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『悪役公爵令息レオンハルト』  作者: 覇王が好き
第二章・王立学園編

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第64話 蒼雷の若獅子――最強公爵令息が認めた親友

第64話 蒼雷の若獅子――最強公爵令息が認めた親友


 王国暦八二一年、夏月二十三日。


 王立アストレア学園の第二演習場に、乾いた剣戟の音が響いていた。


「おらあっ!」


 青白い雷光を纏った木剣が、凄まじい速度で迫る。


 俺は半歩だけ身体をずらし、その一撃を受け流した。


 続く横薙ぎ。


 さらに、足元を狙った鋭い斬撃。


 どれも速い。


 しかも、一撃ごとに軌道が微妙に変化している。


「ははっ! やっぱり全部見えてんのかよ!」


 目の前で笑っているのは、カイル・アッシュフォード。


 王国西方を守る名門辺境伯家の次男にして、俺が学園で初めて親友と呼べるようになった男だ。


「カイル、お前こそ相当速いぞ」


「お世辞はいいって!」


「本当だよ」


 俺は素直に答えた。


 雷属性による瞬間加速。


 風属性による身体制御。


 その二つを剣術に組み合わせた戦闘スタイルは、同年代では間違いなく一級品だ。


 ただ速いだけではない。


 相手の重心を読み、次の動きを予測している。


 それがカイルの強さだった。


「なら、もう一段階上げるぜ!」


 カイルの足元で、青い稲妻が弾けた。


「アッシュフォード流魔剣術――《雷燕》!」


 姿が消えた。


 いや、消えたように見えるほどの高速移動だ。


 右。


 左。


 そして背後。


 三方向から連続して斬撃が飛んでくる。


 俺は木剣を軽く回転させ、すべてを受け止めた。


 最後の一撃だけ、少し強く打ち返す。


「うおっ!?」


 カイルが数歩後退した。


 だが、転ばない。


 即座に体勢を立て直し、笑みを浮かべる。


「……くっそ、届かねえ!」


「いや、今のはかなり良かったぞ」


「そう言われると、余計に悔しいんだよな!」


 俺たちは同時に笑った。


     ◇


 演習場の端では、アリシアが腕を組んで見ていた。


「……カイル、やるな」


 隣のリゼットが頷く。


「魔力量は三千五百前後。でも、瞬間的な魔力の使い方が上手いわね」


「それだけじゃない」


 アリシアは真剣な表情で続けた。


「剣の振り方に無駄がない。エドワードとは別の意味で、天才だ」


「ふふ。レオンハルト様も楽しそうですね」


 エリシアが微笑んだ。


 その隣では、セレスが少し嬉しそうに二人を眺めている。


「レオンが、あんなふうに同年代の男の子と笑っているの、久しぶりに見たわ」


 エレノアも静かに頷いた。


「レオンハルト様は、昔から周囲に気を遣われることが多かったですから」


 公爵家の嫡男。


 黒獅子と銀月の魔女の息子。


 そして、誰も理解できないほどの力を持つ少年。


 その立場は、本人が思う以上に周囲との距離を生んでいた。


 だが、カイルは違う。


 レオンの肩を叩き、遠慮なく笑い、勝てないと分かっていても挑み続ける。


「……いい友達ができたわね」


 セレスは、心からそう思った。


     ◇


「休憩!」


 カイルが地面に腰を下ろした。


「はあ……はあ……お前、ほんとに人間か?」


「一応な」


「一応って何だよ!」


 俺は水筒を差し出した。


「飲むか?」


「おう、助かる」


 カイルは遠慮なく受け取り、水を飲んだ。


 しばらくして、彼が口を開く。


「なあ、レオン」


「何だ?」


「お前、何でそんなに強くなろうとしたんだ?」


 思いがけない質問だった。


「……どうして、か」


「ああ。才能だけでそこまで行けるとは思えねえんだよ」


 カイルは空を見上げた。


「俺はさ、兄貴にずっと勝てなかった」


「兄さんに?」


「おう。アッシュフォード家の長男、ライオネル・アッシュフォード。西方じゃ知らない奴はいねえくらいの剣士だ」


 彼は苦笑した。


「小さい頃は、何やっても兄貴に負けてた。剣も、魔法も、勉強もな」


「……そうか」


「でも、悔しかったから必死で鍛えた。兄貴に勝ちたいって、それだけで」


 カイルは拳を握った。


「いつか、あの人と肩を並べて戦いたいんだ」


 その目は真剣だった。


 家柄に甘えず、自分の力で認められたい。


 その気持ちが、はっきりと伝わってくる。


「いい目標だな」


「だろ?」


 カイルは笑った。


「で、お前は?」


 俺は少し考えた。


 最初は、生き延びるためだった。


 原作のレオンハルトが辿る破滅を回避するため。


 だが、今は違う。


「……守りたいものがあるから、かな」


「守りたいもの?」


「父上と母上。それに、セレスたちやエレノア。大切な人たちだよ」


 カイルは黙って聞いていた。


「俺が強ければ、守れるものが増えるだろ?」


「……なるほどな」


 彼は少しだけ笑った。


「やっぱ、お前って変な奴だわ」


「何でだよ」


「普通、そこまで強けりゃ王国最強だとか、英雄だとか、そういうのを目指すだろ」


「別に興味ないな」


「だろうな!」


 カイルは立ち上がった。


「なら、俺も強くならねえとな」


「どうして?」


「決まってんだろ」


 彼は拳を突き出した。


「親友が大事なもん守ろうとしてんだ。俺だって、その背中くらい守れる男になりてえんだよ」


 俺は一瞬、言葉を失った。


 それから、ゆっくりと笑った。


「……頼りにしてるよ、カイル」


「おう!」


 拳と拳が、軽くぶつかった。


 その瞬間。


 俺は、妙な安心感を覚えた。


 強さでも、家柄でもない。


 ただ、信頼できる相手がいるという安心感。


 この世界で初めて得た、本当の友情だった。


     ◇


 午後の講義が終わった頃。


 俺たちは学園の廊下を歩いていた。


「そういやレオン」


 カイルが突然、にやりと笑った。


「お前、セレスティア殿下とどこまで進んでんだ?」


「……は?」


「いや、だからさ。付き合ってんのか?」


「なっ……!」


 思わず足が止まった。


「何でそうなるんだよ!」


「だって、あの人、お前のこと見る目が完全に違うだろ」


「……そうか?」


「お前、マジで言ってんのか?」


 カイルは信じられないものを見るような顔をした。


「お前、戦闘ではあんなに頭回るのに、恋愛になると鈍すぎねえ?」


「うるさいな!」


「はははっ!」


 彼は腹を抱えて笑った。


 その時だった。


「……何の話をしているの?」


 背後から、聞き慣れた声。


 振り向く。


 そこには、セレスが立っていた。


 ……まずい。


 カイルが、悪戯っぽく笑う。


「いやあ、レオンが王女殿下のことをどう思ってるのか、聞いてたんですよ」


「カイル!?」


 セレスの頬が赤くなる。


「……それで?」


「え?」


「レオンは、何て答えたの?」


 真剣な目で見つめられた。


 俺は一瞬、言葉に詰まる。


 昨日の庭での告白。


 セレスの気持ちを、俺は確かに受け取った。


 軽く答えていい話ではない。


「……大切な人だよ」


 俺は正直に言った。


「昔から、ずっと」


 セレスは目を見開いた。


 そして、ゆっくりと微笑んだ。


「……そっか」


 その笑顔は、とても嬉しそうだった。


 隣では、カイルが満足げに頷いている。


「……青春だなあ」


「お前、絶対楽しんでるだろ」


「もちろん!」


 ……こいつ、いつか仕返ししてやる。


     ◇


 その日の夕方。


 学園の訓練場には、もう一人の少年が残っていた。


 エドワード・グランフェルト。


 彼は一人で木剣を振り続けていた。


「……まだだ」


 汗が地面に落ちる。


「まだ、足りない……!」


 レオンハルトとの模擬戦。


 あの敗北が、頭から離れない。


 自分は天才だと思っていた。


 実際、同年代では誰にも負けたことがなかった。


 だが、レオンハルトは違った。


 まるで、大人と子供。


 いや、それ以上の差があった。


「……くそっ!」


 木剣を振り下ろす。


 その時。


「いい剣筋だな」


 声がした。


 振り向くと、カイルが立っていた。


「……アッシュフォード」


「カイルでいいぜ」


「何の用だ?」


「別に。ただ、まだ練習してる奴がいるなと思ってさ」


 カイルは木剣を一本拾った。


「一勝負しねえか?」


 エドワードが目を細めた。


「……僕に勝てると思っているのか?」


「やってみなきゃ分かんねえだろ」


 カイルは笑った。


 エドワードも、ゆっくりと剣を構えた。


「……いいだろう」


 夕暮れの訓練場に、再び剣戟が響く。


 雷光と蒼い剣閃。


 二人の天才が、初めて真正面からぶつかり合った。


 その戦いは、日が沈むまで続いた。


 そして、互いに一歩も譲らないまま終わった。


「……引き分け、か」


 エドワードが呟く。


「だな」


 カイルは笑った。


「お前、強えじゃん」


「……君もな」


 エドワードは小さく息を吐いた。


 そして、初めて素直な笑みを浮かべた。


「次は、負けない」


「そりゃこっちの台詞だ!」


 二人は、軽く拳を合わせた。


 レオンハルトを中心に。


 新たな友情と、好敵手たちの絆が生まれ始めていた。


     ◇


 だが、その平穏を快く思わない者たちもいた。


 旧校舎の一室。


 アルベルト・レイフォードは、窓の外を眺めていた。


「……カイル・アッシュフォードまで、あいつの味方か」


 机の上には、一枚の紙。


 そこには、レオンハルトの交友関係が細かく記されていた。


 セレスティア。


 アリシア。


 リゼット。


 エリシア。


 エレノア。


 そして、カイル。


「……本当に、気に入らない」


 アルベルトは静かに呟いた。


 その口元には、いつもの爽やかな笑顔はなかった。


「なら、まずは周囲から崩していこうか」


 彼は一枚の紙を取り上げた。


 そこには、カイル・アッシュフォードの名前が記されていた。


 ――最初の標的は、レオンハルトの親友。


 偽善の勇者は、静かに次の一手を考え始めていた。

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