第89話 救助試練――七属性の神魔法が照らす道
第89話 救助試練――七属性の神魔法が照らす道
王国暦八二一年、秋月十九日。
王立アストレア学園。
第三演習区域。
「……何だよ、これ」
カイル・アッシュフォードが、目の前の光景を見て呟いた。
俺――レオンハルト・ヴァルディスも、同じ気持ちだった。
広大な演習区域。
森。
岩山。
人工の川。
そして、複数の廃墟を模した建造物。
学園合同競技会の予選課題として用意された、模擬救助演習だ。
「随分と大掛かりだな」
俺が呟くと、リゼットが資料を確認した。
「今回の課題は、三地点に配置された救助対象を保護し、制限時間内に搬送すること」
「三地点か」
カイルが、地図を覗き込む。
「全部回ればいいんだろ?」
「それが、そう簡単じゃないのよ」
リゼットは、地図を指差した。
「第一地点は森の奥。第二地点は岩山の中腹。そして第三地点は、人工河川の向こう側」
「……なるほど」
俺は、地図を見つめた。
確かに、距離がある。
しかも、制限時間は短い。
「……面倒だな」
アルベルト・レイフォードが、腕を組んだ。
「わざわざ全員を助ける必要があるのか?」
カイルが、眉をひそめた。
「は?」
「評価基準を見ろ」
アルベルトは、資料を指差した。
『救助対象の保護数、搬送速度、班員の協力行動を総合評価する』
「……つまり、全員救助が必須とは書いていない」
リゼットが、静かに頷いた。
「確かに、そうね」
アルベルトは、鼻で笑った。
「なら、最も簡単な二地点を回ればいい。無理に三地点を狙う必要はない」
……なるほど。
合理的な判断ではある。
だが。
「俺は、三地点とも助けたい」
俺が言うと、アルベルトが顔をしかめた。
「……何?」
「救助任務なんだろ?」
俺は、地図を見つめた。
「なら、最初から誰かを見捨てる前提で動きたくない」
「……綺麗事だな」
アルベルトが、吐き捨てた。
「現実には、全員を助けられないことだってある」
「それは分かってる」
俺は、静かに答えた。
「でも、まだ始まってもいないのに諦める理由にはならない」
沈黙。
カイルが、にやりと笑った。
「……いいじゃねえか」
「カイル?」
「俺は、レオンに賛成だ」
リゼットも、頷いた。
「私もよ。まずは、可能性を探るべきだわ」
アルベルトは、舌打ちした。
「……勝手にしろ」
……やれやれ。
相変わらずだな。
◇
「第七班、準備はよろしいですか?」
担当教師が、声を上げた。
「はい!」
俺たちは、指定位置に立った。
「それでは――」
教師が、片手を上げる。
「模擬救助演習、開始!」
次の瞬間。
演習区域全体に、魔法の鐘が鳴り響いた。
「行くぞ!」
カイルが、地面を蹴った。
俺たちは、森の中へ駆け込んだ。
◇
第一地点。
森の奥。
「……いた!」
リゼットが、声を上げた。
倒木の下に、救助対象を模した人形が挟まれている。
しかも。
周囲には、複数の魔導罠。
「……なるほど」
俺は、目を細めた。
「力任せに木を持ち上げると、罠が作動する仕組みか」
「そうみたいね」
リゼットが、解析魔法を展開した。
「《術式再構築》!」
紫色の魔法陣が、倒木の周囲へ広がる。
「……解除には、少し時間が必要よ」
「分かった」
俺は、右手を上げた。
「《大地城壁》」
土属性の魔法陣が輝く。
地面から、四本の石柱が立ち上がった。
倒木を支え、荷重を分散する。
「……これなら」
リゼットが、頷いた。
「安全に解除できる!」
カイルが、剣を抜いた。
「俺は周囲を警戒する!」
「頼む!」
俺は、さらに水属性魔法を展開した。
「《蒼海激流》」
細い水流が、倒木の隙間へ入り込む。
水圧を慎重に調整し、木をわずかに持ち上げた。
「……よし」
リゼットが、罠を解除する。
「解除完了!」
俺は、石柱をゆっくりと上昇させた。
倒木が持ち上がる。
その隙に、アルベルトが救助人形を引き出した。
「……確保したぞ」
「助かった!」
俺は、頷いた。
「次へ行こう!」
◇
第二地点。
岩山の中腹。
そこには、巨大な岩壁が立ちはだかっていた。
「……登るしかないのか?」
カイルが、見上げる。
「いや」
俺は、岩壁を観察した。
「上から回る道もあるけど、時間がかかる」
リゼットが、地図を確認する。
「……制限時間を考えると、ここで十数分使うのは厳しいわ」
アルベルトが、腕を組んだ。
「だから言っただろ。三地点全部は無理だ」
……確かに。
普通なら、厳しい。
だが。
俺には、七属性がある。
「……試してみるか」
俺は、右手を上げた。
「《天嵐刃》」
風属性の魔法陣が輝く。
だが、今回は攻撃ではない。
風を足場として利用する。
「カイル!」
「何だ!?」
「俺が上へ運ぶ!」
「……は?」
俺は、カイルの肩に手を置いた。
そして。
「《風翔》!」
次の瞬間。
俺たちの身体が、風に押し上げられた。
「うおおおおっ!?」
カイルが、叫んだ。
「飛んでる!? 俺たち飛んでるぞ!?」
「落ち着け!」
「落ち着けるかぁぁぁ!」
……うるさいな。
俺は、苦笑しながら風の流れを調整した。
そのまま、岩山の上へ到達する。
「……着いたぞ」
「……はあ、はあ……」
カイルが、膝に手をついた。
「お前……先に言えよ……」
「言っただろ、運ぶって」
「そういう意味じゃねえ!」
……まあ、確かに。
少し説明不足だったかもしれない。
◇
岩山の上には、第二の救助対象がいた。
だが。
「……これは」
俺は、眉をひそめた。
救助人形の周囲には、複雑な魔法障壁が展開されている。
「……厄介ね」
遅れて到着したリゼットが、解析を始めた。
「三重結界。しかも、属性が異なるわ」
「解除できるか?」
「時間をかければ可能。でも……」
彼女は、時計を見た。
「残り時間が足りなくなる」
……なるほど。
なら。
「少し、試したいことがある」
俺は、右手を上げた。
「《神銀・絶対領域》」
七色の魔法陣が、俺の足元に広がる。
次の瞬間。
救助人形を囲む結界が、わずかに震えた。
「……っ!?」
リゼットが、目を見開く。
「レオン……何をしているの?」
「結界の魔力循環を、外側から整えてる」
「……外側から!?」
俺は、頷いた。
「結界を壊すんじゃなくて、正常な状態へ戻すんだ」
七属性の魔力が、ゆっくりと流れ込む。
火が過剰な熱を吸収し、水が魔力の流れを整える。
風が循環を加速し、土が構造を安定させる。
雷が干渉を分散し、光が術式を修復する。
そして闇が、余剰魔力を吸収する。
……よし。
俺は、静かに手を下ろした。
次の瞬間。
三重結界が、音もなく解除された。
「……解除完了」
リゼットが、呆然と呟いた。
「……信じられない」
カイルも、口を開けている。
「お前……本当に何でもありだな」
「いや、何でもってわけじゃないぞ」
俺は、苦笑した。
「まだ、調整が難しいし」
アルベルトは、何も言わなかった。
ただ。
その表情は、ますます険しくなっていた。
◇
第三地点。
人工河川の向こう側。
「……くそっ!」
カイルが、叫んだ。
「時間がない!」
残り時間は、わずかだった。
しかも。
目の前の川は、激しい流れを作り出している。
橋は、途中で崩れていた。
「……これが最後か」
俺は、川の向こうを見つめた。
そこには、第三の救助人形が置かれている。
だが。
その周囲には、複数の魔導罠。
しかも、上空には模擬魔獣の幻影が飛び回っていた。
「……無理だ」
アルベルトが、吐き捨てた。
「今からじゃ、間に合わない」
「……いや」
俺は、静かに答えた。
「まだ、方法はある」
「……何?」
俺は、仲間たちを見た。
「カイル。上空の魔獣を頼む」
「任せろ!」
「リゼット。罠の解析を」
「分かったわ!」
「アルベルト」
俺は、彼を見つめた。
「救助人形の確保を頼む」
「……僕が?」
「ああ」
アルベルトが、眉をひそめた。
「……なぜ、僕なんだ?」
「お前の機動力なら、間に合う」
俺は、真っ直ぐに答えた。
「それに、勇者候補なんだろ?」
「……っ!」
アルベルトの瞳が、揺れた。
「だったら、助けてくれ」
しばらくの沈黙。
そして。
「……分かった」
アルベルトは、剣を握り直した。
「今回だけだ」
「十分だ!」
俺は、笑った。
◇
「《蒼海激流》!」
俺が、右手を上げる。
青い魔法陣が輝いた。
川の流れが、わずかに変わる。
「《大地城壁》!」
次の瞬間。
川底から、石の柱が立ち上がった。
一本。
二本。
三本。
それらが、橋のようにつながっていく。
「……道ができた!」
カイルが、叫んだ。
だが。
上空の幻影魔獣が、こちらへ襲いかかる。
「グオオオオッ!」
「任せろ!」
カイルが、剣を構えた。
「《蒼雷穿牙》!」
青い雷を纏った斬撃が、空を貫く。
幻影魔獣が、光の粒となって消えた。
「よし!」
俺は、アルベルトを見た。
「行け!」
「……ああ!」
アルベルトが、石の橋を駆け抜ける。
その先で、リゼットが解析魔法を展開した。
「《魔力残響解析》!」
紫色の魔法陣が、罠の位置を浮かび上がらせる。
「アルベルト! 右側の三歩先!」
「分かっている!」
彼は、罠を避けながら進んだ。
そして。
救助人形を抱え上げた。
「……確保!」
その瞬間。
演習区域に、鐘が鳴り響いた。
『残り時間、三十秒』
「……戻れ!」
俺が叫ぶ。
アルベルトが、石の橋を駆け戻る。
だが。
突然。
橋の一部が、崩れた。
「……っ!?」
アルベルトの足元が、消える。
「しまっ――!」
次の瞬間。
俺は、右手を上げた。
「《神風・天穹裂刃》!」
黄金の風が、川の上を駆け抜けた。
だが、今回は刃ではない。
風の流れを変え、アルベルトの身体を包み込む。
そして。
彼と救助人形を、こちら側へ押し戻した。
ドサッ!
アルベルトが、地面へ転がる。
「……っ!」
俺は、駆け寄った。
「大丈夫か!?」
「……ああ」
アルベルトが、息を吐く。
「……助かった」
その言葉に、俺は笑った。
「よかった」
そして。
『演習終了!』
魔法の鐘が、鳴り響いた。
◇
結果発表。
第七班。
救助対象三体、全員保護。
搬送完了。
班員全員、生存。
協力行動評価――最高。
「……やった!」
カイルが、拳を突き上げた。
リゼットも、ほっと息を吐く。
「……本当に、間に合ったわね」
俺は、笑った。
「みんなのおかげだよ」
そのとき。
アルベルトが、静かに口を開いた。
「……レオンハルト」
「ん?」
「……なぜ、僕を助けた?」
俺は、少し首を傾げた。
「……何でって」
そして。
普通に答えた。
「同じ班の仲間だからだろ?」
アルベルトの顔が、歪んだ。
「……っ!」
何か言いたそうだった。
だが。
結局、彼は何も言わなかった。
◇
その頃。
高等部三年生談話室。
ユリウス・ファルケンハインは、報告書を読んでいた。
「……三地点、全員救助」
グレゴールが、舌打ちする。
「……また、失敗か」
「いや」
ユリウスは、静かに首を振った。
「非常に興味深い結果だよ」
クラリッサが、資料を確認する。
「第七班の協力行動評価は最高です。規程上、減点の余地はありません」
「もちろん」
ユリウスは、微笑んだ。
「今回は、彼らの勝ちだ」
「……あっさり認めるんだな」
「事実だからね」
ユリウスは、窓の外を見つめた。
「だが、分かったことがある」
「……何だ?」
「レオンハルトは、仲間を信じる」
「……ああ」
「そして、仲間を助けるためなら、自分の力を惜しまない」
ユリウスは、ゆっくりと書類を閉じた。
「……素晴らしいことだ」
しかし。
その灰色の瞳は、冷たかった。
「だからこそ、次はもっと難しい選択が必要になる」
クラリッサが、眉をひそめた。
「……ユリウス様」
「何だい?」
「これ以上の難易度調整は、安全管理上の問題が生じる可能性があります」
「もちろん、分かっているよ」
ユリウスは、穏やかに微笑んだ。
「だから、別の方法を考える」
そして。
机の上に、一枚の書類を置いた。
『学園合同競技会・特別交流演習』
『高等部代表候補・中等部代表候補合同参加』
その下には、二つの名前が記されていた。
シャルロット・ヴァルディス。
ルシウス・シルヴェイン。
「……次は」
ユリウスが、小さく呟いた。
「彼の大切な家族にも、舞台へ上がってもらおう」




