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『悪役公爵令息レオンハルト』  作者: 覇王が好き
第二章・王立学園編

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第63話 偽善の勇者と反公爵派――笑顔の裏に潜む悪意

第63話 偽善の勇者と反公爵派――笑顔の裏に潜む悪意


 王立アストレア学園、生徒会室。


 俺は机の上に置かれた報告書を見つめていた。


 そこに記されていた名前は、アルベルト・レイフォード。


 前世でプレイしたゲーム『エターナル・レガリア』の主人公。


 そして、本来ならば俺――レオンハルト・ヴァルディスを破滅へ追い込むはずだった勇者だ。


「……アルベルト・レイフォード」


 思わず呟く。


 フィオナが小さく頷いた。


「知っているの?」


「名前だけは」


 嘘ではない。


 この世界では、まだ直接会ったことがないのだから。


「彼は平民出身の特待生よ。剣術、魔法、学問のすべてで高い評価を受けているわ」


「優秀なんですね」


「ええ。表向きはね」


 フィオナの言い方が気になった。


「……表向き?」


「彼自身が何か問題を起こしたという証拠はないの。ただ、彼の周囲で妙な噂が広まり始めている」


 フィオナは報告書を指で叩いた。


「あなたが公爵家の権力を使って、実力測定の結果を操作したという噂よ」


「……は?」


 思わず間の抜けた声が出た。


「いや、測定器が壊れかけたのは事実ですけど」


「ええ。教官も、他の生徒も見ていたわ」


「じゃあ、何でそんな噂が?」


「人は、理解できないものを疑いたくなるのよ」


 なるほど。


 まあ、確かにそういうこともあるだろう。


「それで、俺にどうしろと?」


「何もしなくていいわ」


 フィオナは微笑んだ。


「ただ、警戒だけはしておいて。あなたが気にしなくても、周囲の人たちは傷つくかもしれないから」


 その言葉に、俺は少しだけ考え込んだ。


 俺自身が悪く言われることは、別に構わない。


 だが、父上や母上、セレスたちまで巻き込まれるなら話は別だ。


「……分かりました。ありがとうございます」


「どういたしまして」


 フィオナは優雅に紅茶を飲んだ。


「それで、生徒会への勧誘は?」


「……少し考えさせてください」


「ふふ。期待しているわ」


 その笑顔は、どこか楽しそうだった。


     ◇


 翌日。


 学園の中央広場には、朝から多くの生徒が集まっていた。


 その中心に立っていたのは、一人の金髪の少年。


 整った顔立ち。


 爽やかな笑顔。


 白と青を基調とした制服には、特待生の証である銀の徽章が輝いている。


「皆さん、ありがとうございます!」


 少年は集まった生徒たちへ笑顔を向けた。


「僕はアルベルト・レイフォード。平民出身ですが、この学園で精一杯努力したいと思っています!」


 拍手が起きる。


「僕は、身分によって人の価値が決まるとは思いません!」


 さらに大きな拍手。


「貴族も平民も関係なく、誰もが公平に評価されるべきです!」


 歓声が上がった。


 ……なるほど。


 話している内容そのものは、間違っていない。


 むしろ、俺も同意する。


 ただ、少し気になった。


 彼の視線が、時折こちらへ向けられているのだ。


「……レオン」


 隣にいたカイルが、小声で話しかけてきた。


「お前、あいつ知ってるか?」


「名前だけな」


「そうか」


 カイルは腕を組んだ。


「俺、ああいう奴ちょっと苦手なんだよな」


「何で?」


「言ってることは立派なんだけどさ」


 彼は少しだけ眉をひそめた。


「……なんか、こっちの反応を確かめながら喋ってる感じがする」


 鋭い。


 カイルは思った以上に、人を見る目があるらしい。


 すると、アルベルトがこちらへ歩いてきた。


「君が、レオンハルト・ヴァルディス君だね?」


「そうだけど」


「初めまして! 僕はアルベルト・レイフォード!」


 爽やかな笑顔。


 差し出される手。


 俺も普通に握手を返した。


「レオンハルト・ヴァルディスだ。よろしく」


「こちらこそ!」


 アルベルトは笑った。


 そして、何気ない調子で続けた。


「君の実力測定の話は聞いたよ。公爵家の人間は、やっぱり恵まれているんだね」


「……そうか?」


「幼い頃から最高の教師をつけられて、最高の環境で育てられるんだろう?」


「まあ、恵まれているとは思う」


 それは事実だ。


 父上も母上も、俺に惜しみなく愛情を注いでくれた。


 環境に恵まれていることを、否定するつもりはない。


「でも、努力している平民だっているんだ」


 アルベルトは周囲へ聞こえる声で言った。


「僕は、そういう人たちにも平等な機会が与えられるべきだと思う」


「ああ。俺もそう思うよ」


「……え?」


 アルベルトの笑顔が、一瞬だけ固まった。


「だから、実力があるなら家柄に関係なく評価されるべきだろ」


「……そうだね」


「この学園も、そういう場所なんじゃないのか?」


 俺が答えると、アルベルトは微笑みを取り戻した。


「もちろんさ。君がそう考えているなら、安心したよ」


 ……何だったんだ?


 妙な会話だったな。


 そう思った瞬間。


「ちょっと待てよ!」


 横から、鋭い声が飛んできた。


 黒髪で痩せた男子生徒が、こちらへ歩いてくる。


「公爵家の人間が、綺麗事を言うな!」


 周囲がざわめいた。


「……誰だ?」


 俺が尋ねると、少年は顔を真っ赤にした。


「ダリオ・ベルクスだ! 覚えておけ!」


「……ああ、よろしく」


「よろしくじゃねえ!」


 ……何なんだ、こいつ。


 ダリオは俺を指差した。


「お前ら貴族は、生まれた時から何でも持ってる! 俺たち平民がどれだけ苦労してるか、分かるわけがない!」


「全部は分からないと思う」


「ほら見ろ!」


「だから、知る努力は必要だと思ってるけど」


「……っ!」


 ダリオが言葉を詰まらせた。


 すると、後ろから眼鏡をかけた少年が現れた。


「まあまあ、ダリオ。落ち着きなよ」


 灰色がかった金髪。


 細い目。


 口元には、薄い笑み。


「僕はノエル・クレイン。君の噂は聞いているよ、レオンハルト君」


「どうも」


「魔力量測定不能……本当にすごいね」


 ノエルは穏やかに笑った。


「もっとも、測定器に細工がなかったのなら、だけど」


 その瞬間。


 周囲の空気が変わった。


「……おい」


 カイルの声が低くなった。


「今、何て言った?」


 ノエルは肩をすくめた。


「いや、噂を聞いただけだよ」


「噂なら、何言ってもいいってことか?」


「そんなつもりはないさ」


 カイルが一歩前へ出た。


「じゃあ、証拠もねえ話を本人の前で広めるなよ」


 ノエルの笑みが、わずかに引きつった。


「……君には関係ないだろう?」


「あるに決まってんだろ」


 カイルは俺の肩に手を置いた。


「こいつ、俺の親友だからな」


 ……おい。


 昨日会ったばかりだろ。


 まあ、嬉しいけど。


「カイル、別に俺は――」


「お前は黙ってろ」


「……はい」


 何故か俺が怒られた。


 その様子を見て、周囲から小さな笑いが漏れた。


 ダリオの顔がさらに赤くなる。


「何がおかしい! 俺たちは正しいことを言ってるんだ!」


「正しいなら、根拠を示しなさい」


 凛とした声が響いた。


 振り向く。


 そこには、セレスティアが立っていた。


 その後ろには、アリシア、リゼット、エリシア、そしてエレノア。


 全員が、こちらを見ていた。


「……セレス?」


「レオン。あなた、また変な人に絡まれているの?」


「いや、別に大したことじゃ――」


「大したことよ」


 セレスは俺の前へ出た。


 王女としての威厳が、その姿に宿る。


「ダリオ・ベルクス。ノエル・クレイン」


 二人の表情が変わった。


「あなたたちは、レオンが不正をしたと主張しているの?」


「い、いえ……その……」


「では、証拠は?」


 沈黙。


「学園の正式な測定結果を、根拠もなく否定することは、教官たちへの侮辱にもなるわ」


 ダリオが口を開きかけた。


 だが、その前にアリシアが言った。


「文句があるなら、正々堂々と実力で示せばいい」


 赤い瞳が鋭く光る。


「私は同じ場所で測定を受けた。レオンが不正をしていないことは、この目で見ている」


「……っ」


 リゼットがため息をつく。


「そもそも、あの測定器に細工するなら、魔力回路の痕跡が残るわ。私は測定直後に確認したけど、外部からの干渉はなかった」


「そ、それは……」


「根拠のない噂を広める前に、少しは調べたら?」


 容赦がない。


 エリシアは静かに続けた。


「身分に関係なく人を尊重することと、相手を傷つけることは違います」


 その言葉は優しかった。


 しかし、逃げ道のない正論だった。


 そして。


「レオンハルト様への無礼は、どうかお控えください」


 エレノアが一歩前へ出た。


 普段は控えめな彼女の瞳が、冷たく澄んでいる。


「私たちは、あの方がどれほど努力し、どれほど人を大切にしているか知っています」


 ダリオは唇を噛んだ。


 ノエルは黙り込んだ。


 そしてアルベルトは――。


「まあまあ、皆さん」


 爽やかな笑顔で、両手を広げた。


「少し誤解があっただけじゃないかな?」


 その場の視線が、彼に集まる。


「ダリオたちも、悪気があったわけじゃないと思うんだ」


「……悪気がなければ、何を言ってもいいの?」


 セレスが静かに尋ねた。


 アルベルトの笑顔が、一瞬だけ止まった。


「い、いや。そういう意味では……」


「なら、まず本人に謝るべきでしょう」


 セレスの声は、穏やかだった。


 だが、王女としての威厳に満ちていた。


 アルベルトは数秒沈黙した。


 そして、ゆっくりと頭を下げる。


「……そうだね。僕の配慮が足りなかった」


 続いて、ダリオとノエルも渋々頭を下げた。


「……悪かった」


「誤解を招く言い方だったね」


 俺は軽く頷いた。


「分かった。もういいよ」


「レオン!」


 カイルが叫んだ。


「お前、甘すぎるだろ!」


「でも、謝ってくれたし」


「そういう問題じゃねえんだよ!」


 セレスまでため息をついた。


「……本当に、あなたって人は」


 俺は首を傾げた。


 ……そんなにおかしいことを言っただろうか?


     ◇


 その日の夕方。


 王立アストレア学園の旧校舎。


 人気のない教室に、三人の男子生徒が集まっていた。


 アルベルト。


 ダリオ。


 そして、ノエル。


「……くそっ!」


 ダリオが机を叩いた。


「何で俺たちが謝らなきゃいけないんだ!」


「落ち着いてよ」


 ノエルが眼鏡を直す。


「今回は少し、やり方が悪かっただけさ」


「でもよ!」


「ダリオ」


 アルベルトが静かに声をかけた。


 爽やかな笑顔は、もう消えていた。


「君は、少し感情的になりすぎる」


「……アルベルト?」


「正しいことを言っていても、言い方を間違えれば、相手に利用されるんだ」


 ダリオは黙り込んだ。


 アルベルトは窓の外を見つめた。


「……レオンハルト・ヴァルディス」


 その名前を口にした瞬間、瞳が冷たくなった。


「公爵家の嫡男。王女の幼馴染。剣術も魔法も規格外……」


 彼は小さく笑った。


「随分と、恵まれた人生だね」


 ノエルが尋ねる。


「どうするつもり?」


「簡単だよ」


 アルベルトは振り向いた。


「彼自身がどれだけ強くても、評判までは守れない」


「……つまり?」


「正面から戦う必要なんてないんだ」


 その声には、先ほどまでの爽やかさが欠片もなかった。


「人は、自分が信じたい噂を信じる。特に、完璧すぎる人間が相手ならね」


 ダリオがにやりと笑った。


「……なるほどな」


 ノエルも静かに頷く。


「それなら、僕の得意分野だ」


 アルベルトは再び笑顔を浮かべた。


「ただし、僕の名前は出さないでくれよ?」


 その言葉に、二人は頷いた。


 だが、アルベルトの胸の奥では、別の感情が渦巻いていた。


 ――何故だ。


 何故、あいつばかりが。


 王女も、聖女も、名門貴族の令嬢たちも。


 どうして、みんなレオンハルトを見ている?


 自分こそが勇者なのに。


 人々を導くべき存在なのに。


 アルベルトは拳を握り締めた。


『悪役公爵令息が、英雄のように振る舞うな』


 心の中で、そう吐き捨てる。


 そして、誰にも聞こえない声で呟いた。


「……君には、悪役がお似合いだよ。レオンハルト」


     ◇


 同じ頃。


 ヴァルディス公爵家。


 執務室で書類を読んでいたアルフォンスは、一枚の報告書に目を止めた。


 そこには、王立アストレア学園で起きた小さな騒動が記されていた。


『レオンハルト様に対する、根拠のない不正疑惑の流布』


 アルフォンスの手が止まる。


「……ほう」


 低い声。


 室内の空気が、わずかに重くなった。


 そこへ、エレオノーラが入ってきた。


「あなた、どうしたの?」


「……少し、気になる報告があってな」


 差し出された書類を、エレオノーラが読む。


 数秒後。


 彼女の笑顔が、静かに消えた。


「……あら」


 銀色の瞳が、冷たく輝く。


「うちのレオンちゃんに、不正疑惑?」


「ああ」


「……証拠は?」


「ないらしい」


 沈黙。


 そして。


「……そう」


 エレオノーラは、ゆっくりと微笑んだ。


 その笑顔を見たアルフォンスは、小さくため息をついた。


「エレオノーラ」


「なあに、あなた?」


「まだ動くなよ」


「……分かっているわ」


 彼女は微笑んだまま答えた。


「今は、ね」


 窓の外では、夕日が沈みかけていた。


 王国最強と謳われる黒獅子と、銀月の魔女。


 二人が本当に怒る時。


 それが、どれほど恐ろしいことなのか。


 学園の生徒たちは、まだ誰も知らなかった。

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