魔導具が、激しく鳴り響いた。
『緊急報告! 王立アストレア学園、第五演習区域で重大事故発生!』
『負傷者多数!』
『シャルロット・ヴァルディス様、ルシウス・シルヴェイン様が重傷!』
……沈黙。
四人の大人たちが、動きを止めた。
そして。
アルフォンスが、静かに口を開いた。
「……行くぞ」
レオナードが、剣を取る。
「……ああ」
エレオノーラが、銀色の魔法陣を展開した。
「……レオンちゃんたちを、迎えに行きましょう」
イザベラの紫色の瞳が、冷たく輝いた。
「……私の息子に、何をしたのかしら」
その瞬間。
公爵邸の空気が、震えた。
黒獅子。
銀月の魔女。
黒狼。
白銀の女帝。
王国最強の一族を支える四人が、同時に動き出した。
◇
地下遺跡。
俺は、黒い星を背負い、静かに立っていた。
その瞳には、怒りが宿っていた。
だが。
剣を握る手は、震えていない。
……まずは。
二人を守る。
そして。
この事件の真相を、必ず暴く。
誰が、何のために。
俺の家族を傷つけたのか。
すべてを明らかにする。
俺は、静かに呟いた。
「……覚悟しておけ」
その声が、地下遺跡に響いた。
そして。
遠く離れた白鷹館。
ユリウス・ファルケンハインは、突然背筋を凍らせた。
「……何だ?」
理由は、分からない。
だが。
何か、取り返しのつかないことが起きた。
そんな予感がした。




