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『悪役公爵令息レオンハルト』  作者: 覇王が好き
第一章 運命を覆す者

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第8話 王女の決意と、黒獅子公爵の逆鱗

王国暦八百二十一年、春月十八日。


 王都ヴァルディス公爵家別邸。


 朝の陽光が差し込む食堂で、俺は一枚の新聞を眺めていた。


『聖女エリシア・フィオーレ、大聖堂地下より救出!』


『ヴァルディス公爵家、王国監察官と共同で禁術使用を摘発』


『マルクス・エルディン司祭、身柄拘束』


 ……まあ、そうなるよな。


 昨日の事件は、王都中に衝撃を与えていた。


 教会が誇る聖女を、教会の司祭が監禁していた。


 しかも、精神干渉魔法という禁術を使用しようとしていたのだから、当然だ。


 新聞には俺の名前も大きく載っている。


 ……正直、あまり目立ちたくないんだけどな。


「レオンちゃん!」


 嫌な予感がした。


 顔を上げると、母エレオノーラが満面の笑みでこちらを見つめていた。


「見て! 新聞にレオンちゃんのことが書いてあるわ!」


「……ええ、今読んでます」


「聖女様を救ったんですって! 本当に偉いわ!」


「……ありがとうございます」


「しかも、誰一人殺さずに事件を解決したそうじゃない!」


 母は嬉しそうに両手を合わせた。


「さすが私のレオンちゃんね!」


 ……俺、もう十五歳なんだけど。


 だが、母の勢いは止まらない。


「あなた! この記事、額縁に入れて飾りましょう!」


「うむ。私もそう考えていた」


 父アルフォンスが、真顔で頷いた。


「公爵家の本邸にも、王都別邸にも飾るべきだな」


「……父上?」


「それと、昨日の王女救出の記事も保存してある」


「……何枚ですか?」


「五十部ほどだ」


「多すぎません!?」


 俺は思わず叫んだ。


 父は不思議そうな顔をする。


「少ないか?」


「逆です!」


 エレノアが、隣で小さく笑っていた。


「……エレノア」


「はい、レオンハルト様」


「何か言いたそうだな」


「いいえ。ただ、旦那様と奥様のお気持ちはよくわかります」


 ……お前までか。


 俺は深くため息をついた。


 だが。


 そんな騒がしい朝食も、決して嫌いではなかった。


 ◇◆◇


 同じ頃。


 ルミナス王城。


 第一王女セレスティア・ルミナスは、父である国王アレクシスの執務室を訪れていた。


「……父上」


「セレスティアか。どうした?」


 アレクシス王は、書類から顔を上げた。


 その表情には、深い疲労が浮かんでいる。


 王女襲撃事件。


 教会の不正疑惑。


 そして、聖女監禁事件。


 わずか数日の間に、王国を揺るがす事件が続いていた。


「……お願いがございます」


 セレスティアは、真剣な表情で頭を下げた。


「レオンハルト・ヴァルディス様と、正式にお話しする機会をいただきたいのです」


 国王の眉が、わずかに動いた。


「……レオンハルトと?」


「はい」


「理由を聞いてもよいか?」


 セレスティアは、ゆっくりと頷いた。


「……私は、あの方を誤解していたのかもしれません」


 国王は黙って娘を見つめた。


「以前の私は、周囲の噂ばかりを信じていました」


 セレスティアの脳裏に、幼い頃の記憶が蘇る。


 庭園で転び、膝を擦りむいた自分。


 涙を堪えきれずに泣いていたとき。


 誰よりも早く駆け寄ってきた黒髪の少年。


『大丈夫か、セレス?』


 そう言って、優しく手を差し伸べてくれた。


 あの少年が、レオンハルトだった。


 だが、数年後。


 彼は変わってしまった。


 笑わなくなり、他人を遠ざけるようになった。


 そして、黒き暴君と呼ばれるようになった。


 自分もまた、その噂を信じてしまった。


 ……でも。


 あの日。


 盗賊団に襲われた自分を救ってくれたのは、レオンハルトだった。


 何の見返りも求めず。


 自分の命を危険に晒してまで。


 そして、昨日。


 教会に監禁されていた聖女まで救い出した。


「……父上」


 セレスティアは、静かに告げた。


「私は、あの方自身を見ようとしていませんでした」


 国王は、しばらく黙っていた。


 そして、ゆっくりと頷いた。


「……そうか」


 その声は、どこか穏やかだった。


「ならば、自分の目で確かめるがよい」


「……ありがとうございます!」


 セレスティアは深々と頭を下げた。


 国王は、そんな娘を見ながら静かに考えていた。


 レオンハルト・ヴァルディス。


 王国最強の公爵家の後継者。


 幼い頃から、剣と魔法の両方で類稀なる才能を示してきた少年。


 だが、近年は悪評ばかりが広まっていた。


 ……本当に、あの少年が変わったのか。


 それとも。


 我々が、何かを見誤っていたのか。


 国王は、静かに目を細めた。


 ◇◆◇


 午前十時。


 ヴァルディス公爵家別邸。


「……王女殿下から、お茶会の招待?」


 俺は、セバスティアンが差し出した封筒を眺めていた。


「はい。正式な招待状でございます」


「……何でまた」


 封筒には、王家の紋章が刻まれている。


 差出人は、セレスティア・ルミナス。


 第一王女本人だ。


 ……なるほど。


 王女襲撃事件の後、彼女とは少し話した。


 だが、まだ誤解が完全に解けたわけではない。


 今回の招待も、おそらくその辺りが理由だろう。


「……レオンハルト様」


 エレノアが、静かに口を開いた。


「お受けになりますか?」


「……そうだな」


 俺は少し考えた。


 王女と良好な関係を築いておくことは、今後のためにも悪くない。


 何より、彼女自身は悪い人間ではない。


 原作では、アルベルトに利用されていただけだ。


 ……まあ。


 その原作を変えるためにも、会っておくべきだろう。


「……受けよう」


「承知いたしました」


 エレノアが微笑む。


 そのとき。


「……レオンちゃん?」


 背後から、母の声が聞こえた。


 ……あ。


 嫌な予感がする。


「……母上」


「王女様から、お茶会のお誘い?」


「……はい」


 母は、ぱっと顔を輝かせた。


「まあ!」


 そして、嬉しそうに手を合わせる。


「レオンちゃん、王女様と仲良くなったのね!」


「……いや、まだそんな……」


「お母様、嬉しいわ!」


 母は俺の両手を握った。


「でも、エレノアちゃんもいるし……」


「……母上?」


「レオンちゃんは昔から女の子に優しいものね!」


 ……何の話だ?


 俺は思わず首を傾げた。


 すると、母は楽しそうに笑った。


「ふふっ。これから忙しくなりそうね」


 ……何が?


 だが、その質問をする前に、父が部屋へ入ってきた。


「レオンハルト」


「……父上?」


 父の表情は、真剣だった。


「少し、話がある」


 その声に、俺も姿勢を正した。


「……何でしょう?」


 父は、ゆっくりと扉を閉めた。


 そして、静かに告げた。


「……昨夜、教会の関係者が一人、姿を消した」


 俺は目を細めた。


「……誰ですか?」


「マルクス司祭の側近だ」


 父は、書類を差し出した。


「黒い外套をまとった男。名前は不明だが、教会の裏仕事を担当していたらしい」


 ……なるほど。


 昨日、マルクスが拘束された際、現場にはいなかった人物か。


「……逃亡したんですか?」


「その可能性が高い」


 父は、静かに続けた。


「だが、それだけではない」


「……?」


「その男が、ある人物と接触した形跡がある」


 俺は、書類へ視線を落とした。


 そこに書かれていた名前。


 アルベルト・レイフォード。


 ……やっぱりな。


 俺は、小さく息を吐いた。


「……勇者ですか」


「ああ」


 父の瞳が、鋭く光った。


「ただし、まだ決定的な証拠ではない」


「……わかっています」


 俺は頷いた。


 アルベルトは、簡単には尻尾を出さないだろう。


 原作ゲームでは、主人公として扱われていた男だ。


 だが、現実のあいつは違う。


 人々を利用し、裏から事件を操る。


 そして、邪魔者を排除しようとする。


 ……なら。


 こちらも、相応の準備が必要だ。


「……父上」


「何だ?」


「一つ、お願いがあります」


 父は、わずかに微笑んだ。


「言ってみろ」


「アルベルトの周辺を、もう少し詳しく調べたいんです」


「……ほう」


「特に、教会以外の協力者について」


 父は、しばらく考えた。


 そして、ゆっくりと頷いた。


「……わかった」


 その声には、確かな力が宿っていた。


「私の情報網も使おう」


「……ありがとうございます」


 父は、少しだけ笑った。


「礼などいらん」


 そして、俺の肩へ手を置いた。


「お前が望むなら、父はどこまでも力を貸す」


 ……本当に。


 頼もしい父親だ。


 ◇◆◇


 その日の午後。


 王都の高級宿。


 アルベルト・レイフォードは、窓際に立っていた。


「……マルクスが捕まった、か」


 その声には、苛立ちが滲んでいた。


 王女襲撃計画。


 盗賊団の口封じ。


 そして、聖女監禁事件。


 すべてが失敗した。


 しかも、その中心には必ずレオンハルトがいる。


「……あいつさえいなければ……」


 アルベルトは、拳を握りしめた。


 そのとき。


 コンコン。


 扉が叩かれた。


「……入れ」


 現れたのは、黒い外套をまとった男だった。


「……ご報告がございます」


「何だ?」


「ヴァルディス公爵家が、我々の周辺を調べ始めました」


 アルベルトの表情が、わずかに変わった。


「……公爵家が?」


「はい。アルフォンス公爵自ら、情報網を動かしているようです」


「…………」


 アルベルトは、ゆっくりと椅子へ腰を下ろした。


 ……厄介だ。


 レオンハルト一人なら、まだ何とかなると思っていた。


 だが、アルフォンス・ヴァルディスが動くとなれば、話は別だ。


 王国最強の軍事貴族。


 黒獅子。


 そして、息子を異常なほど溺愛する父親。


 ……あの男を敵に回すのは、危険すぎる。


「……どうする?」


 黒衣の男が尋ねた。


 アルベルトは、しばらく黙っていた。


 そして、静かに答えた。


「……直接手を出すのは、しばらく控える」


「……よろしいのですか?」


「仕方ないだろう」


 アルベルトは、苛立たしげに舌打ちした。


「今は、あの公爵夫妻が王都にいる」


 そして、冷たく笑った。


「……だが、いつまでもいるわけじゃない」


 黒衣の男が、わずかに目を細めた。


「……と、申しますと?」


「いずれ、外交任務や領地の問題で王都を離れることもあるだろう」


 アルベルトは、静かに続けた。


「そのときが、好機だ」


 その言葉に、黒衣の男は頷いた。


 だが。


 彼らは、まだ知らなかった。


 その発想こそが、原作ゲームでレオンハルトを死へ追いやった陰謀と、恐ろしいほど似通っていることを。


 ◇◆◇


 夕方。


 王城の庭園。


 俺は、王女セレスティアと向かい合っていた。


 白いテーブル。


 銀のティーポット。


 美しい花々に囲まれた庭園。


 ……いかにも王族のお茶会って感じだな。


「……レオン」


 セレスティアが、静かに口を開いた。


「今日は、来てくれてありがとう」


「……招待されたからな」


 俺は肩をすくめた。


「それで、話って何だ?」


 彼女は、少しだけ迷った。


 そして、ゆっくりと顔を上げた。


「……謝りたかったの」


「……謝る?」


「ええ」


 セレスティアは、真っ直ぐに俺を見つめた。


「私は、あなたのことを誤解していた」


 俺は黙って聞いていた。


「周囲の噂を信じて、あなたが冷酷な人間になってしまったと思っていた」


 彼女の声が、少しだけ震える。


「でも……違ったのね」


「……どうだろうな」


 俺は、紅茶を一口飲んだ。


「昔の俺が、愛想の悪い人間だったのは事実だ」


「……それでも」


 セレスティアは、首を振った。


「あなたは、私を助けてくれた」


 その瞳には、強い光が宿っていた。


「しかも、聖女様まで救い出した」


 俺は、少しだけ苦笑した。


「……困ってる人間を助けただけだ」


「……そう言うところも、昔と同じ」


 セレスティアが、小さく微笑んだ。


 ……昔、か。


 俺は、幼い頃の記憶を思い出した。


 王城の庭園。


 転んで泣いていた少女。


 その膝を治癒魔法で癒した少年。


 ……確かに、そんなこともあったな。


「……セレス」


 俺がそう呼ぶと、彼女は目を見開いた。


「……っ!」


「……どうした?」


「……いえ」


 セレスティアは、少しだけ頬を赤らめた。


「……久しぶりに、そう呼んでくれたから」


 俺は、思わず目を瞬かせた。


 ……そういえば。


 昔は、そう呼んでいたんだったな。


「……嫌だったか?」


「……ううん」


 彼女は、静かに首を振った。


「……嬉しい」


 その笑顔は、王女としてのものではなかった。


 幼い頃、庭園で一緒に遊んだ少女の笑顔だった。


 ……なるほど。


 少しずつ、昔の関係に戻れるかもしれないな。


 ◇◆◇


 そのとき。


「……これは、珍しい組み合わせですね」


 背後から、聞き覚えのある声が響いた。


 振り返る。


 そこに立っていたのは、金髪碧眼の少年。


 アルベルト・レイフォード。


 勇者と呼ばれる男だった。


「……アルベルト」


 セレスティアが、少し驚いたように声を上げた。


「……どうして、ここに?」


「王宮へ用事がありまして」


 アルベルトは、穏やかに微笑んだ。


「それにしても、レオンハルト様とお茶会とは」


 その瞳が、俺へ向けられる。


「……少々、意外でした」


 ……なるほど。


 わざわざ様子を見に来たわけか。


 俺は、静かに微笑んだ。


「……何か問題でも?」


「いえいえ」


 アルベルトは、軽く首を振った。


「ただ、王女殿下が心配で」


「……心配?」


「ええ」


 彼は、セレスティアへ視線を向けた。


「レオンハルト様には、あまり良くない噂もありますから」


 ……来たな。


 俺は、内心で笑った。


 相変わらず、他人の悪評を利用するのが好きな男だ。


 だが。


 今回ばかりは、少し状況が違う。


「……アルベルト様」


 セレスティアが、静かに口を開いた。


「……はい?」


「私は、自分の目で確かめたいと思っています」


 アルベルトの表情が、わずかに固まった。


「……何を、ですか?」


「レオンが、どんな人なのか」


 セレスティアは、真っ直ぐに彼を見つめた。


「噂だけで、人を判断したくありません」


「…………」


 アルベルトは、一瞬言葉を失った。


 だが、すぐに笑顔を取り戻す。


「……それは、素晴らしいお考えですね」


 ……無理してるな。


 俺は、紅茶を一口飲んだ。


 そして、静かに口を開く。


「……ところで、アルベルト」


「……何でしょう?」


「最近、教会が騒がしいらしいな」


 アルベルトの指先が、わずかに動いた。


「……そうですね」


「聖女が監禁されていたなんて、驚いたよ」


「……本当に、恐ろしい事件です」


「そうだな」


 俺は、にっこりと笑った。


「……特に、マルクス司祭には色々聞きたいことがある」


 アルベルトの笑顔が、ほんの少しだけ引きつった。


「……そう、ですか」


「ああ」


 俺は、静かに続けた。


「王女襲撃事件についても、何か知っているかもしれないしな」


 その瞬間。


 アルベルトの瞳に、冷たい光が宿った。


 ……おっと。


 今、少しだけ本性が出たな。


 だが、彼はすぐに笑顔を取り戻した。


「……ぜひ、真相が明らかになることを願っています」


「俺もだよ」


 俺は、穏やかに微笑んだ。


「……本当に、楽しみだ」


 ◇◆◇


 その日の夜。


 ヴァルディス公爵家別邸。


 俺は、父の執務室へ呼ばれていた。


「……レオンハルト」


「はい」


 父アルフォンスは、静かに一通の報告書を差し出した。


「……教会の押収資料から、興味深いものが見つかった」


 俺は、書類を受け取った。


 そこには、複数の送金記録が記されていた。


 教会の関連団体。


 名義を変えた商会。


 そして、王都郊外の傭兵団。


 ……なるほど。


 資金の流れが、少しずつ見えてきた。


「……これは」


「ああ」


 父は、ゆっくりと頷いた。


「王女襲撃事件に使われた資金と、同じ経路を通っている可能性が高い」


 俺は、書類をじっと見つめた。


 そして、ある名前に目を止めた。


 レイフォード商会。


 ……レイフォード?


 アルベルトと、同じ名前。


 だが、それだけでは証拠にならない。


 同姓の商会など、いくらでも存在する。


「……父上」


「何だ?」


「この商会について、詳しく調べられますか?」


 父は、静かに微笑んだ。


「……すでに調べさせている」


 ……さすがだ。


 俺は、思わず笑った。


「……ありがとうございます」


「礼などいらん」


 父は、ゆっくりと立ち上がった。


「レオンハルト」


「はい」


「お前は、今回の事件をどう考えている?」


 俺は、少しだけ考えた。


 そして、静かに答えた。


「……単なる王女襲撃事件ではないと思います」


 父の目が、鋭く光る。


「……続けろ」


「教会の不正、聖女の監禁、勇者の関与疑惑」


 俺は、書類を机へ置いた。


「……これらは、すべて繋がっている可能性があります」


 父は、ゆっくりと頷いた。


「……私も同じ考えだ」


 そして、静かに続ける。


「だが、問題はその先だ」


「……その先?」


 父は、窓の外へ視線を向けた。


「……教会と勇者だけで、ここまで大きな事件を起こせると思うか?」


 俺は、思わず目を細めた。


 ……なるほど。


 確かに、そうだ。


 王女襲撃。


 盗賊団の雇用。


 禁術の使用。


 教会の資金操作。


 それらすべてを、たった数人で実行するのは難しい。


 ……つまり。


「……さらに上に、誰かいる?」


 父は、静かに頷いた。


「その可能性がある」


 俺は、ゆっくりと息を吐いた。


 ……面白くなってきたな。


 原作ゲームでは、レオンハルトは悪役として討伐された。


 だが、その裏側には、まだ描かれていない陰謀があったのかもしれない。


 そして。


 その陰謀は、今も動いている。


 俺は、静かに拳を握った。


 ……いいだろう。


 誰が相手でも、構わない。


 俺の家族に。


 仲間に。


 大切な人たちに。


 手を出すつもりなら。


 ……徹底的に、叩き潰してやる。


 ◇◆◇


 同じ頃。


 王都の地下深く。


 薄暗い部屋で、数人の男たちが円卓を囲んでいた。


 中央には、黒い封蝋が押された書類が置かれている。


「……マルクスが捕まったそうだな」


 低い声が響いた。


「……はい」


「勇者アルベルトも、動揺しております」


「……愚かな」


 男は、静かに笑った。


「たかが一人の少年に、ここまで計画を乱されるとは」


 別の男が、口を開く。


「……しかし、レオンハルト・ヴァルディスは危険です」


「……ほう?」


「王女を救い、聖女を救い、教会の不正を暴き始めています」


 その言葉に、円卓の空気が重くなった。


「……しかも、アルフォンス公爵が動き始めた」


 その瞬間。


 沈黙が落ちた。


 黒獅子アルフォンス・ヴァルディス。


 王国最強の軍事貴族。


 彼を敵に回すことの意味を、全員が理解していた。


「……ならば」


 中央の男が、静かに告げた。


「……公爵夫妻を、王都から遠ざければよい」


 その言葉に、他の男たちが顔を上げた。


「……外交任務ですか?」


「それも一つの手だ」


 男は、ゆっくりと頷いた。


「だが、今すぐではない」


 そして、静かに続ける。


「……まずは、レオンハルトの周囲を調べろ」


「……周囲?」


「ああ」


 男は、冷たく笑った。


「人間には、必ず弱点がある」


 そして。


 机の上に、一枚の書類を置いた。


 そこに記されていた名前。


 エレノア・シルヴェイン。


 レオンハルトの専属侍女。


 そして、彼が最も信頼する人物の一人。


「……この娘から、調べてみるとしよう」


 薄暗い部屋に、冷たい笑い声が響いた。


 ――黒き暴君を巡る陰謀は、静かに新たな段階へ進もうとしていた。

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