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『悪役公爵令息レオンハルト』  作者: 覇王が好き
第二章・王立学園編

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第84話 学園合同競技会――白鷹が仕掛ける最初の罠

第84話 学園合同競技会――白鷹が仕掛ける最初の罠


王国暦八二一年、秋月十四日。


王立アストレア学園。


朝の教室は、いつも以上に騒がしかった。


「おい、レオン! 聞いたか!?」


「……朝から元気だな、カイル」


俺――レオンハルト・ヴァルディスが席に着くなり、親友のカイル・アッシュフォードが飛びつくように声をかけてきた。


「学園合同競技会だよ! 正式に開催が発表されたんだ!」


「ああ、来月のやつか」


「来月のやつか、じゃねえよ!」


カイルは机に両手をついた。


「今年は高等部と中等部の合同開催なんだぞ! しかも、学年混合の団体戦まであるらしい!」


「へえ……」


俺は、少し興味を引かれた。


学園合同競技会。


王立アストレア学園が毎年秋に開催する、剣術、魔法、戦術、団体競技を組み合わせた大規模な行事だ。


例年は高等部と中等部で別々に開催されるが、今年は王国建国記念行事の一環として、合同開催になるらしい。


「つまり、普段は戦えない上級生とも試合ができるってことか?」


「そういうこと!」


カイルは、にやりと笑った。


「俺は楽しみで仕方ないぜ!」


「お前はいつも楽しそうだな」


「当たり前だろ。強いやつと戦えるんだから!」


……まあ、その気持ちは分かる。


俺だって、強い相手と剣を交えるのは嫌いじゃない。


ただ。


「今年は、少し注意した方がいいかもしれないわね」


背後から、落ち着いた声が響いた。


振り向くと、リゼット・クローディアが立っていた。


紫色の髪を揺らし、分厚い資料を抱えている。


「リゼット?」


「競技会の運営委員会が、今年から編成方式を変更したの」


「編成方式?」


「ええ。例年は学年ごとに代表者を決めるけれど、今年は混合班を採用するそうよ」


彼女は、資料を机に広げた。


そこには、競技会の概要が記されていた。


『学年混合団体競技』


『高等部・中等部合同参加』


『貴族生徒・奨学生混成班』


『各班の編成は運営委員会が決定』


……なるほど。


「最後の項目が気になるな」


「私もよ」


リゼットが頷いた。


「誰と組むかを、参加者自身では決められない」


カイルが、腕を組む。


「別に、それくらい普通じゃねえか?」


「普通ならね」


リゼットは、少し声を落とした。


「でも、今回の運営委員長はユリウス・ファルケンハイン先輩なの」


……ユリウス。


昨日、シャル姉が注意するように言っていた名前だ。


「何か問題があるのか?」


「直接の証拠はないわ。ただ、彼が関わる行事では、規則の解釈が結果を大きく左右することがあるそうよ」


「規則の解釈、か……」


俺は、資料を見つめた。


剣や魔法で正面から戦うなら、まだ分かりやすい。


だが、規則や制度を利用した駆け引きとなると、話は別だ。


「……面倒なことにならなきゃいいけどな」


俺がそう呟くと、カイルが笑った。


「大丈夫だろ! 何かあったら、俺たちでぶっ飛ばせばいい!」


「いや、規則の問題を拳で解決しようとするなよ」


「冗談だって!」


……本当に冗談か?


     ◇


昼休み。


学園の中央掲示板には、競技会の参加規程が張り出されていた。


大勢の生徒たちが集まり、興奮した声を上げている。


「今年は中等部も参加するのか!」


「混合班って、どういう組み合わせになるんだ?」


「奨学生も貴族と同じ班になるらしいぞ!」


その中で、俺は一つの項目に目を留めた。


『競技会における班の最終決定権は、運営委員会に帰属する』


……やっぱり、ここが気になる。


「レオン」


声をかけられて振り向く。


そこには、セレスティアが立っていた。


金色の髪を揺らし、少し心配そうな表情をしている。


「セレス?」


「この規程、少し不自然だと思わない?」


「やっぱり?」


「ええ。例年なら、生徒会にも編成の確認権があるはずなのに」


「今回は違うのか?」


「確認権そのものは残っているわ。でも、異議を申し立てられる条件が厳しくなっているの」


セレスは、掲示板の下部を指差した。


『班編成への異議申立ては、明白な規程違反または安全上の重大な問題が認められる場合に限る』


……なるほど。


単に相性が悪いとか、不公平に感じるという理由では変更できないわけだ。


「よくできてるな」


俺が呟くと、セレスが眉をひそめた。


「褒めるところじゃないでしょう?」


「いや、仕組みとしてはね」


俺は、掲示板を見つめた。


「誰かを特定の班に入れたいなら、かなり都合がいい」


セレスの表情が、少し険しくなる。


「……私も、そう思うわ」


そのとき。


「おや。随分と熱心に規程を読んでいるんだね」


背後から、穏やかな声が響いた。


振り向く。


そこには、淡い金髪と灰色の瞳を持つ青年が立っていた。


整った制服。


優雅な微笑み。


周囲の生徒たちが、自然と道を開けていく。


「初めまして、レオンハルト・ヴァルディス君」


青年は、丁寧に一礼した。


「僕はユリウス・ファルケンハイン。高等部三年生だ」


……この人が。


「レオンハルト・ヴァルディスです」


俺も、礼を返した。


「お名前は伺っています」


「それは光栄だね」


ユリウスは、柔らかく微笑んだ。


「君の活躍は、学園中の話題になっているよ」


「ありがとうございます」


「特に、先日の事件では大変だったそうだね」


……。


俺は、少しだけ目を細めた。


「ええ。いろいろありました」


「気の毒だったね。根拠の薄い疑惑で名誉を傷つけられるのは、あってはならないことだ」


その言葉自体は、正しい。


だが。


何だろう。


この人の笑顔には、妙な違和感がある。


「だからこそ、今回の競技会では公平性を重視したいと思っているんだ」


ユリウスは、掲示板へ視線を向けた。


「貴族も平民も、上級生も下級生も、同じ条件で競い合う。それが理想だろう?」


「……そうですね」


「君なら、きっと理解してくれると思っていたよ」


彼は、満足そうに頷いた。


そして、セレスへ一礼する。


「王女殿下も、ぜひご協力ください」


「……公平性が守られるのであれば、もちろん」


セレスの返答は、どこか慎重だった。


ユリウスは、それ以上何も言わなかった。


「では、競技会で会おう」


そう告げて、去っていく。


俺は、その背中を見つめた。


……不思議な人だ。


言っていることは、何一つ間違っていない。


それなのに。


何かが、引っかかる。


     ◇


同じ頃。


高等部三年生の談話室。


ユリウスは、先ほどの会話を思い返していた。


「……どうだった?」


グレゴール・ハインツが尋ねる。


「レオンハルト・ヴァルディスだよ」


ユリウスは、椅子に腰を下ろした。


「想像していたより、ずっと慎重な少年だった」


「警戒されたのか?」


「多少はね」


「なら、厄介だな」


「いや。むしろ好都合だよ」


ユリウスは、薄く笑った。


「彼は規則の穴に気づいていた。それでも、規程違反がない限りは手を出せない」


クラリッサ・ベルモンドが、資料を差し出した。


「混合班の編成案です」


「ありがとう」


ユリウスは、書類を受け取る。


そこには、複数の生徒の名前が並んでいた。


レオンハルト・ヴァルディス。


カイル・アッシュフォード。


リゼット・クローディア。


そして。


アルベルト・レイフォード。


「……本当に、この組み合わせにするのか?」


グレゴールが、眉をひそめた。


「例の事件で対立した二人を、同じ班に?」


「だからこそだよ」


ユリウスは、穏やかに答える。


「対立した者同士が協力する。素晴らしい教育的意義があるじゃないか」


「……建前としてはな」


「建前も、規則に適合していれば立派な理由になる」


クラリッサが、静かに口を開いた。


「ただし、レオンハルト側から異議が出る可能性があります」


「もちろん」


ユリウスは、微笑んだ。


「そのときは、彼に説明してもらえばいい」


「何を?」


「なぜ、勇者候補との協力を拒むのかをね」


グレゴールが、にやりと笑った。


「なるほど。拒否すれば、和解を拒む傲慢な貴族に見える」


「受け入れれば、アルベルトと同じ班で戦うことになる」


ユリウスは、書類を閉じた。


「どちらでも、僕たちには観察する価値がある」


そのとき。


クラリッサが、一枚の追加資料を差し出した。


「ただし、想定外の要素があります」


「何だい?」


「シャルロット・ヴァルディスです」


ユリウスの手が止まった。


「……蒼風の剣姫か」


「はい。彼女はレオンハルトの従姉であり、二年生剣術実技首席。しかも、今回の競技会では二年生代表の推薦候補です」


「ふむ」


「さらに、北方辺境伯家のルシウス・シルヴェインも中等部代表候補に挙がっています」


ユリウスは、しばらく黙っていた。


そして。


「……なるほど」


ゆっくりと笑った。


「最強の家族は、学園の中にもいるわけだ」


     ◇


放課後。


俺は、学園の中庭でシャルロットと待ち合わせていた。


「レオン!」


「シャル姉」


彼女は、軽やかな足取りで近づいてくる。


「今日、ユリウス先輩と話したんですって?」


「……もう知ってるの?」


「学園では、意外と噂が広まるのが早いのよ」


シャルロットは、少し表情を曇らせた。


「何を話したの?」


「競技会のことだよ。公平な大会にしたいって」


「……そう」


「シャル姉は、あの人をどう思う?」


彼女は、しばらく考えた。


「頭のいい人よ。規則も、人の感情も、よく理解している」


「それだけ聞くと、優秀な先輩だな」


「ええ。でも……」


シャルロットは、俺を見つめた。


「彼は、人の弱さを見つけるのも上手なの」


……弱さ。


その言葉が、妙に引っかかった。


「だから、気をつけて」


「分かった」


俺は頷いた。


「でも、大丈夫だよ」


「……レオン?」


「俺には、シャル姉もいるから」


一瞬。


彼女の動きが止まった。


「……っ!」


「どうした?」


「……もう!」


シャルロットは、顔を赤くしてそっぽを向いた。


「そういうことを、何でもない顔で言わないで!」


「えっ!?」


……何で怒られたんだ?


そのとき。


「レオン兄様ぁぁぁ!」


聞き慣れた声が響いた。


中等部の制服を着たルシウスが、全力で駆け寄ってくる。


「ルシウス!?」


「兄様! 大変です!」


「どうした?」


少年は、息を切らしながら言った。


「僕、中等部の競技会代表候補に選ばれました!」


「おお! すごいじゃないか!」


「はいっ!」


ルシウスは、嬉しそうに笑った。


「もし正式に選ばれたら、兄様と同じ大会に出られるんです!」


「それは楽しみだな」


「はい! 絶対に頑張ります!」


その笑顔を見て、俺も自然と笑った。


……そうだ。


この大会は、ただの勝負じゃない。


ルシウスにとっては、自分の成長を示す大切な舞台なんだ。


シャル姉にとっても、同じだろう。


だったら。


俺も、全力で楽しもう。


そう思った。


そのときは、まだ知らなかった。


この学園合同競技会が、俺たち家族にとって忘れられない事件の始まりになることを。



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