第83話 勇者の新たな協力者――白鷹の策謀と蒼風の剣
第83話 勇者の新たな協力者――白鷹の策謀と蒼風の剣姫
王国暦八二一年、秋月十一日。
王都北区。
貴族たちの別邸が立ち並ぶ閑静な街区に、一際美しい白亜の館があった。
その名は、白鷹館。
門には、銀色の鷹を象った紋章が掲げられている。
そして、その門前に一人の少年が立っていた。
アルベルト・レイフォード。
王立アストレア学園の勇者候補。
かつては、多くの生徒から将来を期待されていた少年。
しかし今、その評判には大きな傷がついていた。
一週間の停学処分。
仲間だったダリオとノエルは退学。
学園内での信頼は失われ、王宮からの支援にも陰りが見え始めている。
「……くそっ」
アルベルトは、拳を握り締めた。
すべては、レオンハルトのせいだ。
あいつさえいなければ。
王女は自分に微笑んでいたはずだ。
聖女も、自分を特別な存在として認めていたはずだ。
勇者候補として、学園の中心に立っていたはずだ。
なのに。
『黒星の継承者』
『王国を救った英雄』
『最強の公爵令息』
どこへ行っても、聞こえてくるのはあの男の名前ばかり。
「……必ず、見返してやる」
そう呟いたとき。
館の門が、静かに開いた。
「アルベルト・レイフォード様ですね」
黒い礼服を着た執事が、丁寧に頭を下げる。
「主人がお待ちです」
アルベルトは、胸を張った。
そうだ。
まだ終わっていない。
自分を必要とする者は、確かに存在するのだから。
◇
案内された応接室には、三人の上級生がいた。
中央の椅子に座るのは、淡い金髪と冷たい灰色の瞳を持つ青年。
整った顔立ち。
隙のない姿勢。
そして、見る者に自然と従わせるような静かな威圧感。
「ようこそ、アルベルト君」
青年が微笑んだ。
「僕はユリウス・ファルケンハイン。王立アストレア学園高等部三年生だ」
ファルケンハイン。
その姓を聞いた瞬間、アルベルトの表情が変わった。
王国でも有数の名門侯爵家。
代々、王宮の法務や行政に深く関わってきた一族だ。
「ファルケンハイン侯爵家の……」
「嫡男だよ。もっとも、ここではただの先輩として接してほしい」
ユリウスは、柔らかく笑った。
しかし、アルベルトは直感した。
この男は、今までの協力者たちとは違う。
「隣の二人も紹介しよう」
ユリウスが、右手を向けた。
そこには、赤茶色の髪を後ろで束ねた、背の高い男子生徒が立っていた。
「グレゴール・ハインツ。三年生。学園の規律委員会に所属している」
「よろしく、勇者候補殿」
グレゴールは、皮肉めいた笑みを浮かべる。
「もっとも、今は肩書だけになりかけているようだがな」
「……っ」
アルベルトが睨むと、ユリウスが片手を上げた。
「グレゴール。客人に失礼だよ」
「失礼」
まるで反省していない声だった。
続いて、左側の少女が一礼する。
濃い青色の髪。
眼鏡の奥に、理知的な瞳。
「クラリッサ・ベルモンドです。三年生。学園の議事記録や各種規程の研究をしています」
「……よろしく」
「あなたの件についても、公開された範囲の記録は確認しています」
その言葉に、アルベルトの背筋が冷えた。
「僕の件……?」
「ええ。証言の矛盾、証拠の不足、処分の根拠。非常に興味深い事例でした」
クラリッサは、淡々と答えた。
「特に、あなたへの処分が比較的軽かった点は」
「……何が言いたい?」
「あなたは、まだ使い道があるということです」
部屋が静まり返った。
ユリウスが、小さく笑う。
「クラリッサは言葉が率直すぎるんだ」
そして、アルベルトへ視線を向けた。
「君はレオンハルト・ヴァルディスに勝ちたい。違うかい?」
「……当然だ」
「なら、一つ教えてあげよう」
ユリウスは、テーブルに一枚の紙を置いた。
そこには、王立アストレア学園の組織図が記されていた。
生徒会。
規律委員会。
学年代表会議。
奨学生審査会。
各種の学園行事を運営する委員会。
「君は今まで、何を使って彼と戦おうとした?」
「……世論だ」
「なるほど。噂を広め、周囲の印象を変えようとしたわけだね」
「……ああ」
「悪くない発想だ。だが、実行が粗雑だった」
アルベルトの顔が歪む。
ユリウスは構わず続けた。
「嘘は、証拠が見つかれば崩れる。証人は裏切る。脅迫は記録に残る」
「……」
「しかも相手は、黒獅子と銀月の魔女の息子だ」
ユリウスは、指先で組織図を叩いた。
「真正面から不正を仕掛ければ、当然、家族が動く」
「じゃあ、どうしろと言うんだ!」
アルベルトが声を荒らげる。
「レオンハルトは強い! 剣も魔法も、誰も勝てない! おまけに王女まであいつの味方だ!」
「だからこそ、剣で勝つ必要はないんだよ」
ユリウスの声は、驚くほど穏やかだった。
「彼がどれほど強くても、学園の規則を一人で書き換えることはできない」
「……規則?」
「そう。学園には学園の秩序がある。手続きがある。上級生には、上級生の権限がある」
ユリウスは、薄く笑った。
「僕たちは、彼を罪人に仕立て上げたりしない」
「なら、何をする?」
「彼に、選択を迫るんだ」
アルベルトは、眉をひそめた。
「選択?」
「正しいことをすれば、別の大切なものを失う。誰かを守れば、別の誰かに不利益が生じる。そういう状況を作る」
ユリウスは、静かに言った。
「強さだけでは、すべてを守れないと教えてあげるのさ」
アルベルトの口元が、ゆっくりと吊り上がった。
「……面白い」
「ただし、条件がある」
「何だ?」
「勝手に動かないこと。証拠の残る工作をしないこと。そして、僕たちの名前を軽々しく口にしないこと」
ユリウスの灰色の瞳が、鋭く光った。
「君がまた失敗しても、僕たちは君と一緒に沈むつもりはない」
その瞬間。
アルベルトは理解した。
この男は、自分を仲間だとは思っていない。
利用できる駒として見ている。
だが。
それでも構わなかった。
レオンハルトに勝てるのなら。
「……分かった」
アルベルトは、差し出された手を握った。
「協力しよう」
ユリウスは微笑んだ。
「歓迎するよ、勇者候補君」
その笑顔を見たクラリッサは、静かに眼鏡を押し上げた。
そして、心の中で呟く。
――また一つ、駒が増えた。
◇
翌日、秋月十二日。
ヴァルディス公爵邸。
俺は、朝から妙な緊張感に包まれていた。
理由は簡単だ。
「レオン兄様! 今日は僕と魔法の練習をしてください!」
「レオン。午後は私と剣術の稽古をする約束でしょう?」
「いや、ちょっと待って。俺の予定が勝手に埋まってない?」
ルシウスとシャルロット。
二人が、俺の左右から予定を主張している。
「兄様の七属性魔法を見たいんです!」
「私は、レオンがどれほど強くなったか確かめたいの」
「分かった、分かったから!」
俺は苦笑した。
「じゃあ、午前はルシウスと魔法。午後はシャル姉と剣術。それでいい?」
「はいっ!」
「……仕方ないわね」
二人とも満足そうだ。
……まったく。
昨日まで静かだった公爵邸が、一気に賑やかになったな。
でも、不思議と嫌ではない。
◇
午前。
公爵邸の訓練場。
ルシウスが、俺の前に立った。
「兄様! 見ていてください!」
少年が両手を広げる。
次の瞬間。
五つの魔法陣が、空中に展開された。
赤。
青。
緑。
茶。
紫。
火、水、風、土、雷。
五属性の魔力が、同時に回転する。
「《五彩連環》!」
五つの魔法陣から、それぞれ異なる魔力弾が放たれた。
炎が舞い、水がうねり、風が加速し、土が盾を形作り、雷が空気を裂く。
「おおっ!」
俺は素直に感心した。
魔力の制御が、非常に精密だ。
特にすごいのは、五属性が互いに干渉しないよう調整されていること。
十三歳で、この精度。
……本当に天才だ。
「すごいな、ルシウス!」
「本当ですか!?」
「ああ。特に属性間の魔力干渉を抑える技術が素晴らしい」
「えへへ……!」
ルシウスは、嬉しそうに笑った。
「でも、兄様ならもっとすごいですよね?」
「……まあ、少しだけな」
俺は、片手を上げた。
七つの魔法陣が、静かに浮かび上がる。
七属性。
そして、その中心に小さな黒い星が灯った。
ルシウスが、息を呑む。
「……綺麗だ」
「大事なのは、魔力量より制御だよ」
俺は、七つの魔法陣をゆっくりと回転させた。
「属性同士を無理に押さえつけるんじゃなくて、互いの流れを読んでやる」
「……流れを読む」
「そう。五属性なら、ルシウスにもできる」
少年の瞳が輝いた。
「はい! 練習します!」
その姿を見て、俺は思わず笑った。
……いつか本当に、俺の隣で戦う日が来るかもしれないな。
◇
午後。
今度は、シャルロットとの模擬戦だ。
「手加減はしないでね、レオン」
「いや、さすがにそれは……」
「私だって、遊んでいたわけじゃないのよ?」
シャルロットが、細身の剣を抜く。
その瞬間。
訓練場に、風が巻き起こった。
《蒼風の剣姫》。
王立アストレア学園高等部二年生。
風属性の魔法と神速の剣術を融合させる、侯爵家の天才剣士。
彼女の実力は、俺も昔から知っている。
だが。
「……へえ」
今のシャル姉は、以前とは別人のようだった。
「行くわよ!」
「いつでも!」
次の瞬間。
彼女の姿が消えた。
いや。
消えたように見えただけだ。
風魔法で加速した踏み込み。
《天翔瞬歩》。
一瞬で間合いを詰め、右から鋭い斬撃が迫る。
キィン!
俺は剣で受け止めた。
「速い!」
「まだよ!」
シャルロットの姿が、風とともに揺らぐ。
左右から、連続する斬撃。
《風刃乱舞》。
鋭い風の刃が、剣撃と同時に襲いかかる。
俺は一歩も動かず、すべてを受け流した。
「……やっぱり、すごいわね」
「シャル姉こそ!」
俺は笑った。
「こんなに速くなってるとは思わなかった!」
「……っ!」
シャルロットの頬が、わずかに赤くなる。
「ほ、褒めても何も出ないわよ!」
「本当のことだよ」
「もうっ!」
彼女が、さらに加速した。
その剣筋は美しく、鋭く、そして迷いがない。
俺は、少しだけ本気になった。
剣を返し、風の流れを読み、彼女の踏み込みに合わせて半歩前へ出る。
キンッ!
次の瞬間。
シャルロットの剣先が、俺の肩のすぐ横で止まった。
そして、俺の剣は彼女の首元の手前で静止していた。
「……参ったわ」
シャルロットが、ふっと笑う。
「やっぱり、レオンには敵わないわね」
「いや、すごかったよ」
俺は剣を下ろした。
「風の使い方が本当に上手い。あれなら上級生でも、かなり強い方じゃない?」
「……かなり、どころじゃないわよ」
シャルロットは、少し得意げに胸を張った。
「私、一応、二年生の剣術実技では首席なの」
「えっ!? そうなの!?」
「……今さら?」
俺は、思わず笑った。
「さすがシャル姉!」
その言葉に、彼女は一瞬だけ目を伏せた。
「……昔から」
「ん?」
「あなたに褒められるのが、一番嬉しいのよ」
風が、二人の間を吹き抜ける。
……今、何て?
俺が聞き返そうとしたとき。
「レオン兄様ーっ!」
ルシウスの声が響いた。
「次は僕とも剣の練習をしてください!」
「えっ!? もう一回!?」
「ずるいわ、ルシウス! 今は私の時間よ!」
……どうやら、今日も休む暇はなさそうだ。
◇
秋月十三日。
王立アストレア学園。
朝の廊下を歩いていた俺は、いつもと違う空気を感じていた。
「レオン!」
「カイル、おはよう」
親友のカイル・アッシュフォードが、勢いよく駆け寄ってくる。
「聞いたぞ! お前んちに、黒狼と白銀の女帝が来てるんだって!?」
「……情報早いな」
「当たり前だろ! 王都の貴族連中、今その話でもちきりだぞ!」
「そんなに?」
「そんなに、だよ!」
カイルは、呆れたように両手を広げた。
「黒獅子と銀月の魔女だけでも十分なのに、そこへ黒狼と白銀の女帝まで揃ったんだぞ?」
「……まあ、そうだけど」
「お前の家、どこまで強くなるんだよ!」
……それは、俺にも分からない。
「しかも、シャルロット先輩まで戻ってきたって?」
「ああ。今日からまた普通に授業を受けるらしい」
「……レオン」
カイルが、妙に真剣な顔になった。
「お前、知らないのか?」
「何を?」
「シャルロット先輩、二年生じゃ有名人だぞ」
「そうなの?」
「《蒼風の剣姫》だよ! 剣術実技首席! しかも、貴族令嬢たちからも人気がある!」
「へえ……」
「へえ、じゃねえよ!」
そのとき。
廊下の向こうから、澄んだ声が響いた。
「レオン!」
振り返る。
シャルロットが、優雅な足取りで近づいてきた。
周囲の生徒たちが、次々に道を開ける。
「おはよう、シャル姉」
「おはよう。ちゃんと朝食は食べた?」
「食べたよ」
「忘れ物は?」
「ないって」
「困ったことがあったら、すぐに言うのよ?」
「分かってるよ」
……何だか、昔に戻ったみたいだ。
そのとき。
「……レオン?」
聞き慣れた声がした。
振り向くと、セレスティアが立っていた。
王女殿下は、俺とシャルロットを交互に見つめる。
「こちらの方は……?」
「ああ、紹介するよ。俺の従姉のシャルロット・ヴァルディス。高等部二年生なんだ」
シャルロットが、優雅に一礼した。
「初めまして、セレスティア王女殿下。シャルロット・ヴァルディスと申します」
「……セレスティア・ルミナスです」
セレスも、王女らしい笑みを浮かべる。
「レオンとは、昔から親しいのですか?」
「ええ。幼い頃から、ずっと」
「……そうですか」
「レオンは、私にとってとても大切な子ですから」
「……私にとっても、大切な人です」
…………。
あれ?
何だろう。
二人とも笑っているのに、妙に空気が張り詰めている。
カイルが、そっと俺の肩を叩いた。
「……レオン」
「何だ?」
「お前、頑張れよ」
「何を!?」
親友は、それ以上何も言わなかった。
◇
同じ頃。
高等部三年生の専用談話室。
ユリウス・ファルケンハインは、窓の外を眺めていた。
「……黒狼と白銀の女帝、か」
机の上には、最新の報告書が置かれている。
ヴァルディス公爵邸への二人の来訪。
侯爵家と辺境伯家の動向。
そして、シャルロット・ヴァルディスの学園復帰。
「随分と厄介なことになったな」
グレゴールが、腕を組んだ。
「レオンハルト一人でも手に負えないのに、家族まで増えたぞ」
「増えたわけじゃないよ」
ユリウスは、静かに答える。
「最初から、そこにいたんだ」
「……どういう意味だ?」
「僕たちが、彼の背後にあるものを見落としていただけさ」
ユリウスは、書類を一枚持ち上げた。
そこには、ヴァルディス一族の系譜が記されている。
黒獅子アルフォンス。
銀月の魔女エレオノーラ。
黒狼レオナード。
白銀の女帝イザベラ。
そして、その次の世代。
黒星の継承者レオンハルト。
蒼風の剣姫シャルロット。
五彩の神童ルシウス。
「……化け物の一族ね」
クラリッサが、ぽつりと呟いた。
「言葉を選びたまえ」
ユリウスが苦笑する。
「失礼。ですが、事実です」
クラリッサは、眼鏡を押し上げた。
「正面から敵対すれば、政治的にも軍事的にも不利です」
「その通り」
「なら、計画は中止ですか?」
ユリウスは、首を横に振った。
「いいや」
そして、薄く笑う。
「むしろ、面白くなってきた」
グレゴールが、眉をひそめる。
「本気か?」
「もちろん」
ユリウスは、学園の規程集を開いた。
「僕たちは、彼の家族と戦うつもりはない」
「……では?」
「学園の中で、彼自身に判断を迫る」
ユリウスの指が、ある項目で止まった。
そこには、翌月開催予定の学園合同競技会について記されていた。
高等部と中等部。
貴族生徒と奨学生。
剣術、魔法、戦術、そして団体競技。
学園全体が注目する、秋の一大行事だ。
「彼は、誰も見捨てない英雄でありたいのだろう?」
「……そう見えるわね」
「なら、その理想を試そう」
ユリウスは、穏やかに微笑んだ。
「大切なものが増えれば増えるほど、人は選択を迫られる」
クラリッサが、書類を確認する。
「競技会の運営委員には、上級生の推薦枠があります」
「そう。規程に従って、正当に進めるだけだ」
「……ですが、規程を悪用したと判断されれば、ファルケンハイン家にも影響します」
「だから、規程違反はしない」
ユリウスは、はっきりと言った。
「少なくとも、表向きにはね」
グレゴールが、低く笑った。
「なるほど。剣ではなく、舞台そのものを握るわけか」
「そういうことだよ」
そのとき。
扉が、控えめに叩かれた。
「ユリウス様。アルベルト・レイフォード様がお見えです」
「通してくれ」
扉が開く。
アルベルトが、緊張した面持ちで入ってきた。
ユリウスは、柔らかく微笑む。
「やあ、アルベルト君」
「……何か、動きがあったのか?」
「もちろん」
ユリウスは、競技会の資料を差し出した。
「君には、勇者候補としての名誉を取り戻す機会を用意したい」
アルベルトの瞳が輝く。
「本当か!?」
「ああ。ただし、焦ってはいけないよ」
ユリウスは、静かに告げた。
「今度こそ、レオンハルト・ヴァルディスを正面から引きずり下ろそう」
アルベルトは、資料を握り締めた。
その口元には、久しぶりに自信に満ちた笑みが浮かんでいた。
しかし。
ユリウスの灰色の瞳は、まったく笑っていなかった。
――勇者候補。
――黒星の継承者。
――最強の一族。
それらすべてを、学園という盤上に並べる。
そして、自分は盤の外から駒を動かす。
それこそが、ユリウス・ファルケンハインの戦い方だった。
◇
放課後。
俺は、学園の中庭でシャルロットと話していた。
「レオン。最近、三年生の一部が妙な動きをしているの」
「三年生?」
「ええ。特に、ユリウス・ファルケンハインという人」
聞いたことのない名前だった。
「どんな人?」
「ファルケンハイン侯爵家の嫡男。成績優秀で、人望もあるわ」
「それなら、いい先輩なんじゃない?」
「……そうならいいのだけれど」
シャルロットは、少しだけ表情を曇らせた。
「彼は、表立って人を傷つけるような真似はしないの」
「……?」
「でも、いつの間にか相手が不利な立場に追い込まれている。そんな噂があるわ」
俺は、眉をひそめた。
「政治的な駆け引きが得意ってことか」
「そうね」
シャルロットは、真剣な顔で頷いた。
「だから、気をつけて」
「分かった」
「それと」
彼女が、俺の手を取った。
「今度は、一人で抱え込まないで」
その言葉に、俺は思わず笑った。
「……シャル姉まで、父上たちと同じことを言うんだな」
「当たり前でしょう?」
シャルロットは、まっすぐ俺を見つめた。
「私だって、あなたの家族なんだから」
風が、二人の間を吹き抜ける。
その風は、不思議と温かかった。
「……ありがとう、シャル姉」
俺がそう言うと、彼女は少しだけ頬を赤くした。
「……もう」
そして、小さく微笑む。
「昔から、そういうところは変わらないのね」
俺は、空を見上げた。
原作ゲームでは、俺は一人で戦った。
誰にも頼らず、誰も信じず、最後にはすべてを失った。
だけど。
今は違う。
家族がいる。
仲間がいる。
大切な人たちがいる。
そして、俺自身も強くなった。
――なら。
どんな敵が現れようと、恐れる理由はない。
俺は、静かに拳を握った。
その胸の奥で。
黒い星が、かすかに輝いた。
新たな敵。
新たな戦い。
そして、さらに深まる家族の絆。
王立アストレア学園を舞台にした、本当の意味での戦いは――。
ここから始まろうとしていた。




