第75話 捏造された罪――学園が下した不当な裁定
第75話 捏造された罪――学園が下した不当な裁定
王国暦八二一年、秋月一日。
王立アストレア学園。
その日の朝。
学園全体に、一つの噂が広まっていた。
『リゼット・クローディアが、古代魔道具の解析結果を改ざんした』
『しかも、レオンハルト・ヴァルディスが、その行為を庇っている』
……何だ、それ。
俺は、掲示板に貼られた紙を見つめていた。
昨日、改ざんの可能性が確認されたばかりだ。
しかも、リゼット本人が改ざんした証拠はない。
それなのに。
「……ふざけてるな」
隣で、カイルが低く呟いた。
「レオン、どうする?」
「……まず、リゼットのところへ行こう」
俺は、静かに答えた。
◇
生徒会室。
リゼットは、机に向かって座っていた。
その表情は、いつも以上に険しい。
「……リゼット」
俺が声をかけると、彼女は顔を上げた。
「……レオン」
「大丈夫か?」
「……大丈夫なわけないでしょ」
その声は、少し震えていた。
「私、何もしてないのに……」
リゼットは、拳を握り締めた。
「……解析結果を改ざんしたなんて、絶対に許せない」
俺は、彼女の隣へ座った。
「……分かってる」
「……本当に?」
「ああ」
俺は、まっすぐ彼女を見た。
「俺は、リゼットを信じてる」
その瞬間。
リゼットの瞳が、大きく見開かれた。
「……っ」
そして、ゆっくりと俯いた。
「……そういうこと、簡単に言わないでよ」
「……え?」
「……嬉しくなるじゃない」
小さな声だった。
だが、確かに聞こえた。
俺は、少しだけ笑った。
「……なら、よかった」
リゼットは、頬を赤くして顔を逸らした。
◇
その日の昼。
学園長室へ、俺とリゼットは呼び出された。
室内には、学園長。
数人の教官。
そして、学園監察官。
机の上には、一枚の処分通知書が置かれていた。
「……レオンハルト・ヴァルディス君」
学園長が、重い声で口を開いた。
「……はい」
「リゼット・クローディア君」
「……はい」
学園長は、深く息を吐いた。
「……今回の解析記録改ざん疑惑について、暫定的な措置を取ることになった」
俺は、静かに頷いた。
「……どのような?」
「リゼット君には、解析作業からの一時的な離脱を命じる」
リゼットの表情が、強張った。
「……何ですって?」
「調査が完了するまで、解析室への立ち入りを制限する」
俺は、眉をひそめた。
「……理由は?」
学園長は、書類を見つめた。
「記録改ざんの疑いが、完全には晴れていないためだ」
「……でも」
俺は、静かに言った。
「彼女が改ざんした証拠は、ないですよね?」
沈黙。
学園長は、答えなかった。
その時。
「……さらに」
監察官が、口を開いた。
「レオンハルト君にも、同様の措置を取る」
「……俺にも?」
「君が、解析記録の改ざんに関与した可能性がある」
……は?
俺は、思わず目を細めた。
「……証拠は?」
監察官は、机の上の紙を指差した。
「昨夜、解析室付近で君を見たという証言がある」
「……それ、昨日も聞きました」
俺は、静かに答えた。
「昨夜は、公爵家の屋敷にいました」
「……しかし、証言がある以上、調査対象から外すことはできない」
……なるほど。
つまり、証拠はないけど疑っている。
俺は、少し考えた。
「……それなら」
ゆっくりと口を開く。
「証言者の名前と、具体的な時刻を教えてください」
監察官が、眉をひそめた。
「……それは、調査上の機密だ」
「……分かりました」
俺は、静かに頷いた。
「では、俺のアリバイを確認してください」
「……何?」
「父上と母上、それに屋敷の使用人たちが証明できます」
監察官は、少しだけ表情を強張らせた。
「……公爵家の人間による証言では、客観性に欠ける可能性がある」
その瞬間。
室内の空気が、静かに変わった。
……は?
俺は、監察官を見つめた。
「……それは、どういう意味ですか?」
「……つまり、身内の証言だけでは……」
「じゃあ、俺を見たという人の証言は、客観的なんですか?」
沈黙。
学園長が、ゆっくりと顔を上げた。
「……レオンハルト君」
「はい」
「君の言い分は理解している」
その声には、苦悩が滲んでいた。
「だが、今は学園の秩序を守るためにも……」
「……分かりました」
俺は、静かに頷いた。
「調査には協力します」
リゼットが、驚いたように俺を見た。
「……レオン?」
俺は、彼女へ小さく微笑んだ。
「大丈夫」
そして、学園長へ向き直った。
「ただ、一つだけお願いがあります」
「……何だね?」
「正式な証拠が出るまで、俺たちが犯人だと決めつけるような発表はしないでください」
学園長は、しばらく黙っていた。
そして。
「……分かった」
静かに頷いた。
だが。
その約束は、長くは守られなかった。
◇
午後。
学園の掲示板に、一枚の通知が貼り出された。
『古代魔道具解析記録の不正疑惑に伴い、以下の生徒の関連施設利用を一時制限する』
『リゼット・クローディア』
『レオンハルト・ヴァルディス』
……。
俺は、その紙を見つめていた。
名前が、堂々と掲示されている。
犯人だと断定する文面ではない。
だが、周囲の生徒たちがどう受け取るかは、明らかだった。
「……やっぱり、関わってたんだ」
「公爵家でも、不正することがあるんだな」
「リゼットって、天才だと思ってたのに……」
小さな声が、あちこちから聞こえてくる。
リゼットは、俯いていた。
その肩が、微かに震えている。
俺は、静かに彼女の前へ立った。
「……リゼット」
「……何?」
「帰ろう」
「……でも」
「今は、ここにいる必要ないだろ」
俺は、彼女へ手を差し出した。
「俺たちは、何も悪いことをしてないんだから」
リゼットは、しばらく俺を見つめていた。
そして。
「……うん」
小さく頷いた。
その手が、俺の手を握った。
◇
同じ頃。
学園の旧校舎。
アルベルト・レイフォードは、掲示板の通知を見ていた。
「……ふふ」
小さな笑みが漏れる。
「……うまくいった」
隣にいたノエルが、少し不安そうに尋ねた。
「……本当に大丈夫なのか?」
「何が?」
「ヴァルディス公爵家が、黙っているとは思えない」
アルベルトは、爽やかな笑顔を浮かべた。
「……だからこそ、面白いんじゃないか」
「……え?」
「公爵家が怒れば怒るほど、周囲には圧力に見える」
彼は、ゆっくりと笑った。
「そして、レオンハルトが何か行動を起こせば、さらに疑惑が深まる」
ノエルは、黙っていた。
「……結局、権力者は自分たちを守るために動くものだからね」
アルベルトは、窓の外を見た。
「……さあ、どうする?」
その口元が、歪んだ。
「最強の公爵令息様」
◇
その日の夕方。
ヴァルディス公爵家。
執務室には、重苦しい沈黙が漂っていた。
アルフォンスは、学園から届いた通知書を読んでいた。
エレオノーラは、その隣に立っている。
「……あなた」
母上の声は、驚くほど静かだった。
「……ああ」
父上が答える。
「……これは、どういうことかしら?」
エレオノーラは、通知書を指差した。
「レオンちゃんが、不正をしたかもしれないって……」
その声が、わずかに震える。
「……証拠もないのに?」
アルフォンスは、静かに頷いた。
「……そうだな」
エレオノーラは、ゆっくりと微笑んだ。
だが。
その笑顔には、いつもの温かさがなかった。
「……あなた」
「……何だ」
「……私、もう我慢できないわ」
その瞬間。
室内の空気が、凍りついた。
窓ガラスに、白い霜が広がる。
机の上の水差しが、静かに凍った。
アルフォンスは、ゆっくりと立ち上がった。
その瞳には、黒獅子と呼ばれる男の威厳が宿っていた。
「……俺もだ」
低い声。
「……証拠もなく、息子の名誉を傷つけた」
アルフォンスは、静かに剣を取った。
「……学園には、説明してもらう」
エレオノーラが、優しく微笑んだ。
「……ええ」
その瞳が、冷たく輝く。
「……今度こそ、遠慮はしないわ」
黒獅子と銀月の魔女。
二人の怒りが、ついに限界へ達した。
そして翌朝。
王立アストレア学園は、歴史に残る一日を迎えることになる。




