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『悪役公爵令息レオンハルト』  作者: 覇王が好き
第二章・王立学園編

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第73話 黒獅子の尋問と銀月の微笑――偽善の勇者、追い詰められる

第73話 黒獅子の尋問と銀月の微笑――偽善の勇者、追い詰められる


 王国暦八二一年、夏月三十日。


 王立アストレア学園、学園長室。


 室内には、異様な緊張感が漂っていた。


 机を挟んで座るのは、学園長。


 そして、アルフォンス・ヴァルディス。


 その隣には、エレオノーラ・ヴァルディス。


 黒獅子と銀月の魔女。


 王国でも屈指の実力者であり、ヴァルディス公爵家の当主夫妻だ。


 だが、今の二人は、王国最強の戦士でも、大魔導師でもない。


 ただ一人の息子を心配する、父親と母親だった。


「……学園長」


 アルフォンスが、静かに口を開いた。


「はい」


「昨夜の事件で、負傷者は?」


「軽傷者が数名おりますが、幸い命に関わる怪我はございません」


「そうか」


 アルフォンスは、ゆっくりと頷いた。


「それは何よりだ」


 その言葉には、偽りのない安堵があった。


「だが、問題は別にある」


 学園長が背筋を伸ばす。


「……はい」


「何者かが意図的に事件を起こしたのであれば、今後も同じことが起きる可能性がある」


 アルフォンスは、机の上の報告書を指で叩いた。


「それを防ぐためにも、原因を明らかにする必要がある」


「……おっしゃる通りです」


 その時。


「……あなた」


 エレオノーラが、静かに口を開いた。


「一つ、確認してもいいかしら?」


「ああ」


 彼女は、学園長へ微笑みかけた。


「昨夜の事件は、舞踏会の最中に起きたのよね?」


「……はい」


「その場には、レオンちゃんだけじゃなく、大勢の生徒たちがいた」


「……はい」


「もし、あの子たちが逃げ遅れていたら……」


 そこで、言葉が止まった。


 エレオノーラの指先が、わずかに震える。


「……考えたくもないわ」


 その声には、深い悲しみがあった。


 アルフォンスは、そっと妻の手を握った。


「……大丈夫だ」


「……ええ」


 エレオノーラは、小さく頷いた。


 そして、静かに顔を上げる。


「だからこそ、お願いしたいの」


 紫色の瞳が、まっすぐ学園長を捉えた。


「誰が、何のために、あんなことをしたのか」


 その声が、少しだけ低くなる。


「……必ず、調べてください」


 学園長は、深く頭を下げた。


「……承知いたしました」


     ◇


 同じ頃。


 学園の別室。


 アルベルト・レイフォードは、生徒会長フィオナから事情を聞かれていた。


 机の上には、昨夜の事件に関する資料。


 そして、魔道具の残骸。


「……アルベルト君」


 フィオナが、静かに尋ねる。


「昨夜、あなたは東側の待機区域にいたのね?」


「はい」


 アルベルトは、爽やかな笑顔で答えた。


「平民特待生たちが不安そうだったので、様子を見に行っていました」


「そう」


 フィオナは、ゆっくりと頷いた。


「その時、何か不審なものを見なかった?」


「……いいえ」


「本当に?」


「もちろんです」


 アルベルトは、少しも表情を変えなかった。


 ……落ち着け。


 自分は何もしていない。


 そう言い続ければいい。


 フィオナは、机の上の魔道具を指差した。


「……これは、会場東側で回収されたものよ」


「……そうですか」


「古代魔法を模した術式が刻まれていたらしいわ」


「……へえ」


 アルベルトは、興味深そうな表情を作った。


「それは、珍しいですね」


 フィオナは、しばらく彼を見つめていた。


 そして。


「……一つ、気になることがあるの」


「何でしょう?」


「あなた、昨夜の事件が起きる直前、何かを手に持っていたそうね」


 アルベルトの心臓が、大きく跳ねた。


「……何か?」


「小さな黒い魔道具のようなもの」


 沈黙。


 アルベルトは、ゆっくりと笑った。


「……見間違いじゃないでしょうか?」


「そうかもしれないわね」


 フィオナは、あっさり頷いた。


「だから、確認しているの」


 その言葉に、アルベルトは返す言葉を失った。


     ◇


 一方。


 俺は、カイルと一緒に学園の中庭にいた。


「……なあ、レオン」


「何だ?」


「お前の両親、すげえな」


「……何が?」


「いや、何がって……」


 カイルは、呆れたように笑った。


「学園中の空気が変わったぞ」


「……そうか?」


「そうかって、お前なあ!」


 彼は頭を抱えた。


「黒獅子と銀月の魔女が揃って来校してんだぞ!」


「……まあ、父上と母上だからな」


「お前にとっちゃそうだろうけど!」


 俺は、少し笑った。


 すると、カイルが真面目な顔になった。


「……でもさ」


「ん?」


「いい親だな」


 俺は、少しだけ目を見開いた。


「……ああ」


 そして、素直に頷いた。


「自慢の両親だよ」


 カイルは、嬉しそうに笑った。


「……だろうな!」


 その時。


「……レオンハルト様」


 エレノアが、静かに近づいてきた。


「どうした?」


「学園長室へ、お越しいただけますか?」


「……父上たちが?」


「はい」


 俺は、ゆっくりと立ち上がった。


「……分かった」


     ◇


 学園長室。


 俺が入ると、母上が真っ先に振り向いた。


「……レオンちゃん!」


 そして、すぐに駆け寄ってくる。


「……母上!?」


 ――ぎゅうっ!


「……また抱き締められた」


「だって、心配だったんだもの!」


 ……朝も抱き締められたんですが。


 まあ、嫌ではないけど。


 父上は、そんな俺たちを見て小さく笑っていた。


「……レオン」


「はい」


「昨夜の事件について、少し聞かせてくれ」


「……分かりました」


 俺は、昨日の出来事を順番に説明した。


 舞踏会の最中に感じた魔力の異常。


 黒い魔法陣。


 古代の巨人。


 そして、カイルとの共闘。


 父上は、最後まで黙って聞いていた。


 母上も、真剣な表情だった。


「……なるほど」


 父上が、静かに呟く。


「その魔法陣は、誰かが意図的に起動したと思うか?」


「……はい」


 俺は、素直に答えた。


「自然に発生したものではないと思います」


「……そうか」


 父上は、ゆっくりと頷いた。


「では、起動した人物に心当たりは?」


 俺は、少し考えた。


 アルベルト。


 ダリオ。


 ノエル。


 あの三人の動きは、確かに不自然だった。


 だが。


「……証拠はありません」


 俺は、静かに答えた。


「だから、今は誰かを疑うだけにしておきたいです」


 父上の目が、わずかに細くなった。


 そして。


「……よく言った」


 俺は、少し驚いた。


「……父上?」


「疑うことと、断罪することは違う」


 父上は、静かに微笑んだ。


「力がある者ほど、その違いを忘れてはならん」


 その言葉に、俺は深く頷いた。


「……はい」


 母上も、優しく微笑んだ。


「……レオンちゃん」


「はい?」


「本当に、立派になったわね」


 そして、また抱き締められた。


 ……母上。


 今日、何回目ですか?


     ◇


 その日の午後。


 生徒会室。


 フィオナは、リゼットと共に魔道具の解析を進めていた。


「……どう?」


 フィオナが尋ねる。


「……面白いわね」


 リゼットは、魔法陣を覗き込んだ。


「この魔道具、表面の術式は簡単な魔力暴走を起こすものよ」


「……表面?」


「ええ。でも、内部に別の術式が隠されている」


 彼女は、指先で魔力を流した。


 紫色の光が、魔道具の内部へ浸透する。


 すると。


 黒い金属の表面に、七つの星が浮かび上がった。


「……っ!」


 フィオナが息を呑む。


「……これは」


「古代の封印術式よ」


 リゼットは、真剣な顔で続けた。


「しかも、普通の人間が扱えるようなものじゃない」


 フィオナは、ゆっくりと頷いた。


「……つまり」


「誰かが、この魔道具を使って、古代の封印に干渉した可能性がある」


 その言葉に、室内が静まり返った。


 そして。


「……もう一つ」


 リゼットが、小さく呟いた。


「この魔道具、使用者の魔力の痕跡が残ってる」


 フィオナの目が、鋭くなった。


「……特定できる?」


「完全には無理。でも、照合はできるかもしれない」


 フィオナは、静かに立ち上がった。


「……分かったわ」


 そして、学園長室へ向かう準備を始めた。


「これは、正式な調査に回すべきね」


     ◇


 夕方。


 学園の旧校舎。


 アルベルトは、ノエルから報告を受けていた。


「……まずいことになった」


 ノエルの声は、低かった。


「……何が?」


「リゼット・クローディアが、魔道具の内部術式を解析した」


 アルベルトの表情が、凍りついた。


「……何だと?」


「しかも、使用者の魔力痕跡が残っているらしい」


 沈黙。


 アルベルトは、ゆっくりと拳を握った。


 ……あり得ない。


 あの魔道具は、使い捨てのはずだった。


 起動後に術式が消えるよう、細工されていたはずだ。


 それなのに。


「……くそっ」


 思わず、低い声が漏れた。


 ノエルが、慎重に尋ねる。


「……どうする?」


 アルベルトは、しばらく黙っていた。


 そして。


「……まだ、大丈夫だ」


 彼は、ゆっくりと顔を上げた。


「魔力痕跡だけでは、決定的な証拠にはならない」


「……でも」


「分かってる」


 アルベルトの声が、少しだけ鋭くなった。


「……だから、先に手を打つ」


 ノエルが、眉をひそめた。


「……何をするつもりだ?」


 アルベルトは、机の上に一枚の紙を置いた。


 そこには、リゼット・クローディアの名前が記されていた。


「……解析を止めてもらう」


 ノエルが息を呑む。


「……まさか」


「安心して。直接、手は出さないよ」


 アルベルトは、爽やかな笑顔を浮かべた。


「ただ、彼女が少しだけ困る状況を作るだけさ」


 その瞳には、冷たい悪意が宿っていた。


 だが。


 彼はまだ知らなかった。


 リゼット・クローディアが、ただの天才魔導師ではないことを。


 そして。


 彼女を守ろうとする人間が、どれほど多いのかを。


 偽善の勇者は、また一歩。


 自らの破滅へ近づこうとしていた。

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