第52話 王城地下の禁書庫――黒き星の誕生に隠された真実
第52話 王城地下の禁書庫――黒き星の誕生に隠された真実
王国暦八百二十一年、夏月十六日。
午前九時三十分。
王都北部、聖オルディス廃修道院跡。
朝日が、崩れ落ちた修道院の瓦礫を照らしていた。
古代王国の対神兵器《七星魔神兵》。
七つの魔力炉を持ち、神力すら吸収する黒い巨人。
その脅威は、すでに消え去っていた。
だが、俺の胸には妙な違和感が残っていた。
……ベルナールが、最後に言いかけた言葉。
『黒幕は、王国の……』
その続きを聞くことはできなかった。
黒い呪いが発動し、彼の魂は消えかけた。
幸い、エリシアの《七星聖光》によって完全な消滅は防げたが、今は小さな魂の結晶となって眠っている。
「……レオン様」
エリシアが、そっと声をかけてきた。
「ベルナール様の魂は、安定しています」
彼女の手には、淡い赤色の結晶が握られていた。
「ただ、意識を取り戻すまでには時間がかかると思います」
「……そうか」
俺は、静かに頷いた。
「ありがとう、エリシア」
彼女は、優しく微笑んだ。
「……私にできることなら、何でもします」
その言葉に、俺も少しだけ笑った。
◇◆◇
午前十時。
王国監察院。
廃修道院から回収した資料は、すべて厳重に保管されていた。
ルドルフ監察官が、机の上へ一枚の古い羊皮紙を広げる。
「……皆様、こちらをご覧ください」
そこには、七つの星を囲む巨大な魔法陣が描かれていた。
そして、その中央には、一つの黒い星。
「……黒き星」
リゼットが、呟いた。
ルドルフは、静かに頷く。
「三百年前、七星王家が封印した禁術の中心に置かれた存在です」
俺は、羊皮紙を見つめた。
「……それが、俺と関係している?」
「可能性は高いでしょう」
ルドルフは、別の資料を取り出した。
「七星王家の記録によれば、黒き星とは、七つの属性を統合できる特異な魂のことを指します」
その言葉に、俺は眉を上げた。
……七属性。
俺が使える魔法と、同じだ。
だが。
「……それだけなら、他にもいるんじゃないか?」
リゼットが、首を横へ振った。
「……いいえ」
彼女は、真剣な表情で続けた。
「七属性をすべて高水準で扱える魔導師は、歴史上でもほとんど存在しません」
そして。
「……その中でも、七つの属性を完全に融合できる存在は、さらに稀です」
俺は、静かに頷いた。
……なるほど。
つまり、俺は黒き星の条件に当てはまる。
だが。
それだけで、三百年前から狙われていた理由になるのか?
◇◆◇
そのとき。
セレスが、静かに口を開いた。
「……レオン」
「……何だ?」
「……王家の記録に、もう一つ気になることがあるの」
彼女は、古い王家の系譜を広げた。
そこには、三百年前の王族たちの名前が並んでいた。
「……この人物」
セレスが指差したのは、一人の王子だった。
『ルシアン・セレスティス』
七星王家、最後の王太子。
その名の横には、黒い星の紋章が刻まれていた。
「……この王子は、七属性すべてを扱えたと記録されているわ」
俺は、思わず顔を上げた。
「……俺と同じ?」
「ええ」
セレスは、静かに頷いた。
「しかも、十七歳のときに姿を消している」
部屋の空気が、静まり返った。
……十七歳。
また、その年齢か。
リゼットが、慌てて資料を確認する。
「……待ってください」
彼女の声が、震えた。
「……この王子、七星魂環術式の完成実験に参加しています!」
俺は、眉をひそめた。
「……完成実験?」
「はい。七つの魂を一つの器へ統合する禁術です」
その言葉に、背筋が冷たくなった。
……魂を統合する。
……器。
……十七歳。
……黒き星。
すべてが、つながり始めていた。
◇◆◇
午後一時。
王城、王家専用禁書庫。
セレスの案内で、俺たちは王城地下へ入っていた。
ここは、王族と限られた管理者しか入れない場所だ。
巨大な石扉。
七つの封印。
そして、王家の血に反応する魔法陣。
セレスが、扉へ手をかざした。
「……《王血認証》」
金色の光が、扉を包み込む。
ゴゴゴゴゴ……。
重い音を立てて、石扉が開いた。
その先には、無数の古文書が並ぶ巨大な書庫が広がっていた。
「……すごい」
リゼットが、目を輝かせた。
「……こんな量の古代魔導書、初めて見ました!」
アリシアが、呆れたように肩をすくめた。
「……あなた、本当に本が好きね」
「当然です!」
リゼットは、即答した。
「……ここにある資料だけで、一生研究できます!」
俺は、思わず笑った。
……相変わらずだな。
◇◆◇
書庫の最深部。
そこには、一冊の黒い本が置かれていた。
表紙には、七つの星。
そして、中央に黒い紋章。
『黒星降臨録』
俺は、ゆっくりと本を開いた。
その瞬間。
黒い文字が、空中へ浮かび上がった。
『黒き星は、七つの魂を束ねる器』
『十七歳にて完成し、失われし王を迎える』
『器が拒絶する場合、魂を封じて強制的に起動する』
俺は、静かに息を吐いた。
……なるほど。
やはり、十七歳での討伐は偶然ではない。
黒幕は、俺の魂を器として使うために、あの未来を仕組んでいた。
◇◆◇
そのとき。
本の最後のページに、奇妙な文章が現れた。
『ただし、異界の魂が宿りし場合、黒き星は運命の支配を離れる』
俺は、思わず目を見開いた。
……異界の魂。
それは、俺のことだ。
転生前の日本での記憶。
この世界のゲーム知識。
そして、《無限神力》と《万有引力》。
俺は、この世界のレオンハルトでありながら、別の世界から来た魂でもある。
……つまり。
黒幕の計画にとって、俺の転生は想定外だった。
◇◆◇
その瞬間。
書庫の奥から、冷たい声が響いた。
「……ようやく、そこへ辿り着いたか」
俺たちは、一斉に振り返った。
暗闇の中から、一人の男が現れた。
黒い外套。
顔を覆う仮面。
そして、胸元には七つの星の紋章。
俺は、ゆっくりと剣を抜いた。
「……お前が、黒幕か」
男は、静かに笑った。
「……黒幕、か」
そして。
「……その呼び方も、間違いではない」
セレスが、鋭い声で問いかけた。
「……あなた、何者なの!」
男は、ゆっくりと仮面へ手を伸ばした。
そして。
「……私の名は」
仮面が、静かに外された。
その下に現れたのは。
王家の紋章を刻んだ、古い顔立ちの男だった。
「……ルシアン・セレスティス」
そして。
「……三百年前に死んだはずの、七星王家最後の王太子だ」
◇◆◇
書庫に、沈黙が落ちた。
セレスが、震える声で呟いた。
「……そんな……」
リゼットも、目を見開いていた。
「……三百年前の人物が、生きている……?」
ルシアンは、静かに笑った。
「……生きている、という表現は正確ではない」
そして。
「……私は、死ぬことを許されなかったのだ」
俺は、剣を構えたまま尋ねた。
「……どういう意味だ?」
ルシアンは、ゆっくりと答えた。
「……七星王家は、私を神へ至る器として利用した」
その声には、深い憎しみが宿っていた。
「……そして、失敗した」
彼は、静かに俺を見つめた。
「……だからこそ」
その瞳が、赤く輝いた。
「……次の器が必要なのだ」
そして。
「……レオンハルト・ヴァルディス」
その名を、ゆっくりと口にした。
「……お前の魂を、私に寄越せ」
――黒幕、ルシアン・セレスティス。
――三百年前の七星王家最後の王太子。
――そして、黒き星を巡る禁術の犠牲者。
レオンハルトは、ついに自らの運命を操ろうとしていた男と対峙した。




