第70話 舞踏会の惨劇――黒星の継承者と蒼雷の若獅子
第70話 舞踏会の惨劇――黒星の継承者と蒼雷の若獅子
王国暦八二一年、夏月二十九日。
王立アストレア学園、大講堂。
つい数秒前まで、そこには優雅な音楽が流れていた。
色鮮やかなドレス。
煌めく魔法灯。
笑い合う生徒たち。
だが今、そのすべてが悲鳴に塗り替えられようとしていた。
――ドクン。
床下から響く、不気味な鼓動。
東側の床に浮かび上がった黒い魔法陣が、七つの星を描きながら拡大していく。
「きゃあああっ!」
「何だ、あれは!?」
「魔物だ! 魔物が出るぞ!」
混乱が広がる。
俺は、魔法陣の中心を見つめていた。
……おかしい。
あの術式。
単なる召喚魔法じゃない。
魔力の流れが、どこかで見たものに似ている。
王城地下。
黒星の封印。
そして、七つの絆。
まさか――。
『……見つけた』
再び、声が響いた。
『黒星を継ぐ者よ』
俺の胸の奥で、黒星の紋章が微かに熱を帯びる。
「……レオン!」
セレスが、俺の腕を掴んだ。
「何が起きているの!?」
「……分からない。でも、普通の魔法じゃない」
その瞬間。
――ゴゴゴゴゴッ!
床が激しく揺れた。
黒い魔法陣から、巨大な腕が突き出す。
漆黒の装甲。
赤く輝く紋様。
そして、人間とは思えないほど巨大な指。
「……嘘だろ」
俺は、思わず呟いた。
魔法陣から現れたのは、全身を黒い鎧で覆われた巨人だった。
高さは、およそ十メートル。
頭部には、七つの星を模した冠。
胸の中心には、赤黒い魔力核。
その姿は、まるで古代の守護兵器。
『……継承者、確認』
巨人の内部から、無機質な声が響いた。
『第一封印、解除済み』
『第二封印、接続待機』
『試練を開始する』
……試練?
冗談じゃない。
ここには、大勢の生徒がいるんだぞ。
「……ふざけるなよ」
俺は、静かに呟いた。
◇
「全員、落ち着いて!」
凛とした声が響いた。
生徒会長フィオナ・エルグランデ。
彼女は壇上へ駆け上がり、会場全体に声を響かせた。
「東側から離れて! 西側の非常口へ向かってください!」
その声には、不思議な説得力があった。
混乱していた生徒たちが、少しずつ動き始める。
「上級生は新入生を誘導! 魔法が使える者は、防御結界を展開して!」
フィオナの指示は的確だった。
俺は、すぐにカイルへ視線を向けた。
「カイル!」
「おう!」
彼はすでに剣を抜いていた。
「俺は東側の生徒を助ける! お前はあのデカブツを頼む!」
「……いや」
俺は首を横に振った。
「一緒にやろう」
カイルが、一瞬だけ目を見開いた。
「……は?」
「俺一人でも戦える。でも、今は守るべき人が多すぎる」
俺は、彼へ手を差し出した。
「背中、頼めるか?」
カイルは、にやりと笑った。
「……当たり前だろ!」
その瞬間。
彼の身体を、青白い雷光が包んだ。
「親友の背中くらい、俺が守ってやるよ!」
◇
巨人が、ゆっくりと腕を振り上げた。
狙いは、東側に取り残された生徒たち。
その中には、ミア・フェルナーの姿もあった。
「……っ!」
俺は、地面を蹴った。
――《万有引力》。
巨人の腕に、強烈な重力をかける。
轟音。
巨大な腕が、床へ叩きつけられた。
だが。
「……硬いな」
黒い装甲には、傷一つついていない。
『重力干渉、検出』
『継承者の能力を確認』
巨人の赤い瞳が、俺を捉えた。
『戦闘段階、移行』
次の瞬間。
胸の魔力核から、黒い光線が放たれた。
「……っ!」
俺は即座に光の障壁を展開した。
――《七属性複合障壁》。
七色の光が、会場を包む。
黒い光線が障壁へ衝突し、凄まじい衝撃が走った。
だが、障壁はびくともしない。
「……何だ、あれ」
「七属性……全部同時に……?」
周囲の生徒たちが、呆然と呟く。
俺は構わず、巨人へ向き直った。
「……カイル!」
「任せろ!」
青い稲妻が走った。
カイルは、崩れかけた東側の柱へ駆け上がる。
「アッシュフォード流魔剣術――《雷燕》!」
雷光が、巨人の右肩を斬り裂いた。
火花。
装甲に、細い亀裂が入る。
「……よし!」
カイルが叫んだ。
だが、巨人の左腕が彼へ迫る。
「……危ない!」
俺は重力を反転させた。
――《反重力跳躍》。
カイルの身体が、ふわりと浮き上がる。
巨大な腕が、空を切った。
「うおっ!?」
カイルが空中で体勢を立て直す。
「おい、レオン! いきなり飛ばすなよ!」
「悪い!」
「……でも、助かった!」
俺たちは、同時に笑った。
こんな状況なのに。
不思議と、心が落ち着いていた。
背中を預けられる相手がいる。
それだけで、戦い方が変わる。
◇
一方。
会場の西側では、ヒロインたちがそれぞれ動いていた。
「全員、私の後ろへ!」
セレスティアが両手を掲げる。
――《王血解放》。
金色の魔力が広がり、巨大な防御結界を形成した。
落下してきた瓦礫が、結界へ衝突する。
だが、びくともしない。
「……王女殿下!」
「大丈夫。絶対に守るから!」
その隣では、アリシアが剣を抜いていた。
「邪魔だ!」
赤い剣閃が走る。
飛び散った黒い魔力の触手が、次々と切り裂かれていく。
「リゼット!」
「分かってる!」
リゼットは、空中に複雑な魔法陣を展開した。
「……術式解析、開始!」
紫色の光が、黒い魔法陣を包む。
「……何これ」
彼女の表情が変わった。
「現代魔法じゃない……!」
「どういうこと?」
エリシアが尋ねる。
「古代の術式よ! しかも、複数の封印構造が重なってる!」
エリシアは静かに頷いた。
「なら、私が浄化を試みます」
彼女は両手を胸元で組んだ。
――《七星聖光》。
純白の光が、黒い魔力を包み込む。
会場に満ちていた瘴気が、少しずつ薄れていく。
そして。
「……レオンハルト様」
エレノアは、静かに剣を抜いた。
その瞳には、揺るぎない決意が宿っている。
「どうか、ご無事で」
彼女は、避難する生徒たちの前へ立った。
飛び出してきた黒い魔力の獣を、一閃で斬り伏せる。
「ここから先へは、通しません」
その姿は、もはや単なる侍女ではなかった。
ヴァルディス公爵家が誇る、一人の剣士だった。
◇
その頃。
アルベルト・レイフォードは、会場の端で立ち尽くしていた。
「……何だ、これは」
彼が用意した魔道具は、すでに砕け散っていた。
想定していたのは、小規模な魔力暴走。
数人の生徒が危険に晒される程度の事件。
自分が駆けつけ、救出する。
そして、レオンハルトに疑惑を向ける。
そのはずだった。
だが。
「……こんなもの、聞いていない!」
黒い巨人が、咆哮を上げる。
その衝撃で、天井の魔法灯が次々と砕けた。
「……っ!」
アルベルトは、思わず後退した。
その時。
「……アルベルト!」
ダリオが駆け寄ってきた。
「どうなってんだよ! こんな話、聞いてねえぞ!」
「……黙れ!」
アルベルトは、思わず怒鳴った。
ダリオが目を見開く。
「……え?」
アルベルトは、すぐに笑顔を取り戻した。
「……すまない。少し動揺してしまった」
だが、その額には冷や汗が浮かんでいた。
彼は、巨人を見上げた。
……何故だ。
何故、こんなことになった?
その時。
巨人の胸にある赤黒い魔力核が、激しく脈打った。
『……偽りの英雄、検出』
アルベルトの身体が、凍りついた。
「……何?」
巨人の赤い瞳が、一瞬だけ彼を捉えた。
『因果干渉者、確認』
『排除対象、追加』
……何だと?
アルベルトは、息を呑んだ。
自分が仕掛けたはずの罠。
その罠が、今。
自分自身へ牙を剥こうとしていた。
◇
俺は、巨人の胸にある魔力核を見つめていた。
……なるほど。
ようやく、少し分かってきた。
あれは、単なる魔力核じゃない。
封印の一部だ。
しかも、王城地下にある古代の扉と、何らかの形で繋がっている。
『……継承者』
巨人の声が響く。
『第二封印、解放条件を提示』
俺は、静かに剣を構えた。
「……条件?」
『七つの絆のうち、二つ目を証明せよ』
その瞬間。
俺の胸の黒星の紋章が、淡く輝いた。
そして。
隣に着地したカイルの身体から、青い雷光が溢れ出す。
「……おい、レオン」
「何だ?」
「何か、俺の魔力が変なんだけど」
俺は、カイルを見た。
その胸元。
制服の下に、淡い星の紋章が浮かび上がっていた。
……まさか。
七つの絆。
二つ目の星。
それは。
――友情。
俺は、ゆっくりと笑った。
「……カイル」
「何だよ」
「どうやら、俺たちの出番らしい」
カイルは、にやりと笑った。
「……最初から、そのつもりだぜ!」
青い雷光と、黒星の光。
二つの力が、静かに共鳴し始めた。




