第87話 神魔法の胎動――最強の家族が授ける六つの奥義
第87話 神魔法の胎動――最強の家族が授ける六つの奥義
王国暦八二一年、秋月十七日。
ヴァルディス公爵邸。
早朝。
俺――レオンハルト・ヴァルディスは、訓練場の中央に立っていた。
そして。
目の前には、四人の大人が並んでいる。
父上アルフォンス。
母上エレオノーラ。
レオナード叔父上。
イザベラ伯母上。
……うん。
改めて見ると、とんでもない顔ぶれだ。
「それで、レオン」
父上が、腕を組んだ。
「我ら全員の技を学びたい、ということか?」
「はい」
俺は、頷いた。
「昨日、シャル姉の《蒼嵐一閃》を使ってみたんです」
「ほう」
叔父上が、面白そうに笑う。
「シャルロットの技を?」
「ええ。まだ完全ではありませんけど」
「それで?」
「風魔法に神力を流し込んだら、技の性質が変わったんです」
その瞬間。
四人の表情が変わった。
「……性質が?」
母上が、目を細める。
「はい」
俺は、右手を上げた。
小さな風の魔法陣を展開する。
「普通の風魔法は、空気を動かす力です」
「ええ」
「でも、神力を加えると……」
俺は、ほんのわずかに《無限神力》を流し込んだ。
次の瞬間。
蒼い魔法陣が、金色に輝いた。
周囲の空気が、静かに震える。
「……これは」
伯母上が、息を呑んだ。
「魔力の密度が、まるで違うわね」
「それだけじゃありません」
俺は、手のひらを返した。
金色の風が、一本の細い刃へ変わる。
そして。
訓練場の端に置かれた、魔力測定用の標的へ向けた。
「《神風・天穹裂刃》」
シュンッ。
音が消えた。
次の瞬間。
標的の表面に、細い線が走る。
そして。
スパッ。
巨大な標的が、音もなく二つに分かれた。
「…………」
四人が、黙った。
俺も、少し驚いた。
……威力をかなり抑えたつもりだったんだけど。
「……レオン」
父上が、ゆっくりと口を開いた。
「今のは、何割だ?」
「……一割以下です」
「…………」
父上が、深く息を吐いた。
叔父上が、腹を抱えて笑い始める。
「ははははっ! 兄上! 見たか!?」
「……見ていた」
「とんでもない甥っ子だな!」
伯母上は、目を輝かせていた。
「素晴らしいわ、レオンちゃん!」
母上も、嬉しそうに微笑む。
「さすが、私たちの息子ね」
……いや。
ちょっと待って。
何で全員、そんなに嬉しそうなんだ?
普通、驚くところじゃないのか?
◇
「よし!」
叔父上が、剣を抜いた。
「だったら、今日は俺たちの奥義を全部見せてやろう!」
「……全部ですか?」
「ああ!」
レオナード叔父上は、にやりと笑った。
「お前がどこまで吸収できるか、試してみたい」
父上も、静かに頷いた。
「悪くない」
母上が、微笑む。
「魔法の制御なら、私も教えられるわ」
伯母上は、楽しそうに扇を閉じた。
「なら、私は結界魔法を見せてあげましょう」
……何だろう。
ものすごい特訓が始まりそうな予感がする。
◇
最初は、父上だった。
黒獅子アルフォンス・ヴァルディス。
王国最強の剣士の一人。
その剣は、圧倒的な力と威圧で敵をねじ伏せる。
「レオン。よく見ておけ」
父上が、剣を構えた。
その瞬間。
空気が、重くなる。
黒い闘気が、刀身を包み込んだ。
「《黒獅子覇王斬》」
ゴオオオオッ!
巨大な黒い斬撃が、訓練場を駆け抜けた。
地面が震え、空気が裂ける。
そして。
遠くに設置された、特別製の魔導標的が粉砕された。
「……すごい」
俺は、思わず呟いた。
単純な破壊力。
だが、それだけじゃない。
剣を振り抜く瞬間、闘気が一点へ集中している。
力を無駄にせず、すべてを斬撃へ変えているんだ。
「……なるほど」
俺は、剣を構えた。
「やってみてもいいですか?」
父上が、頷く。
「もちろんだ」
俺は、深く息を吸った。
闘気を刀身へ集中させる。
そして。
そこへ、神力を流し込む。
黒い闘気が、金色の輝きを帯びた。
「《神獅子・天断》!」
ズンッ!
巨大な斬撃が、訓練場を走った。
しかし。
俺は、途中で力を抑えた。
斬撃は、空中で静かに消える。
「……ふう」
俺が息を吐くと、父上が満足そうに頷いた。
「見事だ」
「ありがとうございます」
「だが、まだ甘い」
「……え?」
父上は、剣を肩へ担いだ。
「力の集中が、少し早すぎる」
「……早すぎる?」
「ああ。斬撃を放つ瞬間まで、闘気を溜めておけ」
……なるほど。
俺は、思わず笑った。
やっぱり、父上はすごい。
神力があっても、技術ではまだ学ぶことが山ほどある。
◇
次は、レオナード叔父上。
《黒狼》。
父上とは対照的に、速さと精密さを極めた剣士だ。
「さて、レオン」
叔父上が、軽く剣を回す。
「俺の技は、兄上みたいに派手じゃない」
「そうなんですか?」
「ああ」
叔父上は、にやりと笑った。
「気づいたときには、終わっているからね」
次の瞬間。
姿が消えた。
「……っ!?」
いや。
消えたわけじゃない。
踏み込み。
体重移動。
視線の誘導。
そのすべてが、完璧に組み合わさっている。
「《黒狼神速剣》」
シュッ。
俺の背後で、風が鳴った。
振り向く。
そこには、すでに剣を納めた叔父上が立っていた。
そして。
訓練場に並べられた十個の標的が、同時に崩れ落ちた。
「……すごい」
俺は、目を見開いた。
速いだけじゃない。
一つ一つの斬撃が、寸分違わず急所を捉えている。
「どうだ?」
叔父上が、楽しそうに笑う。
「見えたか?」
「……はい」
俺は、頷いた。
「でも、真似するのは難しそうです」
「ははっ! 正直でよろしい!」
叔父上は、俺の肩を叩いた。
「速さってのは、力任せに出すもんじゃない」
「……?」
「無駄を消すんだ」
その言葉に、俺は考え込んだ。
……無駄を消す。
なるほど。
神力で無理やり加速するだけじゃ、叔父上の剣にはならない。
俺は、ゆっくりと構えた。
呼吸を整える。
余計な力を抜く。
そして。
一歩。
踏み込んだ。
「《黒狼神速剣》!」
シュンッ!
身体が、風を切る。
標的の前へ到達する。
剣を振り抜く。
……だが。
「……まだ遅いな」
叔父上が、笑った。
「えっ!?」
「速さは十分だ。でも、動きが少し大きい」
……なるほど。
俺は、思わず笑った。
「もう一回、お願いします!」
「もちろん!」
こうして。
俺は、何度も叔父上の動きを真似た。
そして、少しずつ。
無駄を削ぎ落としていった。
◇
午後。
今度は、魔法の時間だ。
最初に立ったのは、母上。
《銀月の魔女》エレオノーラ・ヴァルディス。
「レオンちゃん。お母さんの魔法は、少し繊細よ」
「はい」
母上が、両手を広げる。
次の瞬間。
銀色の魔法陣が、空中に浮かび上がった。
一つ。
二つ。
三つ。
そして。
無数の魔法陣が、月のように重なり合う。
「《銀月天輪》」
銀色の光輪が、静かに回転した。
その中心から、無数の光の刃が放たれる。
しかし。
刃は、標的だけを正確に切り裂いた。
周囲の地面も、壁も、まったく傷ついていない。
「……すごい」
俺は、思わず呟いた。
圧倒的な精密制御。
これだけの魔法を同時に展開しながら、すべての軌道を完全に制御している。
「レオンちゃん」
母上が、優しく微笑む。
「魔法は、威力だけじゃないのよ」
「……はい」
「守りたいものを、傷つけないことも大切なの」
その言葉が、胸に響いた。
……そうだ。
俺が強くなりたいのは、誰かを傷つけるためじゃない。
大切な人たちを守るためだ。
俺は、両手を広げた。
銀色の魔法陣を展開する。
そして。
そこへ、神力を流し込んだ。
銀色の光が、金色へ変わる。
「《神月・万象天輪》」
無数の光輪が、空中に浮かび上がった。
そして。
一斉に、標的へ向かう。
だが。
俺は、途中で軌道を変えた。
すべての光輪が、標的の周囲を回りながら、最後に一点へ収束する。
……よし。
完全に制御できた。
母上が、目を輝かせた。
「……レオンちゃん!」
「はい?」
「すごいわ!」
次の瞬間。
ぎゅうっ!
「うわっ!?」
母上に、思い切り抱き締められた。
「さすが、私の息子!」
「母上! 苦しいです!」
……まったく。
この人は、本当に変わらないな。
◇
最後は、イザベラ伯母上。
《白銀の女帝》。
北方辺境を守る、最強の魔導師の一人。
「レオンちゃん」
伯母上が、優雅に微笑んだ。
「私の魔法は、守るための力よ」
「……守るため?」
「ええ」
伯母上は、片手を上げた。
次の瞬間。
訓練場全体を包み込む、巨大な銀色の結界が現れた。
「《白銀絶界》」
空気が、静かに震える。
その結界は、ただの防御魔法ではなかった。
外部からの魔力干渉を遮断し、内部の魔力循環を安定させる。
まるで、一つの小さな世界を作り出しているようだった。
「……すごい」
俺は、思わず息を呑んだ。
伯母上が、微笑む。
「これが、私の奥義の一つよ」
「……一つ?」
「ええ」
彼女は、少し楽しそうに笑った。
「まだまだ、見せていない魔法はたくさんあるわ」
……本当に、恐ろしい人だ。
俺は、結界を見つめた。
……なるほど。
魔力を外へ押し出すんじゃない。
空間全体へ均等に循環させている。
だったら。
俺は、両手を広げた。
七属性の魔法陣を展開する。
火。
水。
風。
土。
雷。
光。
闇。
七つの魔力が、ゆっくりと回転した。
そして。
その中心へ、神力を流し込む。
「《神銀・絶対領域》」
瞬間。
七色の光が、訓練場を包み込んだ。
結界が、静かに形成される。
その内部では、魔力の流れが完全に安定していた。
「……これは」
伯母上が、目を見開いた。
「七属性を、結界の維持に使っているの?」
「はい」
俺は、頷いた。
「一つの属性だけだと、どうしても偏りが出るので」
「……なるほど」
伯母上は、しばらく黙っていた。
そして。
ふっと笑った。
「……本当に、恐ろしい子ね」
「えっ?」
「褒めているのよ」
伯母上は、俺の頬に手を添えた。
「あなたは、私たちの想像を超えていくのね」
……そんな大げさな。
俺は、少し照れくさくなった。
◇
夕方。
訓練場の端に、シャルロットとルシウスがやってきた。
「レオン!」
「兄様!」
「二人とも!」
俺が振り向くと、ルシウスが目を輝かせていた。
「聞きました! 父上たちの奥義を全部学んだんですって!?」
「……まあ、まだ途中だけどな」
「すごいです!」
シャルロットも、微笑んでいる。
「私の《蒼嵐一閃》も、神力で進化させたんでしょう?」
「……ああ」
俺は、頷いた。
「でも、まだ完全じゃない」
「……そう」
シャルロットは、少し考えた。
そして。
「なら、今度は私が教えてあげるわ」
「……いいの?」
「もちろん」
彼女は、優しく微笑んだ。
「あなたがもっと強くなるなら、何度でも付き合うわ」
ルシウスも、拳を握った。
「僕もです!」
「ルシウス?」
「僕の《五彩連環》も、兄様に見てほしいです!」
「もちろん!」
俺は、笑った。
「楽しみにしてるよ」
その瞬間。
父上が、静かに口を開いた。
「レオン」
「はい?」
「今日、お前は多くの技を学んだ」
「はい」
「だが、忘れるな」
父上は、俺をまっすぐ見つめた。
「技を受け継ぐということは、その技に込められた想いも受け継ぐということだ」
……想い。
俺は、静かに頷いた。
「……はい」
父上が、微笑んだ。
「お前なら、きっとできる」
◇
その夜。
白鷹館。
ユリウス・ファルケンハインは、一枚の報告書を読んでいた。
「……レオンハルトが、家族の奥義を学んでいる?」
クラリッサが、頷く。
「はい。公爵邸で大規模な訓練が行われたようです」
「……なるほど」
ユリウスは、静かに笑った。
「本当に、恐ろしい一族だね」
グレゴールが、舌打ちする。
「これ以上強くなってどうするんだ、あいつは」
「さあね」
ユリウスは、書類を閉じた。
「だが、強さが増すほど、守りたいものも増える」
「……また、その話か」
「そうだよ」
彼は、窓の外を見つめた。
「レオンハルト・ヴァルディスは、家族を大切にしている」
「……ああ」
「なら、その家族が彼の判断にどう影響するのか、確かめてみたい」
クラリッサが、眉をひそめた。
「……ユリウス様」
「何だい?」
「家族を利用するような計画は、危険です」
「もちろん、分かっているよ」
ユリウスは、穏やかに微笑んだ。
「だから、慎重に進める」
しかし。
その灰色の瞳には、冷たい光が宿っていた。
◇
深夜。
公爵邸の自室。
俺は、窓の外を眺めていた。
今日一日で、多くのことを学んだ。
父上の剣。
叔父上の速さ。
母上の精密魔法。
伯母上の結界。
そして。
シャル姉の風。
ルシウスの五属性。
それらすべてが、俺の中で一つにつながり始めている。
……でも。
まだ、完成じゃない。
俺は、右手を上げた。
七つの小さな魔法陣が、指先に浮かび上がる。
火。
水。
風。
土。
雷。
光。
闇。
そして、その中心に。
黒い星が、静かに輝いた。
「……七彩神星魔法」
俺は、小さく呟いた。
まだ、名前だけだ。
だが。
いつか、完成させてみせる。
七属性。
神力。
家族の奥義。
そのすべてを融合させた、俺だけの魔法。
そして。
その力で、大切な人たちを守る。
俺は、静かに拳を握った。
……絶対に。
誰一人、傷つけさせない。
その誓いが、やがて俺自身の運命を大きく変えることになるとは。
このときの俺は、まだ知らなかった。




