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『悪役公爵令息レオンハルト』  作者: 覇王が好き
第二章・王立学園編

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第68話 銀月の魔女の本気――最強公爵令息、母の着せ替え人形になる

第68話 銀月の魔女の本気――最強公爵令息、母の着せ替え人形になる


 王国暦八二一年、夏月二十七日。


 王立アストレア学園の交流舞踏会まで、あと二日。


 その日の朝。


 俺は、ヴァルディス公爵家の自室で、人生最大級の危機に直面していた。


「……母上」


「なあに、レオンちゃん?」


「……これ、全部着るんですか?」


「もちろんよ!」


 目の前には、十数着の礼装が並んでいた。


 黒。


 白。


 紺。


 深紅。


 銀。


 さらには、金糸で刺繍された豪華なものまで。


 どれも、見るからに高級品だ。


「……母上、俺は一人しかいませんよ?」


「知ってるわよ?」


「じゃあ、何でこんなに……」


「だって、レオンちゃんに一番似合うものを選びたいんだもの!」


 母上は満面の笑みだった。


 ……駄目だ。


 この人、完全に楽しんでいる。


 しかも。


「奥様、こちらの黒い礼装も素敵かと」


 エレノアまで、嬉しそうに参加していた。


「そうね! でも、白も捨てがたいわ!」


「銀の刺繍が、レオンハルト様の瞳を引き立てると思います」


「まあ! エレノア、あなた分かってるわね!」


 ……おい。


 誰か助けてくれ。


     ◇


 一時間後。


 俺は、すでに七着目の礼装を着せられていた。


「……どうでしょうか」


 鏡の前に立つ。


 黒を基調とした礼装。


 肩には銀の刺繍。


 胸元には、ヴァルディス公爵家の紋章。


 正直、悪くないと思う。


 むしろ、かなり格好いい。


「……っ!」


 母上が、両手で口元を覆った。


「……母上?」


「……レオンちゃん」


「はい」


「……格好よすぎるわ」


 ……。


「……え?」


「もう! どうしてこんなに格好いいの!?」


 母上が駆け寄ってきた。


「こんなの、女の子たちが放っておくわけないじゃない!」


「……いや、そんなことは」


「あるわ!」


 即答だった。


 エレノアも、頬を赤くして頷いている。


「……とても、お似合いです」


「ありがとう、エレノア」


「……っ」


 彼女は、何故かさらに赤くなった。


 ……何だ?


 俺、普通に礼を言っただけなんだが。


 その時。


「……何を騒いでいる?」


 低い声が響いた。


 扉の向こうから現れたのは、父上だった。


 アルフォンス・ヴァルディス。


 王国最強の剣士の一人。


 黒獅子と呼ばれる男。


 その父上が、俺の姿を見た瞬間。


「……ほう」


 小さく目を見開いた。


「……父上?」


「……似合っているな、レオン」


「ありがとうございます」


 父上は、ゆっくりと頷いた。


「……俺の若い頃より、格好いいかもしれん」


「あなた!」


 母上が、すかさず反応した。


「何を言っているの! レオンちゃんは、あなたに似て格好いいのよ!」


「……そうか」


「そうよ!」


 父上は、少しだけ笑った。


 ……何だろう。


 この夫婦、朝から仲がいいな。


     ◇


 礼装選びが終わった後。


 俺は、父上と二人で庭を歩いていた。


「……学園はどうだ?」


 父上が尋ねた。


「楽しいですよ」


「そうか」


「友達もできました」


「……カイル・アッシュフォードか」


 俺は驚いた。


「知っているんですか?」


「アッシュフォード辺境伯とは、何度も戦場を共にした」


 父上は懐かしそうに笑った。


「豪快な男だが、信頼できる将軍だ。その息子なら、きっと良い友人になるだろう」


「……はい」


 俺は素直に頷いた。


 すると、父上の表情が少しだけ変わった。


「……レオン」


「はい」


「学園で、お前に対する妙な噂が流れているそうだな」


 ……来た。


「……まあ、少しだけ」


「少し、か」


 父上は立ち止まった。


「お前が気にしていないことは分かる」


「……はい」


「だが、父親としては気になる」


 その声は、静かだった。


「お前が誰かに傷つけられていると知って、何も感じない父親はいない」


 俺は、少しだけ胸が温かくなった。


「……ありがとうございます、父上」


 父上は、俺の肩に手を置いた。


「一つだけ覚えておけ」


「……はい」


「お前は、一人ではない」


 その言葉は、深く胸に響いた。


「困った時は、必ず頼れ」


「……分かりました」


 俺は頷いた。


 父上は、満足そうに微笑んだ。


 そして。


「……それと」


「はい?」


「母上には、舞踏会で誰と踊ったか、正直に報告してやれ」


「……え?」


「隠しても無駄だ」


 父上は、珍しく楽しそうに笑った。


「どうせ、全部聞き出される」


 ……。


 ……それは、確かにそうだ。


     ◇


 同じ日の午後。


 王立アストレア学園の生徒会室。


 フィオナは、舞踏会の警備計画を確認していた。


「……妙ね」


 机の上には、会場の見取り図。


 そして、警備担当者の配置表。


 本来なら、生徒会と学園警備隊が共同で管理する資料だ。


 だが。


「……この配置、誰が変更したのかしら?」


 会場の東側。


 平民特待生たちの待機区域。


 そこだけ、警備の人数が減らされていた。


 フィオナは、ゆっくりと目を細めた。


「……嫌な予感がするわね」


 彼女は、すぐに警備責任者を呼んだ。


「この変更について、確認をお願いします」


「かしこまりました」


 警備担当者が一礼する。


 フィオナは、窓の外を見つめた。


「……レオンハルト様」


 その名を、静かに呟く。


「あなたを巻き込むつもりなら、そう簡単にはいかないわよ」


     ◇


 一方。


 学園の旧校舎。


 アルベルト・レイフォードは、ノエルから報告を受けていた。


「……警備配置の変更に、生徒会長が気づいたよ」


「そうか」


 アルベルトは、静かに微笑んだ。


「予想より早かったね」


「どうする?」


「問題ないさ」


 彼は、机の上に置かれた小さな魔道具を手に取った。


 黒い金属で作られた、指輪ほどの大きさの装置。


 表面には、複雑な魔法陣が刻まれている。


「……それは?」


 ノエルが尋ねる。


「ちょっとした演出道具だよ」


 アルベルトは、楽しそうに笑った。


「舞踏会で、少しだけ騒ぎが起きる」


「……騒ぎ?」


「そう」


 彼は指輪を指先で転がした。


「誰かが危険な目に遭えば、英雄が必要になるだろう?」


 ノエルの表情が、わずかに強張った。


「……まさか、本当に人を傷つけるつもりか?」


「もちろん、そんなつもりはないよ」


 アルベルトは爽やかに微笑んだ。


「僕が助ければ、誰も傷つかずに済むんだから」


 だが、その笑顔は、どこか冷たかった。


「……そして」


 彼は、窓の外を見た。


「レオンハルトには、少しだけ悪役を演じてもらおう」


 その瞳には、確かな悪意が宿っていた。


     ◇


 夜。


 ヴァルディス公爵家の食堂。


 俺は、母上に舞踏会の話をしていた。


「……それで、セレスたちと順番に踊ることになりました」


「まあ!」


 母上の目が輝いた。


「レオンちゃん、すごいじゃない!」


「……いや、そんな大したことでは」


「大したことよ!」


 母上は嬉しそうに手を叩いた。


「セレスちゃんに、アリシアちゃん、リゼットちゃん、エリシアちゃん……」


 そして、エレノアへ視線を向ける。


「もちろん、エレノアもね?」


「……奥様」


 エレノアの頬が赤くなった。


「私は、その……」


「遠慮しなくていいのよ」


 母上は優しく微笑んだ。


「あなたも、レオンちゃんにとって大切な女の子なんだから」


 エレノアは、静かに目を伏せた。


「……ありがとうございます」


 その姿を見て、俺も少し嬉しくなった。


 すると、母上が突然、俺の手を握った。


「……レオンちゃん」


「はい?」


「舞踏会、楽しんできてね」


 その声は、とても優しかった。


「……はい」


「でも」


 母上は、にっこりと微笑んだ。


「もし誰かに嫌なことをされたら、すぐに教えるのよ?」


 ……。


 ……あれ?


 何故か、背筋が少し寒くなった。


「……分かりました」


「約束よ?」


「……はい」


 父上は、黙って紅茶を飲んでいた。


 その口元には、微かな苦笑い。


 ……父上。


 助けてください。


 こうして。


 俺の知らないところで、学園の陰謀は少しずつ進んでいた。


 そして、交流舞踏会まで。


 残された時間は、あと二日だった。

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