第94話 勇者の独断――白鷹の計算を狂わせる嫉妬
第94話 勇者の独断――白鷹の計算を狂わせる嫉妬
王国暦八二一年、秋月二十四日。
王立アストレア学園。
「……また、追加演習か」
俺――レオンハルト・ヴァルディスは、掲示板に張り出された通知を見つめていた。
『学園合同競技会・複数班合同任務』
高等部と中等部の代表候補が参加する、特別交流演習。
目的は、班ごとの独立行動と、複数班間の連携能力を評価すること。
参加者の一覧には、俺たち第七班の名前。
そして。
シャルロット・ヴァルディス。
ルシウス・シルヴェイン。
「……また、お前の家族かよ」
カイルが、呆れたように呟いた。
「偶然にしちゃ、出来すぎてるな」
「……ああ」
俺は、静かに頷いた。
前回の演習では、ルシウスが危険な目に遭った。
しかも、その原因となった術式の記録が一部消えていた。
まだ調査は終わっていない。
そんな状況で、再び同じ顔ぶれを集める。
……普通なら、慎重になるはずだ。
「レオン」
リゼットが、隣に立った。
「今回の演習、私も参加するわ」
「……うん」
「前回のようなことが起きないように、術式の監視を担当するつもり」
「助かる」
俺は、素直に頷いた。
「頼りにしてるよ」
リゼットは、少し頬を赤くした。
「……当然でしょう」
そのとき。
「……レオンハルト」
背後から、低い声が響いた。
振り向く。
そこには、アルベルト・レイフォードが立っていた。
「アルベルト」
俺は、普通に挨拶した。
「おはよう」
「……今日の演習」
彼は、掲示板を睨んだ。
「僕は、お前に頼らない」
「……そうか」
「……何だ、その反応は」
「いや、いいと思うぞ」
俺は、笑った。
「自分でできることは、自分でやった方がいい」
アルベルトの顔が、歪んだ。
「……また、上から目線か」
「……え?」
「……もういい!」
彼は、背を向けた。
そして、足早に去っていった。
……。
俺は、しばらくその背中を見つめた。
「……難しいな」
カイルが、呆れたように肩をすくめる。
「お前、あいつに何言っても怒られるな」
「……そうみたいだな」
俺は、苦笑した。
◇
同じ頃。
白鷹館。
ユリウス・ファルケンハインは、机に広げられた資料を確認していた。
「……今回の演習では、各班の独立判断を重視する」
クラリッサ・ベルモンドが、頷いた。
「はい。ただし、安全管理は通常より厳格にする必要があります」
「もちろん」
ユリウスは、穏やかに微笑んだ。
「前回の異常反応についても、まだ調査中だからね」
グレゴール・ハインツが、腕を組んだ。
「……で、今回の狙いは何だ?」
「簡単だよ」
ユリウスは、資料を指差した。
「レオンハルトを、判断の難しい状況へ置く」
「……また、それか」
「彼は、誰も見捨てない」
ユリウスは、静かに続けた。
「なら、複数の救助地点を同時に提示すれば、どこを優先するかで迷うはずだ」
クラリッサが、眉をひそめた。
「……ですが、前回はすべて救助しています」
「そうだね」
ユリウスは、微笑んだ。
「だから、今回は別々の班として動いてもらう」
「……なるほど」
グレゴールが、頷いた。
「シャルロットとルシウスを、別の区域へ配置するわけか」
「そういうことだよ」
ユリウスは、資料を閉じた。
「ただし、危険なことはしない」
その言葉に、クラリッサが少しだけ安心したように息を吐いた。
「……承知しました」
だが。
ユリウスは、心の中で考えていた。
……危険なことをする必要はない。
レオンハルト自身が、家族を気にして判断を誤ればいい。
それだけで十分だ。
◇
昼休み。
学園の裏庭。
アルベルトは、一人で古い魔導書を開いていた。
表紙には、かすれた文字が記されている。
『勇者適性者のための魔力増幅術』
「……これなら」
彼は、低く呟いた。
勇者候補としての魔力。
それを、一時的に増幅する術式。
通常なら、専門の魔導師の監督下でしか使用できない。
だが。
アルベルトは、そんなことを気にしていなかった。
……レオンハルトに勝つ。
ただ、それだけだった。
「……僕だって」
彼は、拳を握った。
「僕だって、勇者なんだ……!」
そのとき。
背後から、声が響いた。
「……何をしている?」
振り向く。
そこには、グレゴール・ハインツが立っていた。
「……先輩」
「その本は?」
「……別に」
アルベルトは、慌てて本を閉じた。
グレゴールの眉が、わずかに動いた。
「……妙なことはするなよ」
「分かっています」
「本当か?」
「……はい」
グレゴールは、しばらく彼を見つめた。
そして。
「……勝手にしろ」
そう言って、去っていった。
アルベルトは、再び本を開いた。
……止められるものか。
今度こそ。
僕が、主役になる。
◇
午後。
第五演習区域。
広大な訓練場には、三つの区域が設けられていた。
森林区域。
岩山区域。
そして、古代遺跡を模した地下区域。
「……なるほど」
俺は、地図を見つめた。
「今回は、三つの班が別々に動くのか」
カイルが、頷いた。
「そうみたいだな」
リゼットが、資料を確認する。
「私たち第七班は、森林区域」
「シャル姉たちは?」
「シャルロット先輩の班が岩山区域。ルシウス君の班が地下区域よ」
……やっぱり、分けられたか。
俺は、静かに息を吐いた。
そのとき。
「レオン!」
シャルロットが、駆け寄ってきた。
「シャル姉」
彼女は、少し心配そうな顔をしていた。
「……無理しないでね」
「それは、こっちの台詞だよ」
俺は、笑った。
「シャル姉こそ、気をつけて」
「……ふふ」
彼女は、優しく微笑んだ。
「ありがとう」
その隣から、ルシウスが飛び出してきた。
「レオン兄様!」
「おお、ルシウス!」
「今日は、僕も頑張ります!」
「うん」
俺は、少年の頭を撫でた。
「期待してるよ」
「はい!」
その様子を見て、シャルロットが微笑んだ。
「……本当に、仲がいいわね」
「家族だからな」
俺は、普通に答えた。
その瞬間。
シャルロットの頬が、少し赤くなった。
「……もう」
……何でだ?
◇
「それでは、演習を開始します!」
担当教師の声が響いた。
三つの班が、それぞれの区域へ向かう。
俺たち第七班は、森林区域へ入った。
「……さて」
俺は、周囲を見渡した。
「まずは、救助対象を探そう」
カイルが、頷く。
「任せろ!」
リゼットが、解析魔法を展開した。
「《魔力残響解析》!」
紫色の魔法陣が、森全体へ広がる。
「……北東に反応!」
「了解!」
俺たちは、駆け出した。
だが。
そのとき。
アルベルトが、突然立ち止まった。
「……お前たちは先に行け」
「……アルベルト?」
俺が振り向く。
彼は、剣を握り締めていた。
「僕は、別の救助地点へ向かう」
「……別の?」
「そうだ」
アルベルトは、俺を睨んだ。
「独立行動も評価対象なんだろ?」
……確かに。
だが。
「一人で行くなら、連絡手段を確保してくれ」
俺は、静かに答えた。
「何かあったとき、すぐに助けに行けるように」
「……また、それか」
アルベルトの顔が、歪んだ。
「僕を、子供扱いするな!」
「……そんなつもりじゃ」
「……もういい!」
彼は、森の奥へ駆け出した。
「アルベルト!」
俺が呼び止める。
だが。
彼は、振り向かなかった。
……。
カイルが、舌打ちした。
「……あいつ、何考えてんだ」
リゼットも、眉をひそめる。
「……嫌な予感がするわ」
俺は、静かに頷いた。
「……ああ」
そして。
右手を上げた。
「《神風・天穹裂刃》」
黄金の風が、森の上空へ広がる。
ただし、今回は攻撃ではない。
風の流れを利用した、広範囲探知。
……よし。
アルベルトの位置は、まだ追える。
俺は、仲間たちを見た。
「まずは、目の前の救助対象を確保しよう」
「……分かった!」
カイルが、頷いた。
だが。
俺の胸には、嫌な予感が残っていた。
◇
同じ頃。
地下区域。
ルシウス・シルヴェインは、仲間たちと共に古代遺跡を模した通路を進んでいた。
「……慎重に行きましょう」
少年は、静かに声をかけた。
中等部の代表候補たちが、頷く。
「分かった!」
「ルシウス、頼りにしてるぞ!」
「はい!」
ルシウスは、両手を広げた。
「《五彩連環》!」
五色の魔法陣が、周囲に浮かび上がる。
魔力の流れを整えながら、通路の奥へ進む。
だが。
そのとき。
足元の魔法陣が、突然赤く輝いた。
「……っ!?」
ルシウスが、目を見開く。
「……何だ、これ?」
通常の演習用術式とは異なる反応。
そして。
地下区域の奥から、低い唸り声が響いた。
「……グルルル……」
少年は、静かに息を呑んだ。
……これは。
ただの模擬魔獣じゃない。
◇
一方。
森林区域の奥。
アルベルトは、一人で古い魔導装置の前に立っていた。
「……これか」
彼は、懐から魔導書を取り出した。
そこには、魔力増幅術式の図が記されている。
「……これを使えば」
彼は、装置へ手を伸ばした。
……レオンハルトに勝てる。
その一心で。
魔力を流し込んだ。
瞬間。
魔導装置が、赤黒く輝いた。
「……っ!?」
アルベルトが、目を見開く。
「……何だ!?」
装置の内部から、異様な魔力が噴き出した。
そして。
遠く離れた地下区域。
ルシウスの足元にある魔法陣が、さらに強く輝いた。
……二つの装置が、共鳴している。
だが。
アルベルトは、まだ気づいていなかった。
自分の行動が、取り返しのつかない事態を引き起こそうとしていることに。




