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『悪役公爵令息レオンハルト』  作者: 覇王が好き
第二章・王立学園編

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第66話 王女の宣戦布告――交流舞踏会と五人の恋心

第66話 王女の宣戦布告――交流舞踏会と五人の恋心


 王国暦八二一年、夏月二十五日。


 王立アストレア学園の朝。


 俺は教室の自分の席で、机に突っ伏していた。


「……どうしてこうなった」


「朝っぱらから何やってんだよ、レオン」


 隣の席に腰を下ろしたカイルが、呆れたように笑う。


「いや、ちょっとな」


「何だ? また誰かに喧嘩でも売られたか?」


「それならまだ分かりやすい」


「……お前、たまに恐ろしいこと言うよな」


 俺が悩んでいる理由。


 それは、今朝届いた一枚の案内状だった。


『王立アストレア学園・新入生歓迎交流舞踏会』


 王族、貴族、平民の特待生。


 すべての新入生が参加できる、学園恒例の行事らしい。


 そこまではいい。


 問題は、その下に書かれた一文だった。


『希望者は、事前に舞踏会のパートナーを申し込むこと』


「……パートナーか」


 俺が呟くと、カイルがにやりと笑った。


「なるほど。そういうことか」


「何が?」


「お前、誰を誘うかで悩んでんだろ?」


「……まあ、そんなところだ」


「贅沢な悩みだなあ!」


 カイルは腹を抱えて笑った。


「王女殿下に聖女様、魔法の天才に剣術の令嬢。おまけに美人の専属侍女までいるんだぞ?」


「声が大きい!」


「何だよ、事実だろ!」


 ……こいつ。


 絶対、楽しんでやがる。


 その時だった。


「レオン」


 聞き慣れた声がした。


 振り向くと、セレスティアが立っていた。


 金色の髪。


 澄んだ青い瞳。


 そして、どこか決意に満ちた表情。


「……セレス?」


「ちょっと、いい?」


「ああ」


 セレスは俺の机の前まで歩いてくると、まっすぐに俺を見つめた。


「交流舞踏会のこと、知っているわよね?」


「今、見たところだよ」


「そう」


 彼女は小さく息を吸った。


 そして。


「私、レオンと踊りたい」


 教室が静まり返った。


 ……え?


「……セレス?」


「だから、舞踏会の最初のダンス。私と踊ってほしいの」


 その頬は、ほんのり赤い。


 だが、視線は逸らさない。


 俺は言葉を失った。


 すると。


「ちょっと待った!」


 今度はアリシアが立ち上がった。


「セレスティア殿下だけ先に誘うのは、ずるくないか?」


「……アリシア?」


「私だって、レオンと踊りたい」


 ……おいおい。


 何だ、この状況。


 さらに。


「そもそも、舞踏会って一曲だけじゃないでしょう?」


 リゼットが冷静に口を開いた。


「だったら、順番を決めればいいんじゃない?」


「リゼットまで!?」


「何よ。私が誘ったらおかしい?」


 紫色の瞳が、じっと俺を見つめる。


「……別に、おかしくはないけど」


「なら、決まりね」


 ……何が決まったんだ?


 そこへ、エリシアが控えめに手を挙げた。


「あの……」


「エリシア?」


「私も、もしご迷惑でなければ……」


 彼女は少し恥ずかしそうに微笑んだ。


「レオンハルト様と、一曲だけ踊ってみたいです」


 ……。


 ……ちょっと待て。


 四人?


 いや、まだいる。


「……レオンハルト様」


 エレノアが、俺の隣に立っていた。


「エレノア?」


「私も……」


 普段は落ち着いている彼女が、珍しく言葉を詰まらせている。


「……もし、お許しいただけるなら」


 その頬が赤く染まった。


「私にも、一曲だけお時間をいただけませんか?」


 ……五人。


 俺は天井を見上げた。


 何だこれ。


 実力測定より難しいんだけど。


「……ぷっ」


 隣から、妙な音が聞こえた。


 カイルだ。


 口元を押さえ、肩を震わせている。


「……おい、カイル」


「くっ……ははっ!」


「笑うな!」


「無理だろ、こんなの!」


 とうとうカイルが大声で笑い出した。


 周囲の生徒たちまで、つられて笑い始める。


 ……勘弁してくれ。


     ◇


 昼休み。


 俺たちは学園の中庭で、舞踏会について話し合っていた。


「最初のダンスは、私がいいわ」


 セレスが真剣な顔で言う。


「どうして?」


 リゼットが尋ねる。


「レオンとは幼馴染だもの」


「それは理由にならないと思うけど」


「……なるわよ!」


 アリシアが腕を組んだ。


「なら、剣術の勝負で決めるか?」


「何で舞踏会の相手を剣で決めるのよ!」


 リゼットが即座に突っ込んだ。


「……じゃあ、魔法?」


「もっと駄目だろ!」


 思わず俺が口を挟む。


 エリシアは困ったように微笑んでいた。


 エレノアは静かにお茶を用意している。


 ……平和だな。


 いや、平和なのか?


「レオン」


 セレスが、突然こちらを向いた。


「あなたは、どうしたいの?」


「……俺?」


「ええ」


 五人の視線が、一斉に集まる。


 ……怖い。


 魔王と戦う方が、まだ気楽かもしれない。


 俺は少し考えた。


 そして、素直に答えた。


「……みんなと踊ればいいんじゃないか?」


 沈黙。


「……え?」


 セレスが目を見開いた。


「舞踏会って、何曲も踊るんだろ?」


「そ、それはそうだけど……」


「だったら、順番に踊ればいい。誰か一人だけ選ぶ必要もないだろ」


 俺は笑った。


「みんな大切な人なんだから」


 その瞬間。


 五人の頬が、一斉に赤くなった。


「……っ!」


「……レオン、あなた……」


「……そういうところよ」


 リゼットが顔を覆った。


 アリシアは耳まで赤い。


 エリシアは胸元に手を当て、嬉しそうに微笑んでいる。


 エレノアは俯いたまま、小さく呟いた。


「……ありがとうございます」


 ……何だ?


 俺、また何か変なこと言ったか?


 その時。


「ふふ。楽しそうね」


 背後から、優雅な声が響いた。


 振り向く。


 そこには、生徒会長フィオナ・エルグランデが立っていた。


「……フィオナ先輩」


「こんにちは、レオンハルト様」


 彼女は柔らかく微笑んだ。


「舞踏会のお話?」


「ええ、まあ」


「それなら、私も一曲お願いしようかしら」


 ……は?


 周囲の空気が、ぴたりと止まった。


「……フィオナ先輩?」


 セレスの声が、少し低くなった。


「ふふ。冗談よ」


 フィオナは楽しそうに笑った。


 だが、次の瞬間。


「……半分は、ね」


 そう付け加えた。


 ……ちょっと待ってください。


 もう六人目なんですが。


     ◇


 その日の放課後。


 俺とカイルは、学園の廊下を歩いていた。


「いやあ、面白かったな!」


 カイルが笑う。


「お前、完全に囲まれてたぞ!」


「……笑い事じゃない」


「いいじゃねえか。みんな、お前のこと好きなんだろ?」


「……」


 俺は少し黙った。


 セレスからは、すでに気持ちを伝えられている。


 あの告白に、俺はまだ返事をしていない。


 だからこそ、軽い気持ちで答えるわけにはいかない。


「……ちゃんと考えないとな」


 俺が呟くと、カイルは少しだけ真面目な顔になった。


「……おう」


 そして、にやりと笑う。


「まあ、俺だったら胃が痛くなるけどな!」


「お前なあ……」


 俺たちは笑い合った。


 その時だった。


「……レオンハルト様!」


 廊下の向こうから、エレノアが駆け寄ってきた。


「どうした?」


「王都の公爵家から、お手紙が届いております」


「父上から?」


「はい。それと、エレオノーラ様からも」


 ……母上まで?


 嫌な予感がした。


 封筒を開く。


 まずは父上から。


『学園での騒動について、報告を受けた。必要があれば、いつでも相談しなさい。お前が悪くないことは、父も母も分かっている』


 ……父上。


 胸の奥が、少し温かくなった。


 続いて、母上の手紙。


『レオンちゃんへ。舞踏会があると聞きました! お母さん、あなたの礼装を選びたいわ! それから、嫌なことを言う人がいたら、ちゃんと教えてね。お母さん、絶対に許さないから♡』


 ……。


 最後の一文が、妙に怖い。


「……どうした、レオン?」


 カイルが尋ねる。


「いや……」


 俺は手紙を畳んだ。


「……母上が、舞踏会の礼装を選びたいらしい」


「ははっ! いいじゃねえか!」


 ……そうだな。


 礼装だけなら、何も問題はない。


 たぶん。


     ◇


 同じ頃。


 学園の旧校舎。


 アルベルト・レイフォードは、一枚の舞踏会参加者名簿を見つめていた。


「……セレスティア王女。エリシア。リゼット。アリシア……」


 指が、ゆっくりと名前をなぞる。


「どうして、みんなレオンハルトなんだ?」


 その声には、抑えきれない苛立ちが滲んでいた。


 ノエルが、机の向こうから尋ねる。


「……次は、どうするつもり?」


 アルベルトは微笑んだ。


「舞踏会は、いい機会だと思わないかい?」


「……何の?」


「貴族も平民も、同じ場所に集まる」


 彼はゆっくりと立ち上がった。


「そこで、少しだけ誤解が生まれれば……」


 その瞳が、冷たく光る。


「レオンハルトの評判は、簡単に揺らぐはずさ」


 ノエルは小さく頷いた。


「……なるほど」


 アルベルトは、窓の外を見つめた。


「今度こそ、君の笑顔を消してあげるよ」


 その言葉は、誰にも聞こえないほど小さかった。


 だが、確かな悪意を孕んでいた。

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