第78話 裏切りの証言――勇者を売った協力者
第78話 裏切りの証言――勇者を売った協力者
王国暦八二一年、秋月三日。
王立アストレア学園。
夕暮れの生徒会室には、まだ明かりが灯っていた。
机の上には、舞踏会襲撃事件に関する資料が山積みになっている。
フィオナ・エルグランデは、その一枚一枚に目を通していた。
「……まったく、困ったものね」
銀のペンを置き、深く息を吐く。
学園長の謝罪。
教育評議会の介入。
レオンハルトとリゼットに対する不当な処分の撤回。
表向きには、事件は解決へ向かっているように見える。
しかし。
肝心の犯人は、まだ見つかっていなかった。
「……このままでは終われないわ」
フィオナが呟いた、その時。
――コン、コン。
扉が叩かれた。
「どうぞ」
扉が開く。
そこに立っていたのは、灰色がかった金髪の少年だった。
ノエル・クレイン。
平民特待生。
そして、レオンハルトに関する不審な目撃証言を持ち込んだ人物。
「……ノエル君?」
フィオナが眉を上げる。
「こんな時間に、どうしたのかしら?」
ノエルは、何も答えなかった。
ただ、震える手で一通の封筒を差し出した。
「……これを、見てください」
フィオナは、封筒を受け取った。
「……何かしら?」
「……全部、書いてあります」
その声は、ひどく掠れていた。
「……僕たちが、何をしたのか」
フィオナの表情が変わった。
◇
数分後。
生徒会室には、俺とリゼット、カイル、そしてフィオナ先輩が集まっていた。
ノエルは、椅子に座ったまま俯いている。
机の上には、一枚の指示書。
そして、複数の記録用魔法水晶。
「……これが?」
俺が尋ねると、フィオナ先輩が頷いた。
「ノエル君が持ってきたものよ」
リゼットが、指示書を手に取る。
そして、読み進めるうちに表情を険しくした。
「……信じられない」
そこには、解析室への侵入方法が記されていた。
記録の書き換え手順。
目撃証言を利用した疑惑の誘導。
さらに、学園内で噂を広める際の注意事項まで。
まるで、犯罪の手引書だった。
「……誰が書いた?」
俺が尋ねる。
ノエルは、ゆっくりと顔を上げた。
「……アルベルト・レイフォード」
室内が、静まり返った。
カイルが、低く呟く。
「……あいつか」
俺は、ノエルを見つめた。
「……本当なんだな?」
「……ああ」
ノエルは、震える声で答えた。
「……でも、実行したのは僕だ」
その言葉に、リゼットの瞳が鋭くなった。
「……つまり」
「……僕が、解析室に入った」
ノエルは、拳を握り締めた。
「君の解析記録を書き換えたのも、僕だ」
リゼットは、しばらく黙っていた。
そして。
「……最低ね」
冷たい声だった。
ノエルは、何も言い返さなかった。
「……その通りだ」
俺は、静かに尋ねた。
「……何で、今になって話す気になった?」
ノエルは、苦しそうに笑った。
「……アルベルトに、切り捨てられたからだよ」
その言葉に、誰も口を挟まなかった。
「……僕は、彼を友人だと思っていた」
ノエルは、俯いた。
「平民でも、努力すれば貴族に勝てる。そんな理想を語る彼を、本当に信じていたんだ」
そして。
「……でも、違った」
その声が、震えた。
「……僕は、ただの道具だった」
◇
「……最初は、噂を流すだけだった」
ノエルは、静かに語り始めた。
「レオンハルトが平民を見下しているとか、学園の特待生を嫌っているとか……」
俺は、黙って聞いていた。
「……次に、舞踏会で騒ぎを起こす計画が持ち上がった」
フィオナ先輩の目が、鋭くなる。
「……舞踏会?」
「……ああ」
ノエルは、頷いた。
「アルベルトは、会場東側で小さな魔力暴走を起こすつもりだった」
リゼットが、息を呑んだ。
「……あの魔道具?」
「……そうだ」
ノエルは、続けた。
「彼は、騒ぎを収める英雄になるつもりだった」
沈黙。
「……その混乱の中で、レオンハルトが警備を妨害したという噂を流す予定だった」
カイルが、拳を握り締めた。
「……ふざけやがって」
俺も、静かに目を細めた。
……なるほど。
あの事件は、最初から俺を陥れるためのものだったのか。
「……でも」
ノエルが、声を落とした。
「魔道具が、想定外の反応を起こした」
フィオナ先輩が頷く。
「古代の封印術式ね」
「……そうだ」
ノエルは、震える声で続けた。
「アルベルトも、あんな巨人が現れるとは思っていなかった」
俺は、しばらく考えた。
確かに。
あの巨人は、アルベルトを敵として認識していた。
もし、最初から制御できるつもりだったなら、あんな反応にはならないだろう。
だが。
だからといって、罪が軽くなるわけじゃない。
「……その後は?」
俺が尋ねる。
「……事件の調査が始まって、アルベルトは焦った」
ノエルは、静かに答えた。
「魔道具の解析を止めるために、リゼットを陥れることにしたんだ」
リゼットの表情が、険しくなった。
「……それで、私の記録を?」
「……ああ」
ノエルは、深く頭を下げた。
「……本当に、申し訳なかった」
リゼットは、しばらく黙っていた。
そして。
「……謝罪だけで済むと思わないで」
その声は、冷たかった。
「あなたのせいで、私だけじゃなく、レオンまで疑われたのよ」
「……分かってる」
ノエルは、頷いた。
「……だから、全部話す」
◇
その日の夜。
学園長室。
俺たちは、ノエルの証言と証拠を提出した。
学園長は、指示書を読んだ瞬間、顔色を変えた。
「……これは……」
教育評議会から派遣された監察官も、険しい表情になった。
「……極めて重大な内容です」
フィオナ先輩が、静かに頷く。
「ええ。正式な調査をお願いします」
監察官は、ノエルへ視線を向けた。
「……君は、これが真実だと証言するのだな?」
「……はい」
ノエルは、震える声で答えた。
「僕自身の罪も、すべて認めます」
監察官は、ゆっくりと頷いた。
「……分かった」
そして。
「アルベルト・レイフォード君にも、事情を聞く必要がある」
その言葉に、室内の空気が変わった。
◇
翌朝。
王立アストレア学園。
アルベルト・レイフォードは、学園長室へ呼び出されていた。
「……失礼します」
彼は、いつもの爽やかな笑顔で入室した。
だが。
机の上に置かれた指示書を見た瞬間。
その笑顔が、ほんのわずかに固まった。
「……これは?」
教育評議会の監察官が、静かに答える。
「ノエル・クレイン君から提出されたものだ」
アルベルトの心臓が、大きく跳ねた。
……ノエル。
あいつ……!
だが、表情には出さなかった。
「……そうですか」
彼は、静かに頷いた。
「……何か、問題が?」
監察官は、指示書を開いた。
「この書類には、君が解析記録の改ざんを指示したと記されている」
沈黙。
アルベルトは、ゆっくりと息を吸った。
「……それは、誤解です」
そして、爽やかな笑顔を浮かべた。
「僕は、そんなことを指示していません」
監察官が、眉をひそめる。
「……では、この書類は?」
「……ノエルが、勝手に作ったものでは?」
その言葉に、室内が静まり返った。
アルベルトは、穏やかな声で続けた。
「僕も、彼を信じていました。でも、まさかこんなことをするなんて……」
その表情には、深い悲しみが浮かんでいた。
……演技だ。
俺は、部屋の隅でその様子を見ていた。
あまりにも自然な表情。
あまりにも滑らかな言葉。
そして。
自分の罪を、すべて他人へ押し付けようとする姿。
……なるほど。
俺は、静かに理解した。
こいつは、ただの嫉妬深い学生じゃない。
人を利用し、必要なくなれば切り捨てる。
……本物の悪党だ。
アルベルトは、俺へ視線を向けた。
「……レオンハルト君」
「……何だ?」
「僕も、今回の事件には心を痛めているんだ」
彼は、悲しそうに微笑んだ。
「……君たちが疑われたこと、本当に残念に思っている」
俺は、しばらく彼を見つめた。
そして。
「……そうか」
静かに答えた。
「……なら、真実が明らかになるといいな」
アルベルトの笑顔が、ほんの一瞬だけ歪んだ。
……ああ。
今、確信した。
こいつは、俺の敵だ。
そして。
これから先も、何度でも俺を陥れようとするだろう。
だが。
俺は、もう見逃さない。
偽善の勇者。
アルベルト・レイフォード。
その仮面に、初めて大きな亀裂が走った。




