第61話 最強の新入生と剣術の天才――実力測定、開幕
第61話 最強の新入生と剣術の天才――実力測定、開幕
王立アストレア学園への入学から、一夜が明けた。
そして俺は今、広大な演習場の中央に立っている。
「……思ったより人が多いな」
周囲には、新入生だけでなく上級生まで集まっていた。
観客席は、ほぼ満員。
どうやら昨日のエドワードとのやり取りが、学園中に広まってしまったらしい。
「レオン、緊張してる?」
隣に立つセレスが、心配そうに尋ねてきた。
「いや、別に」
「本当に?」
「ああ。普通の実力測定だろ?」
「……普通の、ね」
セレスは苦笑した。
その後ろでは、アリシアが腕を組んでいる。
「レオン。今日は私も本気でやるからな」
「分かってるよ」
「お前だけに注目が集まるのは、気に入らない」
「……それは俺も同感だ」
リゼットは手元の魔導計測器を眺めながら、興味深そうに呟いた。
「今年の測定器は最新式らしいわね。七属性すべてに対応しているとか」
「へえ」
「でも、あなたの魔力を測ったら壊れるかもしれないわ」
「縁起でもないこと言うなよ」
「事実でしょう?」
……否定できない。
エリシアが穏やかに微笑む。
「レオンハルト様。どうか、お怪我だけはなさらないでくださいね」
「ありがとう、エリシア」
その瞬間、セレスがじっと俺を見つめた。
「……レオン」
「何?」
「私にも、そういう顔でお礼を言ってくれていいのよ?」
「……どういう顔だ?」
「もう!」
何故か怒られた。
隣では、エレノアが小さく笑っている。
……朝から平和だな。
◇
「それでは、新入生実力測定を開始する!」
教官の声が演習場に響いた。
測定は三つの部門に分かれている。
魔力量。
魔法制御。
そして、剣術実技。
それぞれの成績を総合し、新入生の初期クラスが決定される。
最初は魔力量測定だった。
演習場の中央には、巨大な水晶が設置されている。
受験者が手を触れると、魔力量が数値として表示される仕組みだ。
「基準値は百。五百を超えれば優秀、一千を超えれば特待生級だ」
教官が説明する。
まずは一般生徒から。
「三百二十!」
「四百八十!」
「六百十五!」
次々と数字が読み上げられる。
そして。
「アリシア・ヴァレンシュタイン!」
「はい!」
アリシアが前へ出た。
水晶に手を置く。
赤い光が広がった。
「……千二百八十!」
観客席がざわめく。
「すごい……!」
「さすが将軍家の令嬢!」
アリシアは満足そうに笑った。
「まあ、こんなものだな」
続いて、リゼット。
「リゼット・クローディア!」
「はいはい」
彼女が水晶に触れた瞬間、紫色の魔力が渦を巻いた。
「……二千百四十!」
「二千超え!?」
「魔導師としては破格だぞ!」
リゼットは退屈そうに肩をすくめる。
「数値だけで魔法の実力は測れないわ」
……確かに、その通りだ。
次はエリシア。
「エリシア・フィオーレ!」
「はい」
彼女が水晶に触れると、柔らかな白い光が広がった。
「……千八百九十!」
周囲から感嘆の声が上がる。
そして、セレスティア。
「セレスティア・ルミナス殿下!」
「はい」
セレスが水晶に手を置いた。
その瞬間。
黄金の光が、演習場を包み込んだ。
「なっ……!?」
教官が目を見開く。
水晶の内部に、七つの小さな星が浮かび上がる。
「……三千六百七十!」
観客席がどよめいた。
「三千超え!?」
「王女殿下、こんなに強かったのか!?」
セレスは驚いたように自分の手を見つめていた。
昨日までの彼女なら、ここまでの数値は出なかったはずだ。
《王血解放》。
あの力が、確実に彼女を変え始めている。
俺は少しだけ不安になった。
力が目覚めるということは、身体にも負担がかかる可能性がある。
あとで、エリシアにも相談してみよう。
「次! エドワード・グランフェルト!」
金髪の少年が堂々と前へ出た。
水晶に触れる。
青白い魔力が一気に膨れ上がった。
「……三千九百二十!」
大歓声。
「王女殿下を超えた!」
「さすがグランフェルト侯爵家!」
エドワードは満足そうに微笑み、俺へ視線を向けた。
「……次は君だ」
ああ、そうだな。
ついに来てしまった。
「レオンハルト・ヴァルディス!」
教官の声が響く。
俺はゆっくりと水晶へ向かった。
周囲の視線が、一斉に集まる。
「レオン、頑張って!」
セレスが声をかけてくれた。
アリシアは腕を組んだまま笑っている。
「壊すなよ!」
「努力する」
リゼットは真剣な表情で計測器を構えた。
「……お願いだから、測定不能なんて結果にしないでよね」
……無茶を言う。
俺は水晶に手を置いた。
さて。
魔力をどれくらい流せばいい?
全力は論外だ。
《無限神力》をそのまま流したら、水晶どころか演習場そのものが危険かもしれない。
なら、ほんの少しだけ。
そう考え、極めて微量の魔力を流した。
――ピシッ。
嫌な音がした。
「……え?」
水晶の表面に、小さな亀裂が走った。
教官の顔が引きつる。
「お、おい……?」
次の瞬間。
水晶の内部が、真っ白に輝いた。
数値が高速で変化する。
一万。
三万。
十万。
そして――。
『測定不能』
水晶が激しく震えた。
「全員、下がれ!」
教官が叫ぶ。
俺は即座に《万有引力》を発動した。
水晶の内部に発生した魔力の暴走を、重力で押さえ込む。
次の瞬間、光は消えた。
水晶は、ひび割れたまま静止している。
……危なかった。
「……すみません」
俺は小さく頭を下げた。
だが、誰も返事をしなかった。
演習場全体が、完全に静まり返っていた。
「……今、何が起きた?」
「測定不能……?」
「水晶が壊れかけたぞ……」
エドワードは、信じられないものを見るような顔をしていた。
リゼットだけが、妙に楽しそうに笑っている。
「……やっぱりね」
俺は深いため息をついた。
父上。
目立たないようにするのは、どうやら不可能みたいです。
◇
魔法制御の測定では、さらに奇妙なことが起きた。
指定された標的に、魔法を当てる。
ただし、威力ではなく精度が評価される。
俺は慎重に、最も弱い風魔法を放った。
小さな風の刃が、標的の中心を正確に貫く。
「……満点」
教官が呟いた。
続く十発も、すべて中心。
誤差は、ほぼゼロ。
「……レオンハルト君」
「はい」
「君、本当に新入生か?」
「一応、そうです」
教官は額を押さえた。
周囲の生徒たちは、もはや驚くことすら忘れているようだった。
ただし、一人だけ。
エドワードは、険しい表情で俺を見つめ続けていた。
そして、最後の剣術実技。
ここで、ようやく彼が動いた。
「教官!」
エドワードが手を挙げる。
「一つ、お願いがあります!」
「何だ?」
「レオンハルト・ヴァルディスとの模擬戦を希望します!」
演習場がざわめいた。
教官は困ったように俺を見る。
「……レオンハルト君。どうする?」
俺は少し考えた。
断る理由はない。
ただ、相手は学園の新入生だ。
怪我をさせるわけにはいかない。
「構いません」
俺が答えると、エドワードは満足そうに笑った。
「その言葉、後悔するなよ」
「……お互い、いい試合にしよう」
俺は練習用の木剣を手に取った。
エドワードも同じ剣を構える。
彼の姿勢は美しかった。
無駄のない足運び。
安定した重心。
剣先の微かな揺れすら、相手の反応を誘うためのものだ。
……なるほど。
確かに、天才と呼ばれるだけのことはある。
「始め!」
教官の声が響いた。
エドワードが踏み込む。
速い。
新入生としては、驚異的な速度だった。
鋭い突き。
俺は半歩だけ身体をずらしてかわす。
続けて、横薙ぎ。
木剣で受け流す。
「……っ!」
エドワードの表情が変わった。
さらに連撃。
三撃。
五撃。
七撃。
すべてを、最小限の動きで受け流した。
観客席が静まり返る。
「……何故だ」
エドワードが呟いた。
「何故、当たらない……!」
俺は答えなかった。
代わりに、彼の剣筋を見つめていた。
悪くない。
むしろ、かなりいい。
ただ、少しだけ力みがある。
勝ちたいという気持ちが強すぎて、動きが読まれやすくなっている。
「エドワード」
「……何だ!」
「肩に力が入りすぎてる」
「……っ!」
「もっと、剣を信じた方がいい」
彼は一瞬、目を見開いた。
そして、歯を食いしばる。
「……余裕のつもりか!」
次の瞬間、彼の魔力が剣に集中した。
青白い光が、木剣を包み込む。
「グランフェルト流剣術――《蒼閃》!」
鋭い一撃が、俺の胸元へ迫る。
速い。
だが。
俺は一歩だけ前へ出た。
剣を軽く振る。
――カンッ。
乾いた音。
エドワードの木剣が、宙を舞った。
「……え?」
彼の手から、剣が消えていた。
俺の木剣は、彼の喉元で止まっている。
静寂。
そして。
「勝者、レオンハルト・ヴァルディス!」
教官の声が響いた。
観客席から、大歓声が上がる。
「すげえええ!!」
「一瞬だったぞ!?」
「エドワード様の必殺技を……!」
俺は剣を下ろした。
「いい剣だったよ」
そう言って、手を差し出す。
エドワードはしばらく俺を見つめていた。
悔しそうな顔。
だが、その瞳には、先ほどまでとは違う光が宿っていた。
「……君は」
「ん?」
「……本当に、何者なんだ?」
俺は少し考えた。
そして、笑った。
「ただの新入生だよ」
「……そんなわけがあるか」
エドワードは呆れたように呟いた。
それから、俺の手を取った。
「……次は、負けない」
「ああ。楽しみにしてる」
こうして、俺の王立学園での初めての模擬戦は終わった。
……はずだった。
◇
観客席の最上段。
一人の少女が、静かに試合を見つめていた。
淡い金色の髪。
深い緑色の瞳。
制服の襟元には、上級生だけが持つ特別な紋章。
「……レオンハルト・ヴァルディス」
少女は、その名前を小さく口にした。
隣にいた男子生徒が尋ねる。
「会長。何か気になることでも?」
「ええ」
少女は微笑んだ。
「少し、興味が湧いたわ」
「彼に、ですか?」
「そうよ」
彼女はゆっくりと立ち上がる。
「魔力測定不能。魔法制御は満点。剣術ではグランフェルト家の天才を圧倒……」
そして、楽しそうに目を細めた。
「……まるで、物語の主人公みたいね」
少女の名は、フィオナ・エルグランデ。
王立アストレア学園、生徒会長。
そして、王国でも屈指の名門公爵家に生まれた、学園最強の才女。
「会長、まさか……」
「ええ」
フィオナは笑った。
「明日、彼を生徒会室へ招待しましょう」
その瞳には、明らかな好奇心が宿っていた。
「……久しぶりに、退屈しない学園生活になりそうだわ」
こうして、レオンハルトの知らないところで。
新たな出会いが、静かに動き始めていた。




