第85話 蒼風の剣姫と五彩の神童――最強一族の若き才能
第85話 蒼風の剣姫と五彩の神童――最強一族の若き才能
王国暦八二一年、秋月十五日。
王立アストレア学園。
中等部第二訓練場。
「……すごい人だな」
俺――レオンハルト・ヴァルディスは、観客席を見渡して呟いた。
今日は、学園合同競技会に向けた中等部代表選考会。
その見学に来ている。
理由はもちろん、ルシウスだ。
「当たり前でしょう?」
隣に立つシャルロットが、得意げに微笑んだ。
「ルシウスは中等部でも有名人なのよ」
「五属性使いだもんな」
「ええ。それに、本人も本当に努力しているわ」
シャルロットは、訓練場の中央を見つめた。
そこには、中等部の制服を着たルシウスが立っていた。
銀髪に紫色の瞳。
まだ十三歳。
けれど、その表情には確かな自信がある。
「……頑張れよ、ルシウス」
俺は、小さく呟いた。
◇
「次の試合!」
審判役の教師が声を上げる。
「ルシウス・シルヴェイン対、マルク・ディートリヒ!」
対戦相手は、十四歳の中等部三年生。
土属性魔法を得意とする、実力者らしい。
「よろしくお願いします!」
ルシウスが、丁寧に頭を下げる。
「……こちらこそ」
マルクは、少し緊張した様子で構えた。
無理もない。
相手は、五属性を扱う神童だ。
だが。
「始め!」
試合開始の合図と同時に、マルクが動いた。
「《岩壁展開》!」
地面から、分厚い岩の壁が立ち上がる。
その背後から、無数の石弾が放たれた。
「なるほど……!」
俺は、思わず感心した。
守りを固めながら、相手の動きを制限する。
堅実な戦い方だ。
しかし。
「《風翔》!」
ルシウスの足元に、緑色の魔法陣が浮かび上がった。
次の瞬間。
少年の身体が、風に押し上げられるように宙へ舞う。
「なっ!?」
マルクが、驚きの声を上げた。
その隙に。
「《雷炎槍》!」
ルシウスの右手に、雷と炎を纏った槍が形成された。
二属性複合魔法。
しかも、魔力の混合が非常に安定している。
「行きます!」
槍が放たれた。
轟音。
岩壁の一部が砕け、衝撃が訓練場を揺らす。
「うおおっ!?」
マルクが、慌てて防御魔法を展開する。
だが。
ルシウスは、すでに次の魔法を準備していた。
「《水流拘束》!」
青い魔法陣から、水の鎖が伸びる。
マルクの足元を絡め取った。
「しまっ――!」
「これで終わりです!」
ルシウスが、片手を前に出す。
「《土壁封陣》!」
地面から四本の石柱が立ち上がり、相手の周囲を囲んだ。
攻撃ではない。
完全な拘束。
審判が、すぐに手を上げる。
「勝者、ルシウス・シルヴェイン!」
観客席が、歓声に包まれた。
「すげえ!」
「五属性を全部使ったぞ!」
「しかも、最後は相手を傷つけずに勝った!」
俺は、思わず立ち上がった。
「ルシウス!」
少年が、こちらを振り向く。
「兄様!」
俺が親指を立てると、ルシウスは満面の笑みを浮かべた。
「やりました!」
……本当に、すごいな。
十三歳で、ここまで戦えるとは。
しかも、最後に相手を必要以上に傷つけない判断ができている。
魔法の才能だけじゃない。
戦い方そのものが、よく考えられている。
「さすが、イザベラ伯母上の息子だな」
俺が呟くと、シャルロットが微笑んだ。
「でしょう?」
その表情は、どこか誇らしげだった。
◇
試合後。
ルシウスは、一直線に俺のところへ駆け寄ってきた。
「レオン兄様!」
「お疲れ、ルシウス!」
俺は、少年の頭を撫でた。
「すごかったぞ!」
「本当ですか!?」
「ああ。特に最後の拘束魔法。相手を傷つけずに勝ったのがよかった」
「えへへ……!」
ルシウスは、嬉しそうに笑った。
「兄様なら、そうすると思ったんです!」
「……俺?」
「はい!」
少年は、真剣な顔になった。
「兄様は、強いのに無駄に人を傷つけないでしょう?」
その言葉に、俺は少し驚いた。
「だから僕も、そうなりたいんです」
……なるほど。
俺は、思わず笑った。
「なら、もう十分近づいてるよ」
「……っ!」
ルシウスの瞳が輝いた。
「はい! もっと頑張ります!」
そのとき。
「ルシウス!」
シャルロットが、腕を組んで近づいてきた。
「あなた、最後の魔力制御が少し甘かったわよ」
「えっ!?」
「水流拘束の直後、土属性へ切り替えるときに一瞬だけ魔力が乱れたでしょう?」
「……あ」
ルシウスは、目を丸くした。
「分かりましたか?」
「当然よ」
シャルロットは、ふっと微笑んだ。
「でも、全体としては素晴らしかったわ」
「……ありがとうございます!」
そのやり取りを見て、俺は思った。
この二人、本当にいい関係だな。
互いに競い合い、認め合っている。
そして。
俺も、その中にいる。
……悪くない。
いや。
すごく嬉しい。
◇
午後。
高等部第一訓練場。
今度は、シャルロットの出番だった。
二年生代表候補の公開模擬戦。
相手は、高等部三年生の剣士。
規律委員会所属、グレゴール・ハインツ。
……って。
「えっ?」
俺は、思わず声を上げた。
「グレゴール先輩って、ユリウス先輩の知り合いじゃなかったか?」
隣のカイルが頷く。
「ああ。かなり親しいらしいぞ」
「……そうか」
俺は、訓練場を見つめた。
グレゴールは、長剣を肩に担いでいる。
大柄な体格。
鍛え上げられた腕。
見るからに力のある剣士だ。
一方、シャルロットは細身の剣を構え、静かに呼吸を整えていた。
「……シャル姉」
俺が呟くと、彼女がこちらを見た。
そして。
にこりと笑った。
……大丈夫そうだな。
「始め!」
審判の声が響く。
次の瞬間。
グレゴールが、地面を蹴った。
「《剛破斬》!」
重い斬撃。
真正面から叩き潰すような一撃だ。
しかし。
「遅いわ」
シャルロットの姿が、風に溶けた。
《天翔瞬歩》。
神速の移動。
グレゴールの剣が空を切る。
「なっ!?」
その背後に、シャルロットが現れた。
「《蒼風一閃》!」
鋭い斬撃。
グレゴールは、慌てて剣を返す。
キィン!
金属音が響いた。
「……やるな!」
「ありがとうございます」
シャルロットは、優雅に微笑んだ。
「ですが、まだ本気ではありません」
その言葉に、観客席がざわつく。
グレゴールの表情が険しくなった。
「……舐めるなよ!」
彼が、剣を大きく振りかぶる。
「《剛岩衝》!」
地面を砕くほどの衝撃波。
訓練場の床が震えた。
しかし。
「《風壁》」
シャルロットが、片手を上げる。
透明な風の壁が、衝撃波を受け流した。
「……何!?」
「力だけでは、風は捕まえられませんわ」
次の瞬間。
彼女の姿が、再び消えた。
右。
左。
背後。
風とともに、斬撃が舞う。
《風刃乱舞》。
グレゴールは、必死に剣を振るった。
だが。
一度も、シャルロットを捉えられない。
「くそっ!」
「終わりです」
シャルロットが、静かに告げた。
「《蒼嵐一閃》!」
一陣の蒼い風が、訓練場を駆け抜けた。
次の瞬間。
グレゴールの剣が、宙を舞っていた。
カランッ。
地面に落ちる金属音。
そして。
シャルロットの剣先が、彼の喉元の手前で静止していた。
「……勝者、シャルロット・ヴァルディス!」
大歓声。
俺は、思わず笑った。
「すげえ……!」
カイルも、目を丸くしている。
「おいおい……あれが二年生かよ!」
「シャル姉、強いだろ?」
「強いどころじゃねえよ!」
……うん。
俺も、ちょっと誇らしい。
◇
試合後。
シャルロットが、俺のところへやってきた。
「レオン。どうだった?」
「最高だったよ!」
俺は、素直に答えた。
「風の使い方も、剣の速さも、昨日よりさらにすごく見えた!」
「……っ!」
シャルロットの頬が、みるみる赤くなる。
「そ、そう……?」
「ああ!」
「……なら、よかったわ」
彼女は、少し照れたように微笑んだ。
そのとき。
「シャルロット先輩」
聞き慣れない声が響いた。
振り向くと、ユリウス・ファルケンハインが立っていた。
その隣には、先ほど敗れたグレゴール。
そして、眼鏡をかけたクラリッサの姿もある。
「素晴らしい試合だったよ」
ユリウスは、優雅に拍手した。
「さすがは蒼風の剣姫だ」
「……ありがとうございます」
シャルロットは、丁寧に一礼した。
しかし、その表情は少し硬い。
ユリウスは、俺へ視線を向けた。
「レオンハルト君も、見学していたんだね」
「ええ。従姉の試合ですから」
「なるほど。家族思いなんだね」
「……そうですね」
俺は、静かに答えた。
「大切な家族ですから」
その瞬間。
ユリウスの灰色の瞳が、わずかに細くなった。
「……素晴らしいことだ」
彼は、穏やかに微笑む。
「家族の絆は、何より大切にすべきものだからね」
……。
何だろう。
その言葉を聞いた瞬間、妙な違和感が胸をよぎった。
けれど。
ユリウスは、それ以上何も言わなかった。
「では、競技会を楽しみにしているよ」
そう告げて、去っていく。
俺は、その背中を見つめた。
……やっぱり。
何か、引っかかる。
◇
高等部三年生の談話室。
グレゴールは、不機嫌そうに椅子へ腰を下ろした。
「……くそっ」
「見事に負けたね」
ユリウスが、穏やかに言った。
「笑い事じゃない!」
「いや、笑ってはいないよ」
ユリウスは、書類を広げた。
「むしろ、非常に有益な試合だった」
「……何?」
「シャルロット・ヴァルディスの実力を確認できた」
クラリッサが、頷く。
「予想以上でした。剣速、魔力制御、判断力。いずれも高水準です」
「……だから何だ?」
「つまり、正面から倒すのは難しいということです」
グレゴールは、舌打ちした。
「分かってる!」
ユリウスは、静かに笑った。
「なら、正面から戦わなければいい」
「……また、それか」
「そうだよ」
彼は、机の上に二枚の資料を置いた。
一枚には、シャルロット・ヴァルディス。
もう一枚には、ルシウス・シルヴェイン。
「レオンハルトには、二人の大切な親族がいる」
クラリッサが、眼鏡を押し上げた。
「どちらも、競技会の代表候補です」
「……ああ」
「そして、二人とも非常に優秀」
ユリウスは、指先で資料を叩いた。
「優秀な者ほど、周囲から期待される」
「……?」
「期待は、時に重圧になる。そして、重圧は判断を鈍らせる」
グレゴールが、眉をひそめる。
「何が言いたい?」
ユリウスは、薄く笑った。
「彼らがどこまで家族を信じ、どこまで互いを守ろうとするのか……少し試してみたいと思ってね」
その言葉に、クラリッサの表情がわずかに曇った。
「……ユリウス様」
「何だい?」
「規程の範囲を越えることは、お勧めしません」
「もちろん、分かっているよ」
ユリウスは、柔らかく微笑んだ。
「僕たちは、あくまで公平な競技会を運営するだけだ」
しかし。
その灰色の瞳には、冷たい光が宿っていた。
◇
夕方。
公爵邸へ戻った俺は、ルシウスとシャルロットの二人と一緒に庭を歩いていた。
「兄様! 今日の僕、どうでしたか?」
「最高だったよ」
「本当ですか!?」
「ああ。あの五属性の使い方、見事だった」
ルシウスは、嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます!」
シャルロットも、微笑んでいる。
「レオン。私の試合は?」
「もちろん、シャル姉もすごかった」
「……ふふ」
彼女は、少し照れたように目を伏せた。
そのとき。
「三人とも、楽しそうだな」
父上の声が響いた。
振り向くと、アルフォンスとレオナード叔父上が立っていた。
「父上!」
「叔父上!」
レオナードは、にやりと笑った。
「聞いたぞ、シャルロット。三年生を完封したんだって?」
「ええ、お父様」
「さすが俺の娘だ!」
叔父上は、嬉しそうに笑った。
そして、ルシウスの頭を撫でる。
「ルシウスも代表候補だそうじゃないか」
「はい!」
「いいねえ。若いってのは」
父上が、穏やかに微笑んだ。
「レオン。お前も、いい刺激を受けているようだな」
「はい」
俺は、二人を見た。
「シャル姉もルシウスも、本当に強くなっていました」
「そうか」
父上は、満足そうに頷いた。
そのとき。
レオナード叔父上が、ふと真剣な顔になった。
「……レオン」
「はい?」
「一つだけ、覚えておけ」
叔父上は、静かに言った。
「強い人間ほど、周囲から狙われることがある」
「……」
「だが、恐れる必要はない」
叔父上は、俺の肩を軽く叩いた。
「お前には、俺たちがいる」
父上も、静かに頷いた。
「そうだ」
俺は、思わず笑った。
「……分かっています」
そして。
シャルロットが、俺の手を取った。
「私もいるわ」
ルシウスも、反対側から拳を突き出す。
「僕もです!」
俺は、二人を見つめた。
……ああ。
本当に。
俺は、恵まれている。
原作では、一人で戦い続けた悪役令息。
でも、今は違う。
家族がいる。
仲間がいる。
大切な人たちがいる。
そして。
俺自身も、彼らを守りたいと思っている。
「……ありがとう」
俺は、二人の手を握った。
「これからも、よろしくな」
シャルロットが、優しく微笑む。
「もちろんよ」
ルシウスも、元気よく頷いた。
「一生ついていきます!」
その笑顔を見ながら。
俺は、心の中で誓った。
――この家族を、絶対に守る。
その誓いが、やがて王国全土を震わせる怒りへと変わる日が来ることを。
このときの俺は、まだ知らなかった。




